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<短編小説>「仏間の香り」

「おばあちゃーん!!」
女の子はおばあちゃんに気がつくと、かばんを持って、走ってやって来た。
ここは、夕方の小さな保育園。女の子はこの保育園の年長さんだ。
おばあちゃんは保育園の先生におじぎをすると、女の子と一緒にゆっくり歩いた。
女の子は今日あったことを色々おしゃべりしながら歩く。
興奮気味に話す孫娘を見て、おばあちゃんは笑顔で話を聞いている。  

やがて2人は、交差点に辿り着いた。
信号は赤。2人は立ち止まる。
この信号を渡って5分ほど歩くと、おばあちゃんの家である。が、女の子は、交差点の左側をじーっと見ていた。
女の子の家はそちらの方向にある。ー今の時間帯は誰もいないのだが。
女の子は、お父さん、お母さんと一緒に、3人で暮らしている。が、両親は仕事で夜までいない為、保育園が終わってから両親が仕事から帰って来るまでの間、女の子はおばあちゃんの家で過ごすことになっていた。
女の子は幼いながらもなんとなく事情は理解していたから、わがままも言わず、大人しくおばあちゃんの家にいた。
おばあちゃんのことが大好きだから、家にいるのは楽しい。
しかし、お父さん、お母さんと一緒にいられないのは、寂しかった。  

季節は秋。
あぜ道には彼岸花が咲き乱れ、木々は少し赤色に色付き始めている。  

「ただいまー!」
女の子はガラガラと引き戸の玄関を開け、部屋に入った。
両親が来るまでの間、女の子が過ごすのは仏間だ。
居間のすぐ隣であることから、居間との間のドアを開け、作業をしながらおばあちゃんは女の子を見ている。
女の子はパズルを出してくると、一人で黙々と組み立て始めた。
おばあちゃんはその様子を見て微笑むと、おはぎを作り始めた。    

★★

「おい、おはぎだぞ!よっしゃあ!」
仏壇から半透明の20代くらいの日本兵が現れた。
彼はおはぎを作るおばあちゃんを見ながら、子どものように喜んでいる。
「うるさいなぁ。はしゃぎ過ぎだ。」
次に、黒い着物を着た白髪頭の老人が現れた。隣には、黒い着物を着た40代くらいの女性もいる。
彼らはいわば、女の子の「先祖」である。
霊なので、霊感があるような人間でない限り、見えることはない。
女の子もおばあちゃんも霊感はないため、彼らの存在に気付くことはない。
この日本兵の若者はおばあちゃんの夫、つまり女の子のおじいちゃんにあたる人物である。彼はまだ赤ん坊である自分の息子、つまり女の子のお父さんと、妻を残して戦死してしまった。
そして老人の方は、女の子の12代前の先祖である。彼は90歳という当時ではかなりの長生きで、大往生だった。
そして女性の方は、女の子の7代前の先祖だ。彼女は幼い子どもを残して、病気で亡くなっている。  

仏壇には他にも、たくさんの位牌が並べられ、おばあちゃんが毎日掃除をしたり、お供え物をしている。
先祖はたくさんいるのだが、この3人は特に今現在の子孫のことが気になって、度々様子を見るために出てくる。
女の子は家では明るいが、保育園では内気で大人しく、みんなの輪になかなか入っていくことができない。
3人はそんな孫娘のことを気にしつつ、それでも自分達は見守ることしかできないため、もどかしさを感じることもあった。  

★★

女の子はおばあちゃんが何か作っていることに気付くと、駆け寄った。
「おばあちゃん、何作ってるの?」
おばあちゃんは優しい笑みを見せる。
「これはね、”おはぎ”って言うんだよ。」
「ふーん。」
女の子は初めて見る食べ物を、興味津々で見ている。
「一緒に作るかい?」
「うん!」
女の子は、おばあちゃんと一緒におはぎを作り始めた。
おばあちゃんみたいにキレイにはできなかったが、女の子が作ったおはぎが完成した。  

そうしておはぎが全て完成すると、おばあちゃんはその内の数個を皿にのせて、仏壇へ持って行った。
女の子も後をついて行く。
おばあちゃんは仏壇におはぎを供えると、「チーン」と鈴を鳴らし、静かに手を合わせた。女の子も隣で、よく分からないけどおばあちゃんの真似をして手を合わせた。
「おばあちゃん、何で手を合わせるの?」
不思議に思った女の子が質問した。
「この中にはね、私達には見えないんだけど、ご先祖様がいるんだよ。」
「ごせんぞさま?」
「うん、ユイちゃんが生まれるずーっと前に生きていた人達だよ。
この人達がいるから、ユイちゃんも生まれて来てるんだ。
…私達も、向こうでおはぎを食べようか。」
「わーい!おはぎ食べるー!」
女の子は喜ぶと、おばあちゃんの後をついて行った。  

作った残りのおはぎを食べる女の子とおばあちゃんを遠目に見ながら、先祖達もおはぎを食べていた。
「やっぱりいつ食べても、おはぎは美味しいなぁ。」
「そうですねぇ。」
ゆっくりと味わっている老人と女性の隣で、あっという間に食べ終わった兵士が、2個目を食べようと手を伸ばしていた。
「こら!あなただけ食べ過ぎですよ!」
女性がその手をぺしっ、と叩いた。
「いてっ」
兵士は手を引っ込めた。
「だってー美味いからもっと食べたくなるだろー?」
「甘いものを食べ過ぎると、身体に悪いですよ。」
「まぁ、ワシらはその身体はもうとうになくなってるんだがな…。」
老人がぼそっと言った。
「ほんとだー。」
「確かに。」
3人は笑い、和気あいあいとした雰囲気で仏壇の前にいた。
そうこうする内におはぎを食べ終わった女の子は、また仏間に戻って来て、パズルの続きを始めた。
が、しかし、少し経つと顔を上げ、じっと3人がいる方向を見ていることに、兵士が気付いた。  

「あれっ?」
兵士は思わず、声を漏らした。
あとの2人も振り返る。
「もしかしてあの子には、俺たちが見えているんじゃ…?」
自分達はこの世界では「既にいない人」である。彼女にもし自分達が見えているとなると、彼女にとって現実的に色々と困ったことになる。
3人の間に一瞬、緊張が走る。  

ーがしかし。
彼女は見えているのではなくて何気なく顔を上げただけだったらしく、またパズル遊びに戻った。  

「良かった。見えていなかったようだな。」
老人が言って、3人は胸を撫で下ろした。
「でも…見えてないんだなぁ。」
兵士がふと、寂しそうに言った。  

やがて日が沈み夜になった。
おばあちゃんが作った夕飯を食べ終わった頃。
「ただいまー。」
女の子のお父さんが、女の子を迎えに来た。 女の子は走って玄関に出て行き、おばあちゃんも後をついて行く。
「今日もありがとう。
明日も仕事だから、よろしく頼むよ。」
お父さんは、女の子の頭を撫でながら、おばあちゃんに言った。
「おばあちゃんバイバイ。また明日ね。」
女の子が無邪気に手を振る。
「また明日ね。」
おばあちゃんも2人に手を振り、送り出した。
見えてはいないが、おばあちゃんの後ろで先祖達も手を振っている。
「明日も楽しみだなぁ。」
先祖達は笑顔で、2人の背中を見送った。  

ー終ー