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お寺めぐり〜補陀洛山寺〜

9月24日〜25日に那智山に行ったんですが、

その時に那智山から車で15分ほどの場所にある補陀洛山寺(ふだらくさんじ)の方も合わせて行きました。

★補陀洛山寺とは?

那智駅から徒歩5分という場所にあるお寺。
こちらも青岸渡寺と同じ、裸形上人が創建したと伝わっているようです。
現在は海から少し距離がありますが、昔はお寺の目の前まで海だったそうで、868年から1722年まで補陀洛渡海が行われていたそうです。

★補陀洛渡海とは


補陀洛=観音浄土のことです。
その昔、海の向こうには観音浄土があると信じられていました。
その観音浄土を目指して僧侶が船に乗り込み海に出る、という事が行われていたそうで、それを補陀洛渡海と言うそうです。
日本各地で行われた記録があるそうですが、和歌山から旅立った人がかなり多かったようです。(目の前が太平洋だからでしょうか…。)

この写真は白浜ですが…。

この補陀洛渡海に使われる船ですが、船を動かすための櫂や櫓などはなく、食糧や灯りの燃料だけを持って僧侶が乗り込んだ後、外から釘を打ち付けて出られないようにした上で海へ…というものだったようです。
海へ出ると海流の関係で陸へ戻る事は難しく、そのまま行くと食糧が尽きてor船が壊れて最期を迎えるという、文字通り捨て身の行だったそうですが、中には奇跡的に生き延びた人もいたようです。
補陀洛山寺には、補陀洛船の復元模型が展示してあります。

★興味を持ったきっかけ

結構前にネットの怖い話を読み漁っていて、補陀洛渡海をテーマにした話を見つけました。
話の内容としてはある人が幽霊船を目撃。後から補陀洛渡海というものを知り、
「あの時の幽霊船に外観が似ている」
と気が付くという話でした。
その時の感想としては、
「よく出来た怖い話だな〜。」
という感じで、補陀洛渡海についてはネットによくある都市伝説的なものだと思ってました。

が、最近になってテレビ番組で補陀洛山寺が取り上げられていて、補陀洛渡海の話もしているのを見て、
「本当にあったんだ?!」
と驚き、興味を持ったという感じです。

★お寺へ


住宅街の中みたいな感じの場所にあるお寺でした。
そこまで広くはありません。

少し前に写真を貼り付けていますが、補陀洛船の復元模型がありました。
復元したものなので別にどうという事はないんですが、「写真撮っていいものなんだろうか…」とやや抵抗がありました…。
結局撮りましたが。

本堂に入ると住職?受付の人?みたいな人がいて、
「御朱印をご希望でしたらまたおっしゃって下さいね。」
みたいな事を声をかけて下さいました。

が。

私、西国三十三所と播磨西国の御朱印以外は集めていなかったんですよね…。
なんていうか、御朱印って「参拝しました」っていう証明書みたいなものですが、別に証明とかなくてもお寺や神社に行って神仏に手を合わせたって事実だけで満足なんです。基本的に。
持ってる御朱印帳についても西国と播磨西国の専用のものですし。

ですが…。
たまにお寺に行くとめちゃくちゃカッコいい御朱印とかあるんですよね。
書いて欲しい!と思ったりするけどそんな時に、
「いやー、でも普通の御朱印帳って持ってないしなぁ。」
とか考えて、結局何もせず素通りしていたのです。

で、結局そのお寺の人の声かけがきっかけで買ってしまいました。
普通の白紙の御朱印帳。
そして補陀洛山寺の御朱印も書いていただきました。
良い旅の記念になりました。
那智とか次また行けるかどうか分からないくらい遠い場所でしたからね…。同じ関西なのに…。

これからこの御朱印帳を持って色んなお寺に行こう、と改めて思いました。

おまけ。
串本町のホテルに宿泊したんですが、朝早く目覚めたら水平線から昇る日の出を見る事ができました。
昔の人もこの景色を見て、海の向こうに観音様がいるって思ったんだろうなぁ…。