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ユーモレスク 9

                            tatikawa kitou
 2章 オグリの基地

 また、みんな男子は『クワガタ』を大好きだった。流行りのライダーカードと同じかそれ以上に。

 ただ、アルツにしてもオグリにしても『クワガタ』を好きに違いはなかったが、それを飼おうとは思わなかった。二人には『クワガタ』は飼うものでなく売るものであった。

 毎夜山へ入って捕まえた『クワガタ』を、朝、登校中、通学路から奥まったアズマ駄菓子店へ立ち寄り、勝手口で売ってこずかい(お金)に変えた。

 アズマ駄菓子店では『クワガタ』の種とオスメスで買取価格を決めていた。

 『ノコギリクワガタ』では一匹80円、『ヒラタクワガタ』で50円、『ハサミクワガタ』が30円、『コクワガタ』は20円。メスは種に関係なく皆10円だった。

 その中で『ミヤマクワガタ』と『オオクワガタ』へは破格の買取価格で『ミヤマクワガタ』500円『オオクワガタ』が800円だった。

 その二匹については二人とも学校図書館だけでなく市の図書館の昆虫図鑑を引いて調べ尽くし、その雄姿を目に焼き付けているが実際には見たことがない。

「蜂須賀君、小栗君。『ミヤマ』と『オオクワガタ』頼むっちゃ。君たちしか獲れるモンがおらんのじゃけ」

 アズマ駄菓子店の販売する『クワガタ』の8割はオグリとアルツが卸していたが、この二匹だけは指名手配のように捕獲できなかった。かねがね店主はそう二人に頼んでいた。

「じゃが。おっちゃん。おらんのじゃ。本にな、まさかじゃけど『桜の木』におるって載っちょった。じゃけぇ、この辺の『桜の木』も全部探しよう。でも、おらん。とにかく、とんとおらん」

 ……

三本の内の真ん中の一本だ。

ア「オグリ。この木いつ見つけたんじゃ?」

オ「去年の秋じゃ」

ア「じゃけぇか、『クワガタ獲り』が終わった頃じゃ」

オ「おれ、この木『クワガタの木』と名付けた」

ア「ほんとうにそうじゃ」

 目の前のそこには『オオクワガタ』も『ミヤマ』もまるでたむろするようにいる。『ノコギリ』も『ヒラタ』も、オスメスも、おまけに『カブトムシ』も。

オ「アルツ。この樹液見てみ。ジュクジュク噴き出よう。こんなん見たことないじゃろ?」

ア「ああ。発酵しよう。生まれて初めて見た」

オ「なぁ。アルツ。なんで荒神様の裏森に、ここだけにこんだけの『クワガタ』がおると思う?」

ア「わからん」

オ「考えたんじゃ、おれ」

ア「うん。なしでじゃ」

オ「人が来んからじゃ。おれらァもほんとうはここにはおらんからじゃ」

ア「じゃが。今おれらここにおる」

オ「そうじゃ。じゃが、おれらァ、ほんとうはここにおらんはずだったんじゃ。アルツ、隣の両方の木ィ見てん。…おれ『蝶々の木』って付けた」

 そこでは蝶も蛾もいっしょだった。彼らにはオグリの姿にもアルツにの姿も威嚇されることなく『モンシロチョウ』も『アゲハチョウ』も、そして蛾も『クロアゲハ』もまったく区別なく正常な飛行なく狂喜乱舞していた。

オ「こいつらにとって、おれらァ、おらんのじゃ」

ア「タキエモトナガがよう言いよう。『裏森は神様自身の森』じゃ、ちゅうて」

オ「そうじゃ。神様はこいつらを守りよう。こいつらもそれを信じちょう。タキエモトナガみたいにやかましゅう言われんでも全然疑うちょらん」

ア「こっからは獲れんな。『クワガタ』」

オ「そういうことじゃ。悔しいじゃろ?」

ア「おれら。ここへ来ちゃいけんかったんか?」

オ「いんや。おれらァじゃから来れたんじゃ」

ア「荒神様が許してくれたんか?」

オ「そうじゃ。それと――」

ア「それと?」

オ「あの基地を作った奴らァがおれらァを許してくれた」


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