『二郎系ラーメン、世界平和』の巻

『田舎なので、虫くらい店の中に入ってきます!』

ラミネートされた白いメニュー表の冒頭に
闘龍書体の太文字で、そう書かれてあるのを見て
"これはハズレひいたなぁ"と、心底、自分の軽率さを恨んだ。

その下に続く文言も、丁寧ではあるがどこか憤りを感じるもので
『ニンニク・ヤサイは、注文時に【必ず】お伝えください。(アブラ別売)』
『カエシはお客様の【目の前】にあります。(カラメはありません)』
『原材料費高騰のため、【ご協力】よろしくお願いします。』

等々、つらつらつらつらつらつらと書き並べてある。

『麺は、茹で前で【300g】あります。(小は200g・大は400g)』
『当店は、太麺なので【少々】お時間がかかります。』
『お食事後は、【速やかに】ご退店ください。』

田舎だから、二郎系のルールも浸透してないもんな。
いやいや、よくここまで書き連ねたものだ。なるほど。失敗したな。

三枚目のメニュー表(注意書き表?)をめくると、ようやく
『小ラーメン¥800 ラーメン¥900 大ラーメン¥1100』
『アブラ¥100 豚マシ¥800』
といったシンプルなお品書きと
赤字で『残したら【ペナルティ】があります!』。ナイス役満ですな。

THIS IS ヤンキーな、ホールアルバイトが注文を取りに来る。
こういう店は気持ちで負けたら終わりよ。いくぜ。
ハッキリと"小ラーメン 野菜マシ ニンニクヌキ"と伝える。
自分でも、声が震えてるのがわかって、失笑してすぐやめた。

それにしても、よく流行っている。
カウンターは6席、テーブル席が4卓。
二郎系にしては広いと思う。田舎だから仕方ないか。
自分が入店してから、あれよあれよと席は埋まり
くすんだガラス窓の外には、待ち客の姿も見えている。

ひらけた厨房には、ガタイの良い大男が4人だ。
みな一様に、黒いTシャツにタオル鉢巻をしている。想像通り。
そのうちの一人、立派なヒゲを蓄えた『熊男』が
かなりの大声で、荒く端的な指示と檄を飛ばしている。
ひと目でここのボスだとわかる、”偉そう”なふるまいだ。

「お待たせしました。小ッス。」
ヤンキーアルバイトが乱暴に、どんぶりと伝票を目の前に投げた。
忙しそうだから仕方がない。でもだいぶ、クるなコイツァ……。
仕方がない仕方がない。ここでキレても、不毛なんだ……。

熱くなった頭と心とは裏腹に、ラーメンは美味しかった。
というか、かなり美味しい。あ、箸が止まらない。すごく美味しい。
お銚子のすき間からのぞいてみるのと同じくらい
そこには幸せがありました。なるほど。流行ってるわけだ。
なるほどなるほどなるほど。なるほどなぁ、うん。

八分目を平らげたくらいで、体に異変が訪れた。
もういやだ。食べたくない。食べたくないし見たくもない。
血の気が引いていく。痛いしんどいもう〇にたい。
これか。これが”やっちまったなァ……”ってやつか。これかァ……。

まぁいいや。どうせこの店に来ることはもうあるまい。
ていうか吐く。家に帰る前に病院に行くことになる。
頭が働かない。全血液が胃袋に集まってもはや貧血だ。
トンズラだ。いち早くここから、できるだけ遠くへ逃げよう。

伝票を握りしめ、レジへと小走りで向かう。
「あざっす」ヤンキーが事務的にレジを叩く。
その一瞬、たまたま奥の『熊男』と目が合った。合ってしまった。
【ペナルティ】ってなんだっけ。終わった……終わった……。

"気分悪くなってしまって、残してしまいました。申し訳ないです。"
ホールのヤンキーに謝っても仕方ないのに。そんな言葉が口を衝いた。
ヤンキーが、みるみる、青ざめていく。じっと眼だけで厨房を見る。
厨房は厨房で「またか……」といったガッカリ顔の大男たち。
”あっ”という間もなかった。そこにはもう、仁王立ちの『熊男』がいた。

「お客さン、ちょっといいッスか?」

レジの横にある、小さなスペースに手招きする『熊男』。
戦争はいつだって突発的に起きるもんだ。歴史が物語っている。
始まってしまえば、もう後戻りはできない。
ヤるかヤられるか、ヤられる前にヤるんだ。これは戦争なんだ。

「ウチもさぁ、商売でやってるんだけどさァ……」

お決まりのジャブが飛んでくる。自分の拳に力が入る。
次の一言が勝負だ。大丈夫、今の俺は『ひろゆき』だ。
たかが田舎の『熊男』に、知性(屁理屈)で負けるはずがない。
かかってこい。ヤってやる。ヤってやれないことはない。







「ありがとうな。素直に謝ってくれて。」

喰いしばっていた歯がズレて、カチンと小さく音が鳴った。
次の刹那、この戦争が終わったことを悟った。僕は負けたのだ。

「ほとんどのヤツがさぁ、黙って出て行ったり
 ひでぇヤツは写真だけ撮って帰ったりさ?
 だから、素直に言ってくれて、ほんとありがとな。」

こいつは、いや、この御方は『大統領』だ。器が、格が違う。
それに比べると、ワイはカスや。山岡はんの鮎はカスや……。

「具合悪いのに、こんなこと言ってごめんな?
 ウチの量と味が気に入ったらさ、また来てくれよ。
 そん時は、がんばって全部食べてくれよな?
 ウチも商売でやってるからさ、もっと頑張るわな。
 これがペナルティ。時間とらせて悪かったな。」

山岡はんの鮎カスすぎんだろ。恥ずかしい。情けない。
僕はこの『大統領・熊男』の言葉に対する正しい答えを、
この愛に応えられる表現を、まだ知らない。
ていうか、ずつない(方言)。吐きそうなのだ。
”シャッス……シャッス……”とチョップで遮りながら、中腰で逃げ去った。

「アリガトォゴザッシャアアアアアア!!!!!!!!!」

熊の咆哮を背に受けながら、暮れなずむ町の光と影の中へ。
見上げれば空に一番星。口笛吹いて歩く、その胸に
”すべての二郎系店員はこうであれ”と、強く強く、世界平和を願った。
山岡はんの鮎はカスやからな。それに比べたら、僕はマシやとも思った。

世界平和……それは現代社会が抱える究極の課題、
二郎系ラーメンの店員が、そのカギを握っているのかも知れないですね。
(fin)





でも、喫煙不可だったので☆1っス。
僕からは以上。また追って連絡し〼。(欲張りセット)


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