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実質

 日本のケータイ料金は高すぎる。らしい。俺もそう思う。いくらなんでも、月々8000円前後、これは高い。会社によって多少の値段はあるし謂わゆる格安SIMとかいうやつもあるが、通信が不安定だとかなんとか、それなりのデメリットもあると聞く。受けられるサービスとか利便性とか、金額以外のものを加味してトータルで考えると、なんやかんや実際は、ただ単にその値段にあった質のケータイを使えるだけだ。
 と、いうわけで。俺は白いプラスチックで出来た背もたれのある椅子に腰掛け、そして制服の男の正面に居た。男はなんというか、形状記憶させられた笑顔で、話の続きを語り始めた。
「はい、そうですね、CMでも大々的にやっているように、業界でも実質最安値の契約プランを打ち出しまして。こうやって契約の見直しにいらっしゃる方が多いですね。これから切り替えたい、というお客様も多いですし、実質業界一番人気の契約プランかと思われます。」
 俺がここにくる前にも何度も同じ言葉を発していたのだろう。この一連の説明にあまりにも滞りがなかった。さらにプランの見直しの話のついでにケータイ替えようと思っている、と伝えると、
「はい、そうですね、これを機に新しい機種に替えようという方もたくさんいらっしゃいますね。最新の機種も出ましたし、はい。」
 相変わらず言い慣れていた。
 とにもかくにも、今使っているケータイのプランの見直しをしてもらった。月の通話時間、通信量、それにクレジットカードやついでの特典となっている細かいものまで。笑顔を形状記憶させられた男はタブレットの画面をしばらく操作すると、それをこっちに見せてきた。
「はい、そうですね、今こちらのプランに切り替えていただくと、まず月々の支払いが3000円にまで減ります。」
 そんなに?いや、ここまで安いと逆にどこか怪しいとも思ったが、
「ですがこちらの料金は最初の半年だけで、今のケータイを下取りしてそこで還元したポイントで割引が効いて、実質2500円ということになりますね。」
 なるほど。そういえば以前切り替えた時も、似たような事があって、似たように驚いた気がする。正直なところあまりにも露骨な安さだと怪しさと警戒心が勝ってくるが、ここまで限定的で期間的なものになってくると途端に信用度が増してくる。というか、こうやって例えちょっと不利な話でも根拠をしっかりと示してくれるとすごく信用しやすい。しかし問題は、その半年間の割引が無くなってからだ。
「で、こちらの半年が終わると、そこからは実質3000円になりますね。」
 そんなに?いやそんなに?これはさすがに怪しかった。こちらの思考回路としては、『但し〇〇に限る』みたいな契約書とかに小さく書かれている、半ば詐欺紛いな料金設定の仕方なのかというふうにも邪推していた。
「こちらはですね、本来半年間の下取りの実質割引終了後まずおおよそ9000円が本来の金額になります。ですがまず、お客様は2年以上ご利用頂けているので、月々実質500円の割引となります。で、お客様当社クレジットカードをご利用ですので、その分の割引と月々のお支払いから当社電話料金は還元率5%でポイントを進呈しております。そのため実質760円の割引となっております。で、お客様現在お家でお使いのwi-fiルーターは提携会社のものなのでこちらがこのサイトのユーザー登録を連携すると472円そちらが割引になるので、実質ケータイ料金472円の割引になります。で、こちらご家族とまとめての契約プランなのでそちらの割引で実質245円割引となっております。で、当社は電気と都市ガスの提供も行っておりまして、こちらを切り替えていただきますと最初の3か月は実質料金半額かつ現在の電気ガス料金からおそらく実質300円ほど安くなりまして、さらにセット割りが効いて実質さらに実質300円のお安くなります。で、こちらのECサイトのポイントカードを作っていただきますと、実質最初5000円分のポイント進呈とこちらもクレジットカードと連携していただくと実質月々3%のポイント還元をケータイ料金で受けられます。」

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「で、実質現在の切り替えキャンペーンは実質、『TVでCMを見た』とおっしゃったお客様は実質割引が効きまして実質機種変更のおおよその期間である実質2年間122円の実質割引がございまして、で、実質提携会社である当社のクレジットカードは実質こちらのファミレスや喫茶店で実質割引が効きますのでこちらの実質ファミレスて喫茶店の実質ポイントカードを作ると実質ポイント還元率が実質高いのでなんやかんや実質割引を受けられます。」

 いや実質実質うるせぇな。何回実質て言うんだ。サッと聞く限り面倒な手続きもいろいろあったし、実質割引て言えばそれ全部やってくれるとおもってんのか。
 それと、長々と説明された訳だがその言葉のほとんどを全くもって理解できていなかった。最後なんやかんやとか言ってたし。それを説明してくれよ。
 店員はまだ言葉を続けた。
「それと当社社長がお客様と実質出身地が一緒なので、なんやかんやで実質割引を受けられます。」
 そんな割引あっていいのか?そんな社長の個人的なもので。
「それと、お客様本日実質ジーパンを履いていらっしゃるので本日18日は実質ジーパン割引で121円実質割引となります。」
 それは何で?そんな簡単に受けられる割引いいの?みんなジーパンはくよ?
「あとは、こちらオプションサービスが284円となっていますが、お客様はこちらのセットプランがありますので284円値引きとなりまして、相殺されて実質無料ですのと、紛失、故障時の保険サービスが実質489円で料金に上乗せになっておりまして、こちらは実質メーカーの商品になるのですが当社が負担をしておりますのでこちらから毎月クーポンを実質498円を進呈していますので実質無料となります。」 
 それは何?その説明いる?無料ならこんな長く説明する必要ある?相殺されるならいらないでしょ?最初から無料です、って言ってもらえる?逆に複雑にしてない?
 なんというか、実質という言葉で煙に巻かれているような気もしていた。こういう時俺はちゃんと、『すみません、もう一回説明してもらっていいですか?』と言えるタイプだが、これは流石にもう一度聞く気になれなかった。しかし俺の表情が理由かはわからないが、笑顔を形状記憶させられた男は頼んでもいないのに語り始めた。
「一応、もう一度説明致しますね。今こちらのプランに切り替えていただくと、まず月々の支払いが3000円にまで減ります。すがこちらの料金は最初の半年だけで、今のケータイを下取りしてそこで還元したポイントで割引が効いて、実質2500円ということになりますね。で、こちらの半年が終わると、————————————————」
 もう一度説明してもらえたが、全く理解できていなかった。そもそも一度で理解できなかった話を全く同じ内容とスピードで話されても理解できるはずがない。どこかで聞いた話なのだが、大人は難しい話を難しく理解させた方が逆に理解や納得を得やすいと聞いた事がある。簡単にされる話より、わざわざカタカナに変換した用語やカラフルな表とグラフを使って長く説明した方がいい、らしい。おそらく自分自身もその術中にハマっている自覚はあったが、自らその罠まがいの話に身を投じて行った。

「て事は、この下取り還元手続きを——————————————」
「て事は、このポイント還元手続きを—————————————」
「て事は、こことこことここに電話して————————————」
「て事は、一通りこれとこれの書類とページを作成して—————」
「て事は、—————————————————————————」
 かれこれ2時間近い奮闘の末、全ての割引の仕組みの説明を受け、全てのタスクを割り出し、なんとか全てを理解出来た。理解した自分もなかなか褒め称えたいところだが、これに全て付き合ってくれた店員さんもありがたい限りである。とはいえ、やる事はてんこ盛りである。わざわざルーズリーフを一枚用意してリストアップしたが、紙の余白が全くなかった。
 にしても、この量の作業を一日で終える事ができるのか。いや、いくら面倒でも動き出さなければ話は始まらない。一番上から作業を始めていった。早速、新しいケータイで片っ端から手続きをしていく。
「かしこまりました、それではこちらのカード利用の開始にあたり、必要な手続きがございます。まず発行手数料としまして500円、別途必要になるのですが、こちらのキャッシュレス決済アプリに連携していただきますと、アプリ内で利用できる500円のクーポンが発生しますので、実質無料で———」

 俺はそっと通話を切った。

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