2023/5/1 わ

中高生の頃、内輪ノリが嫌いでした。同級生から内輪ノリが発生するとそこから逃げたくなってしまいます。物理的に人間の輪から外れにいったこともあります。
中学生の時にキャンプファイヤーでクラスメイトが輪になりGReeeeNの曲をかけている時、みんなが何故か泣き出したので私はその輪から外れ、火の明かりがあまり当たらない少し離れた草の生えた場所に行きました。
体育祭のランダムで組まれたチーム別の作戦会議のため体育館でみんなが輪になり体育座りをしている時、3歩くらいの距離輪から外れて、そのチームの輪を天井から見たら綺麗な円が書けない人の書いた円にしました。

深夜ラジオやお笑いのラジオが私はとても好きです。これらにはかなり強く内輪ノリの笑いが存在します。ライブもそう、小さいライブほどそういうものがあったりします。
矛盾が生じてる!と焦りました。苦手なものと大好きなものの大きな部分が共通してることに!!

おそらく私は「内輪ノリ」そのものが嫌いなのではなくて、好きな内輪ノリと嫌いな内輪ノリがあるんだと思いました。中高の頃は嫌いなものが半数を締めていたけれど、中高というのはとでも狭い世界でそれに気がつけなかったのだと思いました。
そして私が好む「内輪ノリ」は、その内輪ノリに自分もついて行きたいかどうかで判断してるのだな、と気が付きました。
ついて行きたい内輪ノリがあるありがたさ‼️

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