一反木綿の覚え書き

あれは大学1年の居合道部夏合宿で訪れた秋田県鹿角市。小高い山の上に宿泊施設を兼ねた道場が建つ。持ち主は居合道部のOBで、毎年の夏合宿はこの山に一週間ほど籠って稽古をするのが習わしだった。

到着して最初にすることは、確か初代館長先生のお墓参りだったと記憶している。お寺では座禅をさせてもらい、道場に着いたらひたすら掃除だ。タイムキーパーが時間を計って、活動中は常に大声でエールを送り合うのがこの部活のやり方だった。なので、大概2日目には喉が潰れる。清掃が終わると居合の稽古だ。食事を作ったり、朝は最上級生を起こしに行ったりするのが1年生の仕事だった。掃除だけでなく、ありとあらゆる活動において時間制限が課され、その間中大声で「ファイト」を言い続ける。如何にも体育会系の合宿だった。(就寝時の布団敷きに至るまでだ)

ところでこの道場には、色々出ると事前に聞かされている。毎年誰かしらが何かを見ているらしいのだ。一番有名なのは「初代館長先生」だが、この方はどうやら今でも熱心に稽古をされているということで怖がる必要は無かった。夜間の道場では、それらしき気配を感じると「館長先生か。」と言ってそれほど気にならなかったし、上級生は館長先生を降臨させる儀式と称して謎の踊りをしていたくらいだ。男子部員はそんな道場に布団を敷いて眠り、数の少ない女子部員は道場横の控室に布団を敷いて眠っていた。

私がその一反木綿(仮)を見たのは、何日目かの早朝だ。女子部員は4人ほど横に布団を並べており、私の布団は右から2番目の位置だったと思う。アラームが鳴る前に薄っすらと意識を覚醒させた私は、ガサガサとビニール袋の擦れるような音がすることに気づいた。朝早くに起き出した同輩が、荷物の整理でもしているのだろうか。起きたのは誰だろう、と確認程度の気持ちで足元に目だけを向ける。

白い布が揺れていた。まさに私の足元、手ぬぐいよりは幅の広い真っ白な布がぐねぐねと海藻のように揺れている。寝起きで回らない頭は一旦ストップした。待て待て、人間以外も出るのか・・・!自立する布の心当たりといえば一反木綿くらいなので、とりあえず妖怪的なものだと捉えて心を落ち着ける。よし、と再び足元に目を向け、ゆっくりその布の上部へ視線を動かしてみた。

おおよそ肩くらいの位置で、両サイドから腕のように白い布が揺れていた。うわー、そうきたか。想像より腕?のような物は長い。静かな部屋の中、眩いばかりの白だけが揺れる、異様な光景が足元に出現している。少しずつ上に上に視線を動かしていた私は、顔(あるかどうか不明だが)まで辿り着く前に薄ら寒いものを感じて目を瞑った。なんとなく、顔を見てはいけない気がする。揺れる布が、私を見ているのは確実だ。顔を見てしまえば、絶対に目が合って起きていることが気づかれる。そうなると不味いような気がした。

結局、寝たふりをしている間に眠ってしまい、二度とそれに会うことは無かった。何故私の足元に居たのか、本当に一反木綿だったのかは分からない。

大学生の夏休み、山籠もり合宿の不思議な出来事である。

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