移住者が神社を再建するまで②

「博物館の狼」

1992年の7月14日、地元の河川が大洪水という状況下の早朝に無事生まれた私の人生は、2歳でエンジンがかかった。
というのも、今現在の自分はこの頃が基盤になっているとも言えるからだ。

またしても不思議な話を挟んでしまうが、母方の祖父は私が1歳の時に亡くなった。
私には祖父との思い出が記憶に残っていないので、祖母に聞いた話である。

「夜中にベランダへ出て、向こうに向かって『じいじ、じいじ。』って呼んでたの。」
この時、祖父は病床にあって入院していたらしい。私は祖父を「じいじ」と呼んでいた。
翌日祖母が祖父の元を訪ねると、「昨日、○○(私)と話しをしたよ。」と言ったのだという。

そうして私は、2歳になり忍者にはまって刀を振り回し始めた。
これが何の関係があるかというと、2歳から私が気に入り始めたものが祖父の趣味と酷似しているということらしい。
「亡くなったじいじは、2歳になった孫に乗り移った」と言われた。
「生きていたら余程話が合っただろうにねぇ。」と。
夜空に祖父と交信をしたと思わしきあの晩、一体何を話したのだろうか。
ニューカレドニアの”黒い犬の金縛り”事件に続く謎だ。

何はともあれ、初めて持った将来の夢は「忍者」
そこに向かって長野県は戸隠で修行したり、おもちゃの刀が何度も折れるまで虚空と戦い、高いところに登っては独自の必殺技を叫ぶ日々はここが始まりだった。
そんな夢の途上、狼と初めて出会ったのは3歳の時。

神奈川県小田原にあった博物館に家族で訪れた時のことだ。
絶滅した動植物を紹介する小さなコーナーに、赤々と照らされた狼の剥製が置いてあり、悲しげな音楽と共に狼が絶滅したナレーションが流れていたように記憶している。
博物館を回っていた両親がふと気づくと私の姿が無く、探したところそのコーナーの前で「かわいそう」と泣いていたらしい。
絶滅という言葉の意味も分からないはずの年齢だったが、「もう家族に会えない」という感覚があったのは覚えている。
そのあと、両親とはぐれてはそのコーナーの前に立ちつくすということが何回かあったようだ。

狼との出会いは、「絶滅」という強く重い衝撃と共に幼い私に訪れた。
この時の寂寥感が、後に出会うことになる七ツ石神社の狼への想いに繋がっていく。

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