移住者が神社を再建するまで⑬

「それぞれの再建」

大工さん、石屋さん、建具屋さん、板金屋さんが交代で山に上がり社は着々と形を整えていく。
事前に麓で仮組みが行われているだけに、作業は迅速だ。
荷物を減らすために、木枠で作られた足場を活用して、屋根も全て手作業で葺かれる。
一枚一枚、銅板を叩く様子を興味深く眺めた。

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10月19日に一通りの作業は完了し、20日に社の仕上げと現場片付けを行う。
荷物を出来るだけまとめて、森林単軌道で下ろす為に現場から何往復も運んだ。
現場立ち会いの私に出来るのは荷物運びくらいだ。
ヘリ荷上げの瞬間以来、晴れたのはこの日だけ。
保護の為に、完成した社はブルーシートで覆われる。
作業中霧に包まれ続けた社は、11月7日の狛犬山上げとお披露目を待つばかりとなった。
戌年の、かつての祭礼日である。

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11月、修復されて帰ってきた狛犬を山上げ前に資料館で展示することにした。
同時期に、東京は立川で「七ツ石山展」の第三回が開催される。
今回私は村に残るため、七ツ石山展はいつもの仲間たちに任せて、資料だけを送った。
麓で会える貴重な機会に、村民や村外の方、馴染みの人々などが顔を見に来てくれる。
阿形はこんな顔をしてたんだなぁと、感慨深そうに眺める皆の目は愛に溢れていた。
調査から下山、修復まで発信してきた日々を追ってくれていた仲間たちにとって、特別な狼像だろう。
狛犬たちが山上に帰還する前日、当村の道の駅で収穫祭がある。
この日だけは、道の駅の東屋で展示することとなった。
「犬ですか?」「いえ、狼なんですよ。」と時折説明をする。
協力金を入れてくれた方には、七ツ石神社の御札ステッカーを配った。
と、4,5歳だろうか。女の子が、元気に飛び跳ねて目の前を駆け回る。道の駅は賑やかだ。
どうやら家族で温泉に入ったらしい。その子は長い階段をひとり、先に駆け上がって皆を急かしていた。
突然視界に飛び込んだ女の子は、展示をする私の前をしきりにぐるぐるとして、程無くこちらに気づく。
笑顔で駆け寄ってきたその子は狛犬を見つめて、遠吠えをした。
心臓が大きく跳ねる。よく分からないが、それは多分共鳴だった。
「おおかみだいすき!」何の説明もない狛犬を見ただけで、女の子は私にそう教えてくれる。
よく分かったね、と返す私の横で時折遠吠えをしながら、暫く様子を見ていた彼女は、訪れる人の行動を観察して「小銭を入れると狼のステッカーがもらえる」と理解したらしい。
走って父親を呼びに行くと、東屋の前まで引っ張るようにして案内し、協力金の箱を強く指差した。
困惑する父親から小銭を受け取った女の子に、御札ステッカーを渡す。
「ここに居る狼さんのお守りだよ。」
「うん!」
ほら、もう行くよ。と合流した家族に背中を押されて、女の子は駐車場へ足を向けた。
何度も振り返って、笑顔で私に遠吠えをしてくれるその子に、
私も遠吠えで返したい気持ちをぐっと堪えて、親指を上げて応える。
それを見て笑みを深くした彼女は、最後に御札ステッカーを高く掲げて、背を向けた。

彼女もいつか、あの御札をきっかけにこの山へ帰ってくることがあるだろうか。
見送った小さな背中に、思わず幼い自分を重ねる。
いつかの遠吠えが返ってきたような気がした。
狛犬たちにとって最後の麓での一日。本当に最高の、餞別だ。

11月7日、早朝。再建関係者と村の有志で、狛犬の山上げが行われた。この日も深い霧に包まれる。
狛犬は途中まで森林単軌道で運び、登山道に合流したところで人力で社まで移動させる段取りだ。
私は運搬機の荷台へ慎重に狛犬を積むと、先頭に乗り込んで運転を担当する。
登山組との合流地点を目指してゆっくり上がっていく運搬機だったが、どうにも速度が遅い。
そもそもかなりゆっくりなスピードで上がるトロッコではあるのだが。
燃料も問題ないがどうしたことかと思っている間に、平らになった所で運搬機は停止した。
参加者の方を延々と歩かせるわけにもいかない。単軌道は尾根を一直線に敷かれているので、角度はかなりのものだ。
少し考えてから私は先頭を下りて、運搬機と並んで斜面を歩きながら引っ張って登る。
スパイク付きの地下足袋で来ていたので、なんとか終点まで上がり切った。

そこから専用の担架に乗せた狛犬を、登山組との合流地点まで運ぶ。
途中、運搬機のトラブルで遅れたかと思ったが、お互い同時刻に落ち合うことができた。
霧の中を交代で神社まで連れていき、新社殿の中へ。
社に納まった狛犬を前に、関係者の挨拶と解説の後全員で参拝し、御神酒を振舞った。
視界を取り戻した阿形は胴体がくっ付いて、自分の足で立っている。
新しい社の中で、自立する阿形と並ぶ吽形。感慨深い光景だった。

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厳かな霧の中で、しみじみとお披露目会が行われて本格的に公開となる。
下山時、がたごとと下っていく運搬機の運転席が何やら焦げ臭い。
匂いを辿っていくと、ベルトの部分が断続的に火を噴いていた。
なんということだ。急いでエンジンを停止し、煙の上がる箇所を確認する。
レールを移動するベルトが伸び切ってしまっていた。どうやらこれが滑った摩擦で擦り切れたらしい。
幸い登りは無いので全員で運搬機を下り、掴まりながら押して帰還したのだった。
思えばこの運搬機には作業中も散々悩まされている・・・。
使用届けを出している期日の数日前になると、大風で折れた木がピンポイントにレールへ倒れて壊れたり、何者かに壊されて使用不可になったり、他作業が押して利用が被ったりと因縁が多い。
今回はなんと言ってもラストだし、何かしらアクシデントはあるだろうと緊張して臨んだものの、まさか最後に火を噴いて停止することになろうとは。
やっとの思いで下山し、運搬機を格納庫に入れて林道を帰る。
参加者を最寄りの駅まで送り届けて、水道局へ鍵を返却に。
事情を説明し、精神的に疲れて戻った役場は何だか慌ただしく、奇妙な空気だった。

「Hさんが失踪した。」
唯一、再建事業を直接手伝ってくれていた仲間。協力隊の後輩であるHさんが、ある事件と共に村を去った。
何処まで演技だったか分からない。それでも、この事業では大事な仲間だった。
「絶対に再建しましょう。」と言って、本当に動いてくれた数少ない一人だったのだから。

目を落としたケータイには、未だに何の連絡もない。
一番報告したい人は着工の日に旅立ち、一番分かち合いたかった人は事業の達成と共に去った。
ハレの日に続けて重要人物が舞台から下りていく。一言も交わせないままに。

不思議な縁を辿って続けた再建事業は、静かな喪失感と再建の実感が湧かないまま一旦幕を下ろした。


あれからもう直ぐ2年が経とうとしている。

文化財画像


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