移住者が神社を再建するまで⑪

「最終準備へ」

設計の打ち合わせによって一間社流造に決定した七ツ石神社は、
「狛犬や中の様子が見やすいように」との設計士さんの配慮で観音開きではなくなった。
正面上部も、木材でなく透明な板にすることによって再利用した組み物が見やすくなっている。
こだわりの詰まった社になりそうだ。

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6月の現場確認では狛犬の尾部分が見つかった。もしかしたら、未だ見つかっていない他のパーツはあの山の何処かに今も眠っているのかもしれない。
砕けた身体は細かい破片になって、山の一部になったのだろうか。
七ツ石神社再建の動きを受けて、役場夏ユニフォームにも狼のシルエットが採用された。
7月には七ツ石ラベルの焼酎も販売開始。狼に関連する商品、グッズの方も村内外の注目を少しずつ集めていく。
再建事業が静かに盛り上がっていくにつれて、村全体で「狼」を地域おこしのモチーフにする機運が高まっていった。
8月、小雨の中、大岩だけになった神社跡地で地鎮祭が行われた。
参加者で結界づくりをして、再建の安全と無事の完成を祈る。
この時に使用した小物やお供え物、祭礼の費用は頂いた協力金から出されている。

同月に基壇整備が始まり、新しい社を乗せる大切な土台がつくられた。
古い土台の下からは、かつて奉納されただろうたくさんの小さな剣と賽銭が出てくる。
氏子のSさんが若い時には「社の周りの山に、所狭しと剣が刺さっていた」というのはこれなのだろう。
その全貌は積もった土の下だ。一緒に出てきた炭は、明治に焼失した時の名残だろうか。

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9月になると社の設置工事に向けて詳細なミーティング。
社は一度工場で作られてから、それを3往復の輸送で間に合うように分割し、また上で組み上げるという段取りだ。
荷物同士が空中で吊られた時に壊れないよう、専用の木枠を作るという工夫も成された。
これは山上で荷解きをした後、足場材にもなる。重い材を増やさないための大工さんの知恵だった。
予算の都合でヘリは着工の日に3往復しか飛ばない。
つまり、荷物になるようなものを積んでしまえば下山は人力だ。
片付けまで視野に入れて、日程と人員の調整をする必要があった。
この日はヘリコプター誘導時の講習を現場監督と共に改めて受ける。
限られた空間、山上での作業、時間と天気にも左右されるので、着工までが気がかりだ。
ヘリが無事に飛びさえすれば、後は順調にいくはずだと考えていた。

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10月、県に提出していた工事申請が受理される。いよいよ再建作業の開始だ。
狛犬の進捗を確認しつつ、ヘリで荷上げする材の準備に立ち会う。
再度重さを確かめ、当日の配置、人員、工程、地上班と山上班それぞれの集合と時間を確認した。

10月15日着工予定日。
霧の立ち込める七ツ石山。山上班は既に神社前で待機していた。
無線で麓と連絡を取りながら、ひたすら上空の霧を見つめ続ける。
「樹の先まで見えますか?見えたら報告してください!」
「半分くらいまでは・・・、上は見えていません。」
何度も往復するやり取り。せめて頭上だけでも視界が確保されないことには荷上げが始まらない。
数時間待った。冷えて固まる身体を、時折歩き回って動かす。
大工さんたちも、じっと霧を見ている。

この日、ヘリコプターは飛ばなかった。

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