門脈シャント

門脈体循環シャント, Portosystemic shunt, PSS

門脈とは、消化器と肝臓を結ぶ血管です。門脈が奇形になる病気を門脈シャントと言います。

門脈シャントになると、本来肝臓に流入するはずの血液が短絡路(シャント血管)に入ってしまうため、肝臓に十分血液が供給されなくなります。そのため肝臓が十分に成長できず、正常に機能しなくなってしまいます。また、肝臓は消化管で吸収した栄養を代謝し、有毒物質は排泄するなど、生体にとって非常に重要な機能をつかさどっています。シャント血管があるために主たる栄養供給路である門脈からの血流が減少すると、成長障害など重大な問題が起こります。

門脈シャントには2つのタイプがあります。
1)肝外シャント:シャント血管が肝臓の手前で分岐しています。猫や小型犬に多く見られます。
2)肝内シャント:シャント血管が肝臓の中に形成され、手術が大変難しくなります。大型犬に多く見られます。

アイリッシュ・ウルフハウンドの門脈シャントの発症率は2〜4%だとされています。1988年にノルウェーで行われた調査では、54胎中12胎で門脈シャントを持つ仔犬が見つかりました。1995年にはオランダのメイヤーが、アイリッシュ・ウルフハウンドの肝内シャントが遺伝的要因によるものであると報告しています。アメリカの遺伝病研究でも遺伝性が指摘され、心臓病、股関節形成不全とならぶウルフハウンドの遺伝性疾患となっています。

原因

胎児期には、子犬は母親の血液をから栄養をもらっているため、子犬の肝臓は働いていません。そのため胎児期には、全身を回って心臓に戻ってくる血流は肝臓を通過せず、シャント血管を通り、大静脈から直接心臓へと流れ込みます。通常このシャント血管は生後すぐに閉鎖し、血液は肝臓へ流入してから心臓へ流れるようになりますが、このシャント血管が何らかの先天的異常で閉鎖しないと、肝内シャントとなります。

先天性の異常ですが、遺伝的な要素が指摘されています。


症状

門脈シャントを持つ犬は、シャント血管の場所や太さによって様々な症状を示します。先天的な異常であるため、仔犬の時から同腹子と比較して体格が異常に小さく、体重が増えないなどの発育障害を示します。重篤な場合は成長できずに死ぬこともあります。食欲不振、沈うつ、嘔吐、下痢、多飲多尿などもみられます。

門脈シャントが原因で尿石症が起こると、血尿、排尿困難になる場合もあります。また、解毒ができないために体内に蓄積される有毒物質が原因で、運動失調、脱力感、昏迷、頭を押し付ける、円運動、発作あるいは昏睡といった神経症状を呈することもあります。神経症状は高タンパク食を与えたあとに悪化しますが、これは食事中の蛋白質代謝物が毒素となるためです。また、肝機能の低下により、麻酔の覚醒が遅くなります。

ただし症状の程度はシャント血管の太さや場所に左右されるため、時には全く症状を示さず、高齢になってから病気が発見されることもあります。

診断

上記のような症状と、各種の検査によって診断をつけることができます。レントゲン検査では小さい肝臓や腫大した腎臓が、血液検査では肝機能不全や貧血が認められます。また、一部の犬では膀胱や腎臓に結石ができることがあります。

確実な診断は、超音波検査や開腹によるシャント血管の確認、手術中の門脈造影などによって下されます。大学病院など設備の整った動物病院へ行く必要があります。

治療

治療は通常外科手術によって行なわれ、肝外シャントの場合はシャント血管を特殊な器具で閉鎖する方法が一般的です。しかし、シャント血管が肝内にある肝内シャントの場合は手術が非常に困難なことが多く、治療が難しくなります。

手術以外の治療は点滴や低蛋白食、抗生物質などの内科的な対症療法に限定されています。

重度の肝内シャントを発症した場合、子犬は生まれてすぐ、あるいは生後数ヵ月で死ぬことも多い病気です。遺伝的な要素が指摘されているため、門脈シャントの遺伝子を持つ可能性がある犬は繁殖に使わないことが、唯一の予防策と言えます。発症していなくても遺伝子を持っている犬もいるため、とりわけ交配を行なう際には、兄弟犬、両親やその兄弟犬、祖父母の代に門脈シャントを発症した犬がいないか、確認をすることが大切です。


子犬のスクリーニング検査

門脈シャントは簡単な血液検査で判定できるため、きちんとしたブリーダーは生まれた子犬全頭の門脈シャント検査を行っています。イギリスのウルフハウンド・クラブの倫理規定には、子犬のシャント検査をすべき旨が明記されています。全頭検査によって、子犬が新しい飼い主の元へ行く前に門脈シャントが早期発見できることに加え、その後の繁殖計画の指針に生かすことで、将来的に犬種におけるシャントの発生を減らしていくことができます。門脈シャントは日本のウルフハウンドでも発症例があります。今後、日本でもシャントの全頭検査が当たり前に行われるようになることで、犬種の健全性が向上することを願っています。

子犬の門脈シャント検査は、生後8週目頃以降に行います(8週よりも遅いほうがより正確な結果が出るようです)。検査は、食前および食後の2回血液を採取し、血液中の胆汁酸の値を計測します。胆汁酸の値は食前で1~30が正常値とされています。胆汁酸の値が大きいほど、また食前と食後の値の差が大きいほど(食後の値が40以上。100を超えることも多い)、シャントの疑いが強まります。疑いがある場合は再検査を行い、やはり値が高ければ、超音波検査等による確定診断を受けます。

胆汁酸による検査は、成犬でも行うことができます。軽度なシャントの場合、特にめだった症状がないまま成長する場合もあるため、子犬の時に検査を受けていない場合、成犬でも検査をする意義があります。

なお、シャントの検査にはアンモニアの値を測る方法もありますが、ウルフハウンドでは有効な検査方法ではないことが確認されています。これは犬種の特異性として、ウルフハウンドの若い犬で全般にアンモニア値が低いため、シャントの犬と正常な犬の数値が大幅にオーバーラップしてしまい、アンモニアの値がシャントの有無を表す有効な指標とはなり得ないからです。検査を受ける場合は、獣医師にその点を説明の上、必ず胆汁酸のテストをしてもらってください。

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〈参考ウェブサイト〉

Irish Wolfhound Foundation  Liver Shunt (PSS) in the Irish Wolfhound 
Cornovi Irish Wolfhound  Portosystemic Shunt (PSS) in the Irish Wolfhound

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