避妊去勢手術


避妊去勢のメリット・デメリット

避妊去勢手術には、望まない出産や特定の病気の予防というメリットがありますが、一方で特定の病気の発症率が増加するデメリットもあります。手術をするかどうかは、避妊去勢が健康に及ぼすメリット・デメリットをよく理解したうえで、個々の犬の性格や飼育環境なども考えあわせて飼い主が決めるべきことだと思います。以下では、主に病気に関して現時点で知られているメリット、デメリットをまとめました。

避妊去勢手術をしない場合には、当然のことながら、望まない子犬の誕生という事態にならないよう、飼い主が飼い犬をきちんと管理する必要があります。

避妊去勢手術をする場合には、いつ行うかがとても重要です。ウルフハウンドの避妊去勢は成長が終わる2歳以降が推奨され、とくにオス犬では23カ月以下での去勢によるデメリットが大きくなるので注意が必要です。


オスの去勢手術

〈主なメリット〉

・以下の病気のリスク低下:良性の前立腺の病気、会陰ヘルニア、肛門周囲腺腫、睾丸腫瘍(ただし犬における睾丸腫瘍の発症率は1%以下と考えられ、比較的稀である)
・他のオス犬への攻撃性など、性ホルモンと関係する問題行動の予防・改善。ただし、それ以外の原因の攻撃性は改善されない。人への攻撃性など、去勢によって問題行動が悪化する場合もあるので注意
・ストレスの低減(未避妊のメス犬と同居している、他のオス犬とメス犬を争うなどのケース)

〈主なデメリット〉

・1歳未満で去勢すると骨肉腫のリスクが顕著に増大する
・股関節形成不全、前十字靭帯損傷など関節の疾患のリスク増大
・肥満の増加
・前立腺腫瘍のリスクが4倍に増加(ただし、元々の発症率が0.6%以下と稀な腫瘍である)
・膀胱移行上皮癌のリスクが2〜4倍に増加(ただし、元々の発症率が1%以下と稀である)
・早期(1歳未満)に去勢した場合、体格の十分な発達がみられずオスらしさが低減する


アイリッシュ・ウルフハウンドでは、骨肉腫が犬種的に多発しており、死因の約2割を占めています。現状ではほぼ治療困難な病気であることから、早期去勢によってリスクが高まることは十分考慮すべきでしょう。また関節疾患なども同様に犬種的に起こりやすい疾患です。

一方、去勢のメリットのうち、睾丸腫瘍は稀であり、その他のリスクが低下する病気も命に関わるものではなく治療が可能です。病気のリスクの点では、去勢手術のメリットはあまり大きくありません。

去勢手術をする場合は、成長期が終わる2歳になってから行うのがよいと言えます。


メスの避妊手術

〈主なメリット〉

・早期に避妊手術をすると、乳腺腫瘍のリスクが大幅に低下する(初回ヒート前でほぼリスクはなくなり、2回目ヒート前でも8割程度リスクは低減されるが、4回目のヒート以降で手術してもリスク低減の効果はないとされる)
・子宮蓄膿症のリスクはほぼなくなる(子宮蓄膿症は、メス犬の約2割で発症する一般的な疾患)
・その他のリスクが低下する病気:子宮頸管・卵巣の腫瘍(ただし、これらの腫瘍は元々発症率が0.5%以下と非常に稀である)、肛門周囲腺腫
・ストレスの低減(ヒート前後の食欲不振、想像妊娠などがある場合)

〈主なデメリット〉

・1歳未満で避妊すると骨肉腫のリスクが顕著に増大する
・脾臓血管肉腫のリスクが2.2倍、肥満細胞腫のリスクが4.1倍に増大する
・股関節形成不全、前十字靭帯損傷など関節の疾患のリスク増大
・肥満の増加
・大型犬の約2割で、尿失禁が起こる(小型犬では少ない)
・膀胱移行上皮癌のリスクが2〜4倍に増加(ただし、元々の発症率が1%以下と稀である)
・ホルモンの変化により、オス的な行動や性格に近づく傾向があるとされる。場合によっては手術後に攻撃性が出現することもある

メスの避妊手術は、どの犬種でも比較的よくみられる乳腺腫瘍(ただし約半数は良性)や子宮蓄膿症のリスク低下が大きなメリットといえます。これらは高齢になってから発症することも多く、悪化した子宮蓄膿症の手術をする場合には、それだけ生命のリスクも大きくなります。若い時に避妊手術をしていれば、そうしたリスクは最低限に抑えることができます。

しかし、ウルフハウンドの場合、死因の約2割を占める骨肉腫の増加は重大なデメリットです。避妊手術をする場合にも、成長期が終わる2歳頃まで待つのがよいでしょう。

乳腺腫瘍に関しては、早期(初回または2度目のヒートの前まで)に避妊手術をしないと予防効果はほとんどなくなりますが、ほぼ完治困難で死に至る骨肉腫と比べれば、治療可能な癌といえます。

また、尿失禁は深刻な健康問題ではありませんが、超大型犬の場合には、日常生活のうえで清潔を保ちにくくなったり、飼い主の負担が増えることになります。尿路感染症が慢性化したり繰り返すことが増えるとも言われています。

早期の避妊去勢手術が健康に与える影響

犬の避妊去勢手術は生後6ヵ月頃に行うことが一般的ですが、アイリッシュ・ウルフハウンドなどの超大型犬では、成長期が終わるのを待ってから行うことが推奨され、その目安は2歳以降になります。またメスでは2回目のヒート以降がよいとされます。

大型犬の成長期が終わるのを待たずに避妊去勢手術を行うと、以下のようなリスクが高まることがわかっています。

骨肉腫リスクの増大:オス・メスとも1歳までに避妊去勢手術をすると、骨肉腫の発症リスクが顕著に高まります。骨肉腫はウルフハウンドで最も多くみられる種類の癌で、約2割が骨肉腫を発症するため、さらに発症リスクを高めることは望ましくありません。同じく骨肉腫が好発する犬種のロットワイラーの調査では、1歳未満の避妊去勢によって、骨肉腫発症率がオスで3.8倍、メスで3.1倍に増えることがわかっています。(骨肉腫については#IWの病気の項目を参照)

骨格の成長への影響と関節の問題:成長期の避妊去勢手術によってホルモンバランスが崩れることで成長線(骨端線)の閉鎖時期が遅れ、骨が長くなったり、プロポーションの異常が出ることがあります。一部の犬種では、前十字靭帯損傷や股関節形成不全のリスクが高まることが知られています。

リンパ腫、血管肉腫の発症リスクの増大:ウルフハウンドの場合、骨肉腫に次いで発症率の高いこれらの癌は、避妊去勢によってリスクが高まり、とくにメスでは血管肉腫のリスクが顕著に高くなります。また、早期に手術をするほど、癌の発症年齢も若くなる傾向があります。


〈参考文献〉

Laura J. Sanborn, M.S."Long-Term Health Risks and Benefits Associated with Spay / Neuter in Dogs" 2007.

John Berg, DVM, DACVS. "The Spay/ Neuter Controversy” Atlantic Coast Veterinary Conference (October 16, 2014).

注記)避妊去勢の長期的な健康への影響については、2007年のサンボーン論文がよく知られています。しかし、この文献については獣医師の間でも賛否が分かれ論争となっています。「避妊・去勢論争」と題された、2014年のアメリカの獣医学会でのジョン・バーグの講演は、2014年現在の研究状況からメリット・デメリットを整理し、そのうえでバーグ博士の避妊去勢手術についての個人的見解をまとめたものです。冒頭でバーグは、避妊去勢は論議を呼ぶ問題で、今後10年、20年でよりよいデータが集まれば、賛否の意見もまた変わっていくだろうと述べています。彼の見解はあくまで現時点でのものにすぎないと断ったうえで、大型犬のオスについてはオス同士の問題がなければ去勢は不要、大型犬のメスについては、乳腺腫瘍予防のために早期(生後半年)の避妊を奨めています。(ただし、ウルフハウンドのように大型犬種のなかでもとくに骨肉腫が多発している犬種では、メスについても早期の避妊手術は避けたほうが無難なのではないでしょうか)

Irish Wolfhound Health Group “Neutering Guide" (Irish Wolfhound Health Group UK

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