オオカミの世界で伝わっている「赤ずきん」

昔々、あるところに、とても可愛らしい仔オオカミがいました。
ある時、その仔オオカミのおばあさんが赤いビロードの布で頭巾を作ってくれました。その頭巾が仔オオカミにとても似合っていたので、みんなは仔オオカミの事を「赤ずきん」と呼ぶ様になりました。

ある日の事、お母さんは赤ずきんを呼んで言いました。
「赤ずきんや、おばあさんがご病気になってしまったそうよ。お見舞いに行ってあげなさい。」
「はい、お母さん」
「それじゃあ、この生肉と上等なブドウ酒を一本持ってお行き」
赤ずきんがおばあさんの所へ一人で行くのは始めての事だったので、お母さんは心配でたまりません。
でもお母さんには用事があって、一緒に行けないのです。
「いいですか、途中で道草をしてはいけませんよ。それから、猟師に用心するのですよ。猟師はどんな悪い事をするかわからないから、話しかけられても知らん顔しているのですよ」
「うん、お母さん。大丈夫だよ!」
 赤ずきんは、お母さんを安心させるように元気良く
「いってきまーす!」と言って出かけて行きました。
おばあさんの家は、ここから歩いて三十分ぐらいかかる森の中にありました。
その日はとても天気のよい日で、赤ずきんがスキップしながら歩いていると、そこへ猟師が現れたのです。
「こんにちは。赤いずきんが可愛い、オオカミくん」
猟師はニコニコしながら、赤ずきんに話しかけました。
赤ずきんはお母さんに言われた事を思い出しましたが、ニンゲン好きの赤ずきんには、ニコニコしている猟師が悪い動物には見えません。
「こんにちは、猟師さん」
赤ずきんが返事をしてくれたので、猟師はニヤリと笑うと尋ねました。
「赤ずきん、今からどこへ行くの? たった一匹で」
「おばあさんのお家だよ。おばあさんがご病気だから、お見舞いに行くの」
「そうかい。それは偉いねえ。・・・おや? そのバスケットの中には、何が入っているのかな?」
「生肉とブドウ酒だよ。おばあさんのご病気が早く良くなる様に持って来たの」
「なるほど、それでどこだい?おばあさんのお家は」
「森のずっと奥の方よ。ここからなら、歩いて十五分くらいかかるわ」
「十五分か・・・」
猟師は、ちょっと考えました。
(ばあさんの家を探して、ばあさんを仕留めるには、もう少し時間がいるな。よし・・・)
「なぁ赤ずきん。おばあさんの家に行く前に、周りを見てごらんよ。こんなにきれいに花が咲いているし、小鳥は歌っているよ。せっかくだから、楽しく遊びながら行ったらどうかな。たとえば、花をつむとか」
赤ずきんは、猟師の言う通りだと思いました。
花をつんで持って行けば、おばあさんはきっと喜んでくれるに違いありません。
「そうだね、猟師さん、あなたの言う通りだね。僕、お花をつみながら行くよ!」
赤ずきんはさっそく、色々な花を探し始めました。
さて、赤ずきんと別れた猟師は、そのまま真っ直ぐ、おばあさんの家へ行きました。
トントンと、戸を叩くと、
「はいはい。どなたかの?」
と、言う、おばあさんの声がしました。
猟師は、仔オオカミの様な声を出しました。
「赤ずきんだよ。生肉とブドウ酒を持って来たの!」
それを聞いたおばあさんは、うれしそうな声で、
「おや、赤ずきんかい。さあさあ、カギはかかってないから、戸を押して入っておくれ。おばあさんは体が弱っていて、ベットから起きられないからね」
「そうかい。それじゃあ、遠慮なしに」
猟師は戸を押し開けると、銃を一発撃ち鳴らし、ベッドに寝ているおばあさんに照準を定めました。
怖さのあまり気を失ってしまったおばあさん。猟師は少し考えてから、おばあさんを撃つのをやめ、そのかわりおばあさんを生け捕りにしてしまいました。
それから猟師は、おばあさんを倉庫に隠してから、おばあさんのベッドの中へ潜り込みました。
その頃、赤ずきんはまだ花を取っていましたが、やがて手に持ちきれないほどたくさん取ってしまうと、やっとおばあさんの家へ行く事を思い出しました。
「そうだ、急いで行かなきゃ!」
おばあさんの家に行ってみると入り口の戸が開いていたので、赤ずきんは不思議に思いました。
「どうしたんだろう? おばあさんは、いつも戸を閉めておくのに。」
赤ずきんが家の中へ入ると、いつもと違った、変な匂いがする様な気がしました。
しかし花の香りに紛れてしまいそれが、猟師の匂いだとは気がつきません。
部屋の奥のベッドには、おばあさんが寝ています。
「こんにちは、おばあさん」
赤ずきんが大きな声で挨拶しましたが、何の返事もありません。
赤ずきんは、ベッドに近づきました。
(あれ?おばあさんの様子が変。病気でこんなになってしまったのかしら?)
赤ずきんは思い切って、おばあさんに尋ねてみました。
「おばあさん、おばあさんの耳は、ずいぶんと小さいのね」
すると、おばあさんに化けた猟師が言いました。
「そうとも、お前の言う事が、細かい事までよく聞こえる様にね」
「それに目も小さくて、光っている。何だか怖いわ」
「怖がる事はないよ。可愛いお前を、よく観る為だから」
「それに、おばあさんの手の小さいこと。おばあさんの手は、こんなに小さかったかしら?」
「そうとも。小さくなくては、引き金を・・・」
「・・・引き金を?」
「引けないからさ!」
猟師はそう言うと、赤ずきんに銃を向け引き金を引きました。
その瞬間するどい閃光とともにけたたましい音が森じゅうに響き渡りました。
「ちくしょう。外したか。」
間一髪、幸運な事に弾丸は赤ずきんの頬を擦っただけでした。

しかし赤ずきんは腰を抜かして動けません。そこで最後の力を振り絞り、一声、遠吠えをしました。

「なにをやってももう遅い!」猟師はそう言うと、今度は確実に赤ずきんに照準を合わせました。

その時です、一発目の銃声を聞いて駆けつけた赤ずきんの仲間のオオカミが飛び込んで来たのでした。

そのなかでも一番体格の良いオオカミが
「貴様は最近森を荒らしているニンゲンだな!いますぐこの森から出て行け!!」と吠えました。

猟師は恐れおののき一目散に逃げ出しました。

「大丈夫かい?赤ずきん。」
「僕は大丈夫。それよりおばあさんが!」
みんなであたふたしていると倉庫の方から声が聞こえてきました。
「わたしはここだよぅ。やれやれ、ひどい目に会った。」そう言っておばあさんは自力で倉庫からでてきたのでした。
おばあさんは寝たきりで動けなかったはずですが、猟師に撃たれたと思ったショックで、病気がどこかへ吹き飛んでしまったのです。

その夜、赤ずきん達は森の仲間を集めておばあさんの快気祝いパーティ開いたのでした。
満月の美しい夜でした。

猟師はその後どうなったかって?
オオカミが怖くて森に入れなくなった猟師は、猟師を引退して童話作家になったんだとさ。
彼の書いた童話の一番の人気作が「赤ずきん」というお話。ニンゲン界ではとても有名なお話なんだとさ。

おしまい

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