らんる(襤褸)
彼女は、震えていた。
指先は冷たく、悲しい目をして、真夏だというのに震えながら、幸せを喜べない不安な気持ちを、かかえて生きていた。
(ETCカードが残っています)
車から聞こえる声に、今日も一日が終わったと車の中で、一呼吸する。
車から降りて、自分の部屋を見上げたら、玄関に、人影が見えたので、その日は部屋へ帰ることをやめてホテルに泊まった。
母が、私の部屋の玄関前に、荷物を置いていった。
自分が受ける結果は、自分が作ることを、この頃の私は知らなかった。
それよりも、こうなって当たり前だと、人をさげすんで否定してばかりいた。
ショットバーのカウンターのように、渡れそうで渡れない距離感が、とても好きで、自分に自信がないから、どうしても渡れない距離感を自分で作ってしまう。
幸せな恋愛をして結婚をする友達から、結婚式の案内状が、家のポストにあったので、中身も見ないでゴミ箱に捨ててしまった。
LINEにくる話しの内容にも、うんざりしていた。
自分の子供の写メや、犬やネコの写メの何が楽しいのか、説明して欲しいとiPhoneも、ゴミ箱に捨てた。
次の日、ゴミ箱の中から電話がなり、
「うるさい」
と、叫んだ。
着信音が止まった。
充電がなくなったからだと、気づいたけれど、ゴミをまとめてゴミ出しに外へ出た。
ゴミ捨て場で、ゴミを置いた時(カツッ)とイヤな音がしたので、ゴミを家へ持ち帰って、iPhoneにゴメンナサイと謝った。
iPhoneの充電をしたら、結婚する晴海から着信があった。
気になったので、晴海に電話をした。
「もしもし」小さな声で、つぶやいた。
「もしもし、案内状見た?捨ててないよね。」
「捨てたよ」
「やっぱり・」
晴海は、すごい。やっぱりと笑いながら言った。
ゴミの中から、案内状を探して開けたら、結婚式へ出席する気持ちになった。
晴海の友達は、私一人だった。
わかっていたけど、私の知らない友達と楽しく結婚式をするイメージもあったので、どうぞお幸せにと案内状を捨てた。
晴海が、どんな気持ちで、この案内状を出したのか考えたら、自分がイヤになった。
案内状に書いてあった言葉は、
「ごめん、結婚式に招待する人いなくて」
結婚式って、なんなのか晴海が気の毒になって来た。
そうなると、結婚式に行くことになる。
「なんなんだ。」
自分の行動が、イヤになる。
「実花さえいなければ」
「実花のせいで、こうなった」
昔、母から言われた言葉が、ループして苦しくなる。
イヤなことがあると、必ず思い出す記憶は、母だった。
幼い頃、私は、近所の子犬を見に行くのが楽しみで、姉と見ていると、急に、子犬が吠えて、姉は、驚き後退りをした瞬間の事故だった。
私が、強引に
「行こう〜行こう〜」
と、姉を誘って子犬を見に行く姿を、母が見ていた。
私は、大きな音がしたので、振り向くと、車が止まっていて、姉がいなくて、何が起きたのか、わからなくて、ゆっくり、ゆっくりざわめき始めた頃には、母のうつむく姿と、やり場のない怒りを感じて、私は、嘘をついた。
「お姉ちゃんが、行こうって言った」
その時の母の顔は、怖かった。
でも、母は泣きながら、震えながら、
「実花のせいで」
と、言った。
それから、母と私は、笑顔で会話が出来ない。
私は、大学進学のため一人暮らしをした。
もう、ずっと白黒のような世界のまま、あの時、嘘をついた自分を責め続け、あの時の母の顔を思い出して、時間は止まっている。
父の優しさが、私を大人にしてくれた。
晴海の結婚式当日、私は、生理が来て、とても、ゆうつな気分で参加した。
晴海は、綺麗なドレスを来て幸せな笑顔だった。
私とは、違う。
トイレに行って、下を向いて歩いていたら、思いっきり何かにぶつかって、倒れた。
「すみません。すみません。」
と、遠くでかすかに、誰かが言っている。
私は、もう死んでしまうのか。
目が覚めなかったら、終わりかなと、心のどこかで、安心していた。
私は、目覚めた。
知らない人が、椅子に座っていた。
「ここは、どこ?」
椅子に座った男性は、飛び起きて
「良かった〜。俺のせいで、ごめんなさい。」
めちゃくちゃ面白い顔の男性で、私は、笑った。
私は、お酒に酔ってトイレから、出て来たところ、彼にぶつかったようだった。
「大丈夫?大丈夫ですか?」
と、言う。彼の顔が、面白くて笑ってしまった。
お腹を抱えて、笑った。
こんなに、私は、笑うことが出来たのか、大きな声で笑って泣いていた。
不意打ちをされた。
今日だけは、いいよね。
今日だけは、いいよね。
と、大声で、笑った。
彼と出会えたことで、私の人生は、変わることが出来た。
そして、結婚し子供が産まれ、その育児で、毎日毎日、慌ただしくしていた。
母とは、ずっと会うことが、出来なくて、父と会っていた。
公園で、父と息子と三人で、遊んでいた時、急に息子が、道路へ飛び出し、私は走った。
車が、急ブレーキをかけて止まった。
「何やってんだ。ちゃんと子供を見てろ!」
怒鳴られた。
車が、去ったあと、私は、息子に、
「健太のせいで、」
と、言いかけた時、あの日の母を思い出していた。
父に、小さな声で、初めて聞いた。
「お母さんは?」
父は、顔がぐちゃぐちゃにに、なって、鼻水も涙もグチャグチャになって、
「去年亡くなった。言うなって言われてたから」
なんで、どうして、私がそんなに、お母さんは、私を嫌いだったのと、また、時間が止まったように、白黒の世界へ戻ってしまった。
久しぶりの実家へ息子と行く道で、母とあの日歩いた景色を思い出していた。
母は、声も出さず涙があふれ続けて、夕日に照らされた母は、溶けそうだった。
息子と実家へ初めて帰ったので、息子は、
「ママ、誰のお家?」
と、聞かれ、ハッとした。
私は、母へ孫の顔を見せることも出来ていなかった。
玄関を開けると、懐かしい香り母の香りを感じ、崩れ落ちそな気持ちをグッとこらえながら、靴を脱いで、家に入った。
父は、感慨深い顔で、私を見つめていた。
廊下を歩いて、小さな仏壇に手を合わせ母が亡くなった現実を受け止めると同時に、不思議とホッとしていた。
「これ、いつか実花に」
父が、紺色のつぎはぎのタペストリーを差し出して来た。
「らんる」
父の言葉は、涙で言葉になってない。
「お母さん、実花は、私を憎んでも仕方ない。私が、悪いのと言っていた。遠くから、いつも実花と健太のこと見ていたよ。実花が、強く生きていることを、強く生きていることを 」
と、もう、言葉にならない父に、
「お父さん、ありがとう」
私は、笑顔で泣いた。
その後、母が私に残してくれた襤褸(らんる)の意味を調べて、母の強さを感じることが出来た。
それは、
ほつれるたびに、
縫い合わせ、
貴重な布を、
ひと針ひと針縫い合わせ、
強く美しく、
価値のあるものに、
変えて行く、
傷ついた心が、
強く美しくなるように
完
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