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不慮の事故(未遂)

朝から恐ろしい光景が広がっていた。

家の鍵を車の中に置いてきたからとってきてくれと娘が言う。昨日の夜、練習帰りにドアポケットに忘れてきたのだと。
こちらはまだ化粧もしていないし、服も着替えていない。なぜ君の忘れ物のフォローをわたしがするのか。取りに行きなさいよ自分で。
そう言えば、屁理屈大魔王はこう宣った。
「子供は操作しちゃいけないって書いてあるんだよ」
確かに、立体駐車場の操作板にはそんな注意書きがあった。
こどもって…自分より大きい背丈の娘を見上げたが、敵は諦める気配がない。朝の時間は貴重だ。仕方なく駐車場に向かった。

幸運なことに昨日駐車したあと誰も立体駐車場を動かさなかったらしい。我が家の愛車は1階に停まっていた。本来は3階だ。降りてくるまで時間がかかる。1階にあるなら、忘れ物まではすぐだ。
ちょっとした幸運を嬉しく感じながら、リモコンで車のドアを解錠しようとした。
が、いつまでもドアは開かない。解錠の合図のランプが点灯しない。
リモコンの不具合か、とドアに近づいたときだった。

ドアは
開いていた。
外に向けて、大きく。

ドアポケットに鍵はあった。
ワイヤレスイヤホンも。
外に向かって開かれた車内はいつも通りだった。

問題はそこではない。
立体駐車場である。
ある程度大きい規模の我がマンションの、ある程度大きい立体駐車場である。

立体駐車場の一つのカゴから車のドアが外に向かって開いていて、そのまま上がって行ったら、隣のカゴがドアにあたる。
ドアは引きちぎられる。
車は大破かもしれないが、立体駐車場も無事ではすまないだろう。
マンション全体に関わる大問題。
わたしには、立体駐車場が愛車のドアを引きちぎり、自らも傷つく、悲鳴が聞こえるようだった。というのも、以前自分がサイドミラーをしまい忘れて、片方が折れてしまったことがあったからだ。あのときの修理代も脳内に響いた。チャリーン。小銭で終わる金額ではなかったのに、チャリーン。

が、結果的にドアは無傷だった。娘が昨夜開け放ったままのドア。見つけたのが数時間遅かったらダメだったかもしれない。間一髪。家の鍵を忘れてきてくれてありがとう。
とは思えなかったが、とにもかくにもドアは無事で、確認不足だと理不尽に夫に怒られることもなく、お金も出ていかなかった。
助かった。

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