羽生結弦選手単独ツアー「RE_PRAY」埼玉感想②【鶏と蛇と豚】
ゲームしてるだけなのに
「激流に 飲まれていた」
という印象的なセリフが流れました。
スクリーンいっぱいにアップで映る男性…
暗くて、影があって、表情がよく見えない。
映っているのは羽生選手なのに、別人みたいに見えました。
陰鬱な空気に包まれた映像とナレーション。
羽生選手の口調はどこか重々しくて、緊張感が漂っています。
どうやら「GIFT」の雰囲気とは全く違うらしい。
ダークな世界観に包まれた映像を、観客たちはただ押し黙って見ていました。
思っていたよりもずっと重厚なストーリー展開でした。
セリフの意味も1回聞いただけではどういう事なのか解釈が難しくて、頭の中で「?」がたくさんつくという感じです。
よく分からないけど、どうやら「命」がテーマなのかなと漠然と思っていました。
それにしても、スクリーンの中でコントローラーを握っている羽生選手の見場が良いこと!
スタイリッシュなスーツ姿。コントローラーを握りしめる手は皮手袋。
ニコリともせずTV画面を睨んでいる顔がすごく素敵で、それを見る私の目は完全にハート型になっていたと思います笑。
ゲームしてるだけなのにかっこいい人ってこの世にいたんですね??
「GIFT」の時もそうでしたけど、初見のアイスショーでは氷上の羽生選手の演技とスクリーンのかっこいい映像とイケボのナレーションを追うのに必死で、物語の内容までほとんど頭に入ってきません!すみません!
まるでホラーゲームのよう
「息をする できない やめる」
このシーンは見ていてハラハラしましたね。
真っ暗な画面いっぱい埋め尽くされる赤い文字。
息をする できない やめる
息をする できない やめる
息をする できない やめる
………
同じ文字の羅列、不穏な言葉、BGM無しで羽生選手の声だけが響き渡る演出は、
観客の視覚と聴覚に強い緊張と不安感を煽ってきます。
それはまるで、サスペンスホラーの世界。
昔プレイしたことがあるサウンドノベルゲームを思い出しました。
似たような演出がゲームの中にあったような気がしたからです。
先に進みたいのに次の展開が怖くてコントローラーを持つ手が震えてしまうような、そんな感覚が蘇るようでした。
まさか羽生選手のアイスショーで「怖い」という感情を持つことになるなんて。
全くの予想外すぎて、この先の展開が読めずにただ固唾を飲んでスクリーンを見つめていました。
もうこの時点ですっかり物語に引き込まれてしまっていたんだと思います。
鶏と蛇と豚
リンクを縦断するように端から端まで赤いレーザーの光が走りました。
一体何事かと見守っていたら、突然鳴り響く般若心経。
これには、心底驚きました。
この「RE_PRAY」を現地で見ていて衝撃を受けたことはいくつかありましたが、ダントツでこの瞬間が一番驚きました。
あれ?私は羽生選手のアイスショーを見に来たんだよね?
なぜ般若心経??
目を白黒させていたら、現れたのは全身黒い衣装に身を包んだ羽生選手。
重厚な音楽にのせて激しいダンスが始まりました。
キレッキレのダンスに見とれていたら、あることに気づきました。
羽生選手、赤いレーザーの光からはみ出さずに演技している。
まっすぐ伸びた道のように光るレーザーの中だけで。
限られた空間の中、
閉塞感の中でもがき苦しんでいるようにも見える演技。
広いリンクをいっぱいに使って演技するプログラムに見慣れていた私は、それがとても斬新に見えました。
なんてかっこいいの!?
すごくダークで、禍々しくて、普段の羽生選手の純粋さや潔白さといったイメージとはかけ離れているのが逆にとても魅力的でした。
終盤、赤い道から脱して世にも美しいイナバウアーを披露した後、
ゆっくりとショートサイドに向かって歩いていく羽生選手。
その先にはあのちいさなステージが。
あっ!ここか!ここで演技するためのステージなのか!
それに気づいた私を含め観客たちはもう大興奮。会場中大パニックです。
リンクから階段を登ってステージに立った羽生選手は、そこで音楽に合わせて陸上ダンスを始めました。
「きゃーーーーー!」
悲鳴に近い歓声が、ショートサイド側の客席から沸き起こります。
途中からステージがせり上がっていくところで、会場の興奮は最高潮に達したと思います。
遠くから見ている私も正気ではいられませんでした笑。
私の席からは後姿しか見えなかったのが、残念でなりませんでした。
大きなモニターではアップで映っているのでそちらを見てもいいんですけど、
やっぱりその日その時の席からの眺めを大事にしたくて、
なるべく頑張ってオペラグラス無しの肉眼で羽生選手の演技を見ていました。
あんなパフォーマンスをする羽生選手、今まで見たことがない。
氷上の舞いとは一味違うエモーショナルな動き。
感情を爆発させるように床をドンドンと叩く荒々しい姿に、すっかり心を奪われました。
ショートサイド前列の観客たちが心配になりました。
あんな近距離でアレを正面から食らってしまったら、私だったら失神してしまいそう。まだ2曲目なのに!
斬新な演出で一気に会場じゅうの心を鷲掴みにした羽生選手は、また再びリンクに降り立ち、退場していきました。
なんというオーラ。
なんという存在感。
しばらく会場内のザワザワが止まりませんでした。
広いリンクをわざと区切り、赤いレーザー光線の狭い空間の中で演じることが何故あそこまで魅力的なのか?
限られた空間の中で魅せる美というものがあるんですね。
だからこそ、赤い道を外れて行われるスケーティングとイナバウアーが強烈に引き立つ。
そこに物語と連動した深い意味があるんじゃないかと思えてくる。
きっとMIKIKO先生の演出なのでしょうね。さすがお見事でした。もの凄いインパクトがありました。
でも、曲や衣装や演出でプログラムはいくらでも印象は変わるけど、やはり一番肝心なのは演者の力量じゃないかなと思います。
羽生選手はオリンピック2連覇して国民栄誉賞を授与されている。
だからある意味、日本のアスリート代表みたいなイメージを持つ人が多いんじゃないかと思います。
TVで羽生選手が特集されると、決まって彼の「神対応」がクローズアップされるし、
「SEIMEI」や「天と地と」というプログラムでは安倍晴明や上杉謙信といった日本人なら誰でも知っている人物を題材にしていたので、
清く正しく品格のあるイメージが彼にはあったと思うんですよね。
それが、この
「鶏と蛇と豚」で、
「清廉潔白な羽生結弦」を完全にぶち壊しにきた。
そう思いました。
このプログラム、どう見ても「悪」のイメージしかわきません。
(この時点では私は曲の「三毒」などといった用語を知らないので、現地で私が感じたイメージを書いています。)
今までの「善」から「悪」へ。
羽生選手は、一体どれだけの顔を持っているんだろう。
今までも演技の振り幅が凄かったけど、今回は振り切りましたね。
進化を止めずに惜しげもなく見せてくれる。
これだから、彼から目が離せないんです。
それに、こうも考えられます。
フィギュアスケートという競技の頂点に立って日の丸を何度も何度も掲げた経歴のある羽生選手だからこそ、成し遂げられる多彩な表現がそこにあるのだと私は思います。
このプログラムはダンスに目を奪われがちかもしれないけれど、やっぱり基礎となるのは羽生選手が長年培ってきたスケートの技術と表現力です。
ここで、羽生選手の有名な言葉を思い出しました。
誰もが認める正しい技術と基礎があるからこそ、今回私が感じたような善悪の概念などといった目には見えない深い表現が成り立ち、今までのイメージをぶち壊して観客の心に響く演技ができるのではないでしょうか。
アスリートでありアーティストでもある羽生選手が生んだ芸術、「鶏と蛇と豚」。
記憶はどんどん薄れていってしまうけれど、
あの初見で受けた衝撃のことは忘れたくないです。
般若心経が流れて黒い衣装に身を包んだ羽生選手を目にした時の胸の高鳴り。
それは、私の心の中に一生残るであろう作品に出会えた瞬間でした。
続きます。
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