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羽生結弦選手単独東京ドーム公演「GIFT」感想③【6分間練習~ロンカプ】

6分間練習


大型スクリーンに映し出された映像は、今度はアニメーションでした。
9歳のゆづくんから始まって、羽生選手の成長を辿るように、試合の時の姿が描かれていきます。
この表現も素敵だなと思いました。
途切れなく動くアニメが、外見や衣装が変わっていくことによって
羽生選手の成長過程を表現していると分かります。

バックに流れる「Otonal」の音楽が、何か切ない気持ちにさせます。
思い出のページをめくるように歴代のプログラムをなぞり、アニメの中の羽生選手はどんどん成長、進化していって、最後は「天と地と」の羽生選手になりました。

と、ここでスクリーンに日付が映し出されます。
「2022・2・10」

これは、北京オリンピックがあった時の日付です。

その日付の数字が進んでいって、
「2023・2・26」
となる。
まさに公演当日の日です。

不思議に思っていると、明るく照らされたリンクに、白いジャス姿の羽生選手が登場!

なんと、プロローグに続きまた6分間練習をやってくれるつもりです。

え?なんで?なんで6分間練習?と思ってスクリーンにアップで映し出された羽生選手をよく見てみると、ジャスの下に水色の衣装や首元のチョーカーが見え隠れしています。
私は「ええ!?」と思わず声を上げてしまいました。

その衣装は、「序奏とロンド・カプリチオーソ」のものでした。

この3万5千人の観客の前で、
配信やライブビューイングで生放送を見ている大勢の人たちの前で、
あのロンカプを披露しようとしている。

ロンカプといえば、やはり北京の悔しい記憶が思い起こされるプログラムです。
羽生選手史上最高のSPと言っても差し支えないくらいのプログラムなのに、北京での出来事があったお陰で「不運」というイメージが付きまといます。

しかし、北京の後日テレの24時間TVで素晴らしいノーミス演技をしていたので、もうリベンジは果たしたのかと思っていました。

でも、24時間TVは収録での放送でした。
生演技ではなかったので、もしかしたら、
「北京での雪辱を大観衆の前で果たしたい」
という思いがあったのかもしれません。

成功すれば、見ている全ての人が証人となります。

「誰にも文句を言わせない状況でノーミスしてやるぞ」
そんな羽生選手の強い闘志が伝わってくるようでした。

凄い、を通り越して、恐い、と思いました。

私だったら、絶対に恐い。

もしノーミスできなかったら?
また4Sを失敗してしまったら?

失敗した姿を大観衆の前にさらけ出してしまったら、きっと後悔する。
挑戦したことを後悔する。

プロローグでも6分間練習は緊張しましたが、あの時とは条件が違います。
プロローグは、横浜と八戸で計5回公演がありましたので、言わば5回チャレンジできたんです。
しかし今回のGIFTは、今夜一回限り。
しかも演ずるのは、因縁のロンカプです。
失敗したらどうしよう、と普通は考えるはずです。

でも、「羽生結弦」はそんな考えはしないのでしょう。
リスクを背負ってでも超えたい。
常に挑戦し続けるマインドが、ここまでの羽生選手を形作ってきたのでしょう。
やっぱり、勇気ある人です。

それに、「恐い」と思うのは結局私自身の勝手な感情でしかないんです。

失敗した羽生選手を見たくない。
悔しい顔した羽生選手を見たくない。
私の大好きな人が辛くなるのは、私も辛い。

そんな気持ちが出てくるせいで、「恐い」と思ってしまう。
結局、私が傷つきたくないだけ。自分が大事なだけなんですよね。

…ちょっと話がそれたので元に戻しますが、

とにかく「ノーミスするぞ!」という大変な意気込みをこの6分間練習に感じたので、胸の前で両手を組んでひたすらお祈りしていました。

ここで有難かったのが、声出しOKなこと。

「がんばれ!」
「羽生さんガンバ!」
「頑張れーーーーー!」

私も、私の周りの観客も、皆大声で声援を送っていました。
試合の時の6分間練習の時みたいに。

違うのは、ここは東京ドームであり、「GIFT」というアイスショーの中だということ。
現地の3万5千人と海外含めた各地の映画館、テレビ前の視聴者、
合わせたら一体どんな数になるのか分からなくなる程の人々が、
心をひとつにしていたはずです。

「成功してほしい!」
皆のただ一つの願いを、リンクの中でたった一人で受け止めて、黙々と練習や確認をする羽生選手。

新村さんの「6分間練習を終了します」という英語のアナウンスが流れると、羽生選手は登場口付近に置かれた台の上にスーッと戻っていきました。

そこに待っていたのは、プーさん。
いつでもどんな時でも羽生選手のそばで試合を見守ってきた、プーさんがちゃんと待っていました。

リンクに背を向けいつもの動作でプーさんの頭に手を置いてから、くるりと踵を返した羽生選手は、勢いよくリンク中央まで滑っていきました。


序奏とロンド・カプリチオーソ

試合前と全く同じ、胸の前で十字を切るようなルーティーンをして、羽生選手がスタート位置につきました。

ロンカプの演奏が始まります。

見ている私も緊張していました。

丁寧に滑り出す羽生選手。
徐々に盛り上がるピアノと共に演技する姿はとても素敵なはずですが、
申し訳ないけれどじっくり演技を味わう余裕はなかったです。

そしていよいよその時がやってきます。
ステップを踏みながら助走をつけ、4Sを跳ぶ態勢に入る。

皆、願っていました。
「跳べ!」
「負けないで!」

シュッと音がして、羽生選手の姿が宙に浮きました。
着氷するまでの時間が、長く感じました。

とても綺麗な弧を描いて、きっちり4回回った羽生選手。

難なく、氷の上に降り立ちました。

大歓声があがりました。

良かった。
でもまだ終わってない。まだジャンプは残っている。

とても綺麗な4Tの後につけた3Tタノジャンプの後少しだけよろけてしまったけれど、曲の世界観を壊すような失敗ジャンプではなかったです。

最後の3Aも美しく決め、ステップに入る。

ロンカプの見事なステップ。ひとつとして無駄な振りがない、全て音に合わせた羽生選手のステップを見ていると、まるで羽生選手自身から音楽が生まれているような感覚になります。

激情の中をピンと張りつめた冷たい氷の矢が突き進む。
正確無比な動きにピアノの音色が合わさる絶妙な気持ち良さ。
最後のスピンに至るまでひと時も目が離せない。
ロンカプのステップ、大好きです。

そしてフィニッシュ。
力強く拳を振り上げて、何かを掴み取る羽生選手。

再び大歓声が起こりました。

「おめでとう!」
と、大きな声で叫びました。

直接声が届けられる喜び。

ちゃんと彼に届いていたでしょうか。
観客みんなで拍手して、おめでとうを叫んで、感謝を伝えていたことを。
世界中からたった一人の人に、称賛の気持ちが集まっていたことを。

4Sが綺麗に決まって本当に良かった…。

少し目の周りを赤くして、羽生選手は笑顔でリンクを後にしました。
最後の最後小さくガッツポーズをしているように見えたので、会場が少しどよめいたというか、「可愛いなぁ」という感じの笑いが起こっていましたよ。

これで少しは、羽生選手の気持ちが軽くなったでしょうか。
私はというと、だいぶ救われた気持ちでいます。
あんな素晴らしいロンカプをほとんどノーミスで見ることができたのですから。

どれだけ緊張したでしょう。
どれだけ練習したんでしょう。
ほんの少しでもいいから、大観衆の前でロンカプを演じきれたことに
誇りを持ってほしいなと思います。


あの北京の記憶を塗り替えられた訳ではありません。
やっぱり、結果は結果として残ります。

しかし、

今回のリベンジに挑戦して演じきる姿から勇気づけられた人は多くいるのではないでしょうか。

少なくとも、私はそうです。

北京のロンカプがあって、GIFTのロンカプがあってこその
あの夜だけの感動があったのだと思うのです。

未来でこの夜のことを振り返った時に、きっと意味があったと思える演技となったのではないでしょうか。
羽生選手にとっても、私にとっても。

続きます。

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