カーテンコールを追いかけて 第3話

自販機横のベンチに座ってノートを読むうゆ。不安げにその隣に座る晴人。うゆの表情は暗い。

うゆ「……う〜ん」
晴人「お、面白くない?」
うゆ「いや!勢いがいいと思う!うん、……いいと思うな〜!」
晴人のモノローグ:面白くないんだ……。

落ち込む晴人に慌てるうゆ。手をめちくちゃに動かしながら励まそうとする。

うゆ「いやだって、一晩で書いたんでしょ!初めての作品なんでしょ!それを踏まえたら、よく書けてるって!」
晴人「そんな事情、観客には関係ないじゃん」
うゆ「いきなりプロ気取りは流石に早くない?こう言うのにはある程度お作法があるじゃん。起承転結とか序破急とか」
晴人「起承転結……はともかく、じょはきゅう……?」
うゆ「知らないの?いや、じゃあ伸び代まみれじゃ〜ん!やったー!」

うゆが驚いたように声を上げ、慌ててフォローする。肩を落として落ち込む晴人の雰囲気がより暗くなる。

うゆ「いやいやいやこう言うのは勉強すればいいんだから!思い立ったがきち日!」

慌てた様子で晴人を立たせたうゆは、晴人を引っ張って走り出す。二人で市の図書館までやってくる。
演劇関連の書物の棚の間でキョロキョロと、周りを見渡す晴人。

晴人「演劇の本も置いてるんだ」
うゆ「うん、実際の脚本も少しなら置いてるし、脚本の書き方講座みたいな本もあるよ。演出する側の演出論とか、演技する側の演技論みたいなのはこの辺」

棚を指さしながら、うゆが脚本関係の本を3冊、本棚から取り出す。

うゆ「この辺とか有名どころかな。こう言うのは自分の気に入ったやつを読み倒すのがセオリーだけど、最初は何選んだらいいかわかんないと思うからあたしのおすすめね。慣れたら自分の気に入ったやつ探すといいよ」
晴人「へぇ」
晴人のモノローグ:加藤さんが頭よく見える。実際に頭いいけど。

晴人、ぼんやりした調子で受付まで本を持っていき、本を借りる。市の広報掲示板を見ていたうゆの側に戻ってくる。

晴人「ごめんお待たせ……どうしたの」
うゆ「あぁ、ここにね、劇団のワークショップのお知らせが載ってて」

うゆが指差す先に、初心者の方大歓迎と書かれたブリアン劇団が開催する1日ワークショップのお知らせが掲載されている。

晴人「これは?」
うゆ「劇団の練習風景を、初心者の方にも味わってもらう催し物みたい。ブリアン劇団って言ったら、結構有名な劇団なんだよ。テレビでも活躍する女優さんもいるし」
晴人「そうなんだ、知らなかった。参加したいの?」

そわそわしていたうゆは、晴人の言葉に小さく跳ねた。

うゆ「え!なんで」
晴人「いや、すごく興味ありそうだったから」
うゆ「うん、まぁそうなんだけど……」
晴人「一人で参加するのが怖いとか?」
うゆ「うんまぁ、そんな感じかな……」

そわそわしていたうゆがバッと顔を上げる。真っ直ぐに視線が合って晴人は半歩後ろに下がった。

うゆ「お願いはると君!一緒にこれに参加しよ!」
晴人「無理!」
うゆ「いいじゃんいいじゃん、演技する経験は絶対絶対脚本にも役に立つ!多分!」
晴人「演技なんて無理だって。加藤さんみたいに持っている人ならまだしもこんな地味なやつが行ったら笑われる」
うゆ「何持ってるって?大丈夫、誰も笑わない!あたしがついてるじゃん、一生のお願い、なんでも言うこと1つ聞くから!」

晴人、嫌そうに首を振っている。
ワークショップ当日、会場にて、それなりの人で賑わっている。死んだ目で立つ晴人の目には寄ってきたうゆを含めて、全員輝いて見えている。

うゆ「大丈夫、はると君?いつぞやの時みたいに隈がすごい」
晴人「緊張して昨夜寝られなくて……」
うゆ「そんなに!?」

ワークショップ会場に、劇団の副団長である大橋がやってくる。にこやかに笑みを浮かべて手を叩いた。

大橋「こんにちは。今日はブリアン劇団の一日ワークショップにご参加いただきありがとうございます。本日、講師をさせていただきます大橋と言います。本日は実際に台本を使ったお芝居を通して、ブリアン劇団が大事にしていること、演劇とは、と言うものをお伝えできればと思っています」

ハキハキと喋る大橋を呆然とみる晴人。台本が配られ、大橋の指示で班分けがされる。台本を覚える時間が設けられる。
班が別になり一人になった晴人が台本を読んでいると、女子高校生の吉見が話しかけてくる。

吉見「こんにちは。緊張してます?」
晴人「え、えぇ、まぁ。こういうの初めてなので」
吉見「そうなんですか。実は私も……演技の勉強ができればと思って参加したんですけど」
晴人「そうなんですか」
吉見「学校では演劇部に入っていて。えーと……」
晴人「木之本って言います。俺は、友人の付き添いで」

晴人がうゆを指差すと、吉見が驚く。

吉見「加藤羽由さんじゃないですか!もしかして、都倉高校です?」
晴人「え、えぇ。2年生の」
吉見「先輩だ!私、1年の吉見です」

お辞儀をする吉見に慌てて晴人もお辞儀をする。

晴人「やっぱ加藤さん、目立つんだ」
吉見「えぇ、やっぱり青とピンクの髪って派手なので」
晴人「それはそうだよね」

大橋が手を打つ。

大橋「台本は覚えましたか?それでは早速やってみましょう」

男女2人ずつ、全部で4人の班でそれぞれ班を分ける。内容は、大学のサークル同期4人で、夏に旅行をするために話し合うと言うもの。登場人物は明るいA男、しっかり者のB子、引っ込み思案なC子、クールなD男。

吉見「誰がどれやりましょう。私、よければB子がいいです」

それぞれの班で練習が始まる。ハキハキとセリフを喋る吉見は、晴人から見れば演技が上手く見える。
クールなキャラを割り振られた晴人は、棒読みで演技をする。

吉見「ねぇ、D男。あんたも意見出しなよ。私達ばっかり意見出してるじゃん」
晴人「箱根って案が出ただろ。俺もそれでいい」
吉見「あんた俺もそれでいいばっかりじゃない!C子も何か言ってやんなよ」
C子役「い、いいんじゃないかな、それでいいなら……」
A男役「まぁ、箱根もいいところだもんな」

練習が進み、発表の時間になる。大橋の司会により、発表が進む。晴人も棒読みながら発表を終え、ほっと息をつく。

晴人のモノローグ:ま、まぁ笑われなかっただけよしとするか……
吉見「木之本さん、加藤さんの出番ですよ」

吉見に促され、うゆの発表を見る。うゆはC子役をやっているが、引っ込み思案な演技が他よりうまく見える。

B子役「ねぇ、D男。あんたも意見出しなよ。私達ばっかり意見出してるじゃん」
D男役「箱根って案が出ただろ。俺もそれでいい」
B子役「あんた俺もそれでいいばっかりじゃない!C子も何か言ってやんなよ」
うゆ「い、いいんじゃないかな!」

うゆがいきなり大声を上げる。ハッと我に返り恥ずかしそうに身を縮めた。
見ていた一同が、急な大声に驚く。

うゆ「それでいいなら……」
A男役「まぁ、箱根もいいところだもんな」

A男役がうゆを庇うように肩を抱いた。終了し全員から拍手をもらった後、大橋が尋ねる。

大橋「他の班とは、雰囲気が違いましたね。C子さん役が大声を上げたシーンは私も驚いてしまいました」
A男役「うちの班では彼女の発案で、この台本を密かな四角関係の恋愛の話として演じようと言う話になりまして」
晴人のモノローグ:おお、加藤さんすごいな。

うゆを指すのを見て、大橋が目を見開く。

大橋「台本に書いていた設定に新たな独自解釈を加えて演じた、と言うことですね。なかなか高度なものを見せていただきました。みなさん、もう一度拍手を」

拍手が響く中、大橋がじっとうゆをみる。眉を寄せている。
扉を開けて、俳優の田井中が顔を出す。

田井中「副団長、そろそろいいですか」
大橋「あぁ、もうそんな時間か。みんな、入ってきてくれ」

大橋の合図で俳優の田井中、女優の藤宮と合わせて4人の俳優が入ってくる。

大橋「最後に、うちの劇団の4人に今日の台本をやってもらいます。その後、うちの劇団の理念を説明しますね」

藤宮はうゆに気付き、驚き目を丸くする。が、すぐに演技に入る。
田井中がA男、藤宮がC子で演技が行われる。

晴人のモノローグ:やっぱ劇団員の人は違うな。本当にそこに本人がいるみたいだ。でも……加藤さんも、なかなか負けてないな。加藤さん?

うゆを見た晴人は、暗い表情を浮かべていることに気づく。うゆは一心に藤宮を見ている。ぎゅうと拳を握りしめている。
ワークショップ終了後、自販機で2本飲み物を買ううゆ。一本を晴人に渡す。

うゆ「一生のお願いなのに、飲み物奢るだけでいいの?欲がないな……」
晴人「いや、そんな大きなお願いもできないでしょ。ところで、さっきから元気がないような気がするけど、どうしたの」
うゆ「……」
晴人「いや、言い難いことだったらいいんだけど!」
うゆ「ううん、大した話じゃないの。あたし、女優になりたくて劇団にいたことがあるんだけど、でもすごい才能の子がいて。いろんな理由があった結果だけど、一回諦めたんだ」
晴人のモノローグ:加藤さんもさっきの参加者の中ではうまかったけど、そんな加藤さんでもそう思うほどってよっぽどだな。
うゆ「それがさっき、C子役やってた藤宮柳さん」
晴人「え!?」

ワークショップ廊下、田井中と藤宮が並んで歩いている。

田井中「さっき、加藤羽由に似た人がいなかった? 俺思わずガン見しちゃったよ」
藤宮「加藤うゆ?」
田井中「おいおい、昔はよく会ってただろ?髪だってド派手な青とピンクでさ、すっげえ目立ってたじゃん」
藤宮「さぁ。もう忘れたわ」
田井中「はぁ、忘れたねぇ。よく言うよ」

苦笑いをする田井中と、済ました顔の藤宮が歩き去っていく。

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