カーテンコールを追いかけて 第1話

木之本晴人(以下、晴人)のモノローグ:人というのは2種類いる。「持っている人」と「持っていない人」だ。

都倉高校2ーBの教室の中、先生が黒板に向かって2限目の古文の授業をしている。窓際一番後ろの席の晴人が背中を丸めて、ノートに向かっている。板書を書き写しているノートの隅に、自分の良さを認めてくれる少女の妄想セリフを書いている。
書いている内容:「私、君のことをずっと見ていたから知っているよ。君がとても優しいこと」
黒髪ロングの清楚な図書委員の見た目の少女が、恥じらいながら囁くイメージが浮かぶ。
晴人は、しばらく妄想の続きを書いている。

晴人のモノローグ:自分は持っていない側だった。勉強は中の中。運動は下の中。人から名前を間違えられるくらい影も薄い。
         世の中は不公平だ。

教員「……之本! 木之本」

呼ばれていることに気づいた晴人、慌てて立ち上がる。

晴人「はい!」
教員「真面目に授業を聞いているかと思えば! 授業中に何してる!」

眉を吊り上げた教員が黒板から晴人の方へ歩いてくる。慌てて妄想を書いたノートを閉じて隠す。
2ーBの教室の扉がいきなり開く。

加藤羽由(以下、うゆ)「遅れてすみませ〜ん」
教員「またお前か、加藤!いつも授業に遅れてきて!何だその髪は!」
青とピンクに染めた、肩より長い髪を持ってうゆが笑う。
うゆ「いいでしょ?綺麗に染まったくないですか?昨日これするのが大変で遅れちゃって」
教員「もういい!早く席に着きなさい。昼休みに職員室に来るように!」
うゆ「えぇ?了解で〜す」

一瞬いやそうな顔をしたものの項垂れながら了承したうゆが、晴人の隣の席まで来る。授業が再開している中、晴人とうゆの目が合う。笑顔を浮かべたうゆが、小さな声で晴人の方に挨拶する。

うゆ「おはよう、木下くん」
晴人「木之本です」

晴人のモノローグ:加藤羽由。彼女は持っている側だ。
         目立つ容姿。着崩した制服。色のついた爪。化粧しているとわかる派手なメイク。それでいて、勉強もそれなりにできて、運動も得意。いわゆるスクールカーストがあったら上位に入れる。

加藤羽由の順位が30位の1学期期末試験結果の校内掲示、バスケで3ポイントシュートを決めるうゆ(茶髪)の回想。チームメイトからもみくちゃにされながら3ポイントシュートを褒められて、うゆが笑顔を浮かべている。

晴人のモノローグ:彼女はどこに行っても目立つ。見た目がそもそも目立つけれど、何だか目が惹かれるのだ。かわいいからというのもあるだろうけど、何かが一般的な人とは違う。
         元モデルだとか、親が芸能人だとかそんな噂が立つくらい、何かを「持っている」。
         ーー世の中は不公平だ。

晴人が目を細める。チャイムが鳴る音で授業が終わる。
時間が経過して昼休み、教室窓際後ろの方で、晴人と友人の山田コータ(以下、コータ)が弁当を食べている。

コータ「今日、すごかったな」
晴人「何が?」
コータ「何って、加藤さんだよ。見ただろ、あの髪色。青とピンクだぞ」
晴人「あぁ……」
コータ「あんまり驚いてないな」
晴人「加藤さんなら、髪の毛を虹色に染めても驚かない。だって可愛いからって理由でブレザーじゃなくてパーカー着て学校来てるような人だし、学校指定のリボンもしてないし。普段からあれだけ派手から、しょっちゅう先生に怒鳴られているけどやめないだろ。根性が違うよ、あれは」

晴人が弁当を食べる。

晴人「……それにあの色は似合ってたから、あんまり違和感がない」
コータ「確かに。不思議だよな、あの髪の色で似合うの」
晴人「持っている人だからな」

コータは、呆れたようにため息をついた。

コータ「出たよ晴人の「持ってる持ってない」理論」
晴人「どうしたってあるだろ。俺が青とピンクに染めたらおかしいじゃん」
コータ「極端だよ、例が」
晴人「あの後だってすごかっただろ。古文の高野、めちゃめちゃ加藤さんに問題当ててたじゃん」
コータ「授業途中参加だってわかってるのにな。嫌がらせだよなぁ」
晴人「でも全部答えちゃってたじゃん。漫画くらいだろ、あんなの」

晴人の回想。ここでの登場人物の気持ちを答えよ、この空欄に当てはまる活用形は何か、次の一文を訳せ。次々に質問する教員(高野)に、すらすらと回答していくうゆ。顔を真っ赤にする教員。

コータ「でもあいつすぐ気にいらない生徒をいじめるからな。見ててスカッとしたわ」
晴人「確かに俺もスカッとした。ああいうの見てると、まさに持ってるって感じがする」
コータ「だからその「持ってる持ってない」理論って何」
晴人「才能の話。持ってない俺は努力してもつまり無駄」
コータ「無駄に卑屈〜。もうそれ才能だって才能」

昼休みの喧騒の中、うゆが教室に入ってくる。教室の廊下側前にいる、制服を着崩した女生徒の3人に近づく。
うゆ「疲れた〜先生話ちょー長いんだもん」
友人1「お疲れ。ご飯食べた?」
うゆ「食べてない。っていうか買ってない。だってお昼休み始まってから今までずっと職員室で説教だったんだもん。お腹すいたよー」
友人2「しょうがない、うちの菓子パンを分けてあげる」
うゆ「ありがとう! リナ、まじ優しい、泣きそう! ついでに古文のノートも貸してくんない?」
友人2「うちがちゃんとノート取ってると思う?」
友人1「同じく!」
友人3「私もー」
うゆ「だよね、わかってた」

うゆを含めた女生徒4人は全員、派手な見た目をしている。その中でも、うゆが輝いているように見えるほど目立っている。
晴人とコータ、顔を見合わせて苦笑する。

コータ「やっぱ目立つな加藤さん、少しはお前の言ってることもわかる。あれは才能なんだろうな」
晴人「だろ?」

その後チャイムがなり、生徒たちが自分の席に戻る。
晴人が次の授業の準備をしていると、隣に戻ったうゆに呼ばれる。

うゆ「ごめん木之本くん! 2限の古文のノート、貸してくれない!?」
晴人「え? 何で俺」
うゆ「友達に声をかけたんだけど、ノート取ってないらしくて〜。木之本くんはちゃんと授業を受けてるだろうし」
晴人「確かに取ってるけど」
うゆ「お願い!貸してくれたらジュース1本奢るから」

手を合わせて困ったようにお辞儀するうゆに、渋々頷く晴人。

晴人「いいけど……」
うゆ「本当!? ありがとう! まじ助かる!」

うゆが晴人の手を取って喜ぶ。晴人は手を繋いできたうゆに驚いて固まる。

晴人「あの、ノート出すから」
うゆ「あそっか、ごめんごめん」

うゆが晴人の手を離す。晴人は机の中から、古文のノートを取り出してうゆに渡す。

うゆ「ありがとう、まじで助かる!」

教室に、数学の教師が入ってくる。
生徒たちがざわめきながら、席に着く。

教師「授業始めるぞ、席につけー」
うゆ「ジュースさ、何にするか決めといてね」
晴人「あ、うん」

うゆ、小声で囁いて席に戻る。
晴人、うゆが握ってきた手を見詰める。

晴人のモノローグ:び、びっくりしたー。急に手を握ってくるとは思わなかった。

放課後、帰る準備をしている晴人の隣で、うゆがノートを2冊広げている。

うゆ「木之本くん、帰るんだ。バイバ〜イ」
晴人「加藤さんは帰らないんだ」
うゆ「家に持って帰ったら忘れちゃうかもしれないから。あたし忘れっぽいんだよね。だからここで写しちゃう」
晴人「そっか」
晴人のモノローグ:確かに人の名前も忘れるくらいだしな。
うゆ「また明日ね」
晴人「……また明日」

昇降口で、晴人とコータが並んでいる。コータが靴を履きながら驚いている。

コータ「え、ノートを加藤さんに貸したのか?」
晴人「あぁ、向こうが借りたいっていうから」
コータ「何でお前? 加藤さんは友達いるだろ」
晴人「俺が友達いないみたいな言い方はやめろ。友達は板書写してなかったんだってさ」

晴人とコータが校舎を出て、正門を通過する。l

コータ「でもよく加藤さんにノート貸せたな」
晴人「何でだよ。加藤さんてノート汚したりしないだろ」
コータ「いや、加藤さんに問題があるって言いたいんじゃないって! ノートとかに落書きしたりせん? 俺よくするからさ、気軽にノートとか貸せないのよ。十分に確認してからじゃないと」

コータの声に固まり青くなる晴人。古文の授業で、先生に怒られそうになってノートを閉じてから、一度も開いていないことを思い出す。

晴人「……ヤバい」
コータ「え、落書きとか?」
晴人「落書きより相当やばい奴」
コータ「落書きより!?」
晴人「ごめん、先帰ってて」
コータ「了解、最悪骨は拾ってやる」

晴人、慌てて学校へ戻る。コータ、晴人の背中に合掌する。
2ーB教室に慌てて駆け込む晴人。教室の中にはうゆしかいない。うゆは晴人のノートを広げて読んでいる。

うゆ「お、どうしたの木之本くん、忘れ物?」
晴人「忘れ物っていうか……そ、それ読んだ?」

ノートを広げるうゆに晴人がぎこちなく尋ねる。ノートと晴人を交互に見て、うゆが首をかしげる。

うゆ「読んだってなにが?」
晴人「わからないならいい! ノート一回返して」
うゆ「もしかしてしおりちゃんのこと?」
晴人「うわー!」

気づいて指摘したうゆに、晴人が顔を抱える。
ノートに書いたセリフ「私、君のことをずっと見ていたから知っているよ。君がとても優しいこと」の横に浮かぶ黒髪ロングの清楚な図書委員の見た目の少女に「しおりちゃん」という注釈が入る。

晴人のモノローグ:あの妄想100%の都合のいいしおりを見られた! あぁ最悪だ! 絶対気持ち悪がられる……。

晴人の脳内では黒髪ロングの清楚な図書委員の見た目のしおりちゃんが、晴人と目線をあわせて「君のことちゃんとわかってるよ」「いつも頑張っててすごい」「無理しないでね……」と言って端から消えていく。
そのかわりに出てきたうゆが心底軽蔑した表情を浮かべて晴人の方を見下げている。

想像のうゆ「まじできしょい。ないわー。明日から私の隣に座らないで」

ガックリと崩れ落ちる晴人に、驚いたうゆが慌てて立ち上がる。

うゆ「え、どうしたの!?具合悪くなっちゃった!?保健室行く?ってか保険室の先生呼ぼっか?」
晴人「きしょくてすみません……他の人には秘密にしてください。何でもしますので」
うゆ「どうしちゃったの、急に!!」

慌てているうゆが、ふと目を見開く。

うゆ「もしかしてしおりちゃんのこと? でも何でそんなネガティブなの」
晴人「そう。気持ち悪いでしょ。こんな、もうそ……想像の女の子に慰めてもらって」
うゆ「え、別に」

晴人、驚いて顔を上げる。不思議そうにしているうゆと目が合う。

うゆ「しおりちゃん、可愛かったよ。あたしもこんなこと言ってくれる人たらいいのになぁって思ったくらい」
晴人「え?」
うゆ「たとえば、このセリフとか」

そう言って、うゆが息を吸い、目を閉じる。ゆっくりと目を開ける。笑みを浮かべて晴人の方に身を乗り出す。

うゆ「私、君のことをずっと見ていたから知っているよ!」

晴人が目を見開く。冒頭のノートに書いていた際のイメージが浮かぶ。
しおりちゃんが、恥ずかしそうに「私、君のことをずっと見ていたから知っているよ」と囁いている。ぎゅ、とスカートの裾を掴んでいて、うゆの元気さとはかけ離れた雰囲気。

晴人のモノローグ:ぜ、全然違う……!俺が考えたしおりはもっと大人しいし、こんな人の近くにも寄れない人見知りの設定なんだ! 大きな声も出し慣れてないし、こんな動いたりしない!もっと落ち着いているし、見た目だって正反対だ!

うゆが身を起こして、目を細める。床に這いつくばっている晴人を見下ろす形になる。その表情は穏やかな微笑みを浮かべていて、先ほどの元気の良い雰囲気とは違う顔つき。逆光で少し表情が暗く見えることもあって、何かを内心に秘めている雰囲気が漂う。

うゆ「君がとても、優しいこと」

くるりとうゆが回る。青とピンクの髪が広がる。先ほどの穏やかな雰囲気は消えて、イタズラっぽい表情で、晴人に笑いかける。

うゆ「君のことちゃんとわかってるよ♪」

イメージのしおりちゃんが、うゆの横で穏やかな表情で、晴人を見つめている。その頬は赤い。その表情で「君のことちゃんとわかっているよ」と言う。

うゆがしゃがんで、晴人に目線を合わせる。膝に肘を乗せて頬杖をつくような体勢で、笑顔を浮かべる。ただその眉尻は下がっていて、思うところがある、言いたいことがあるのに言えない苦しみを浮かべた表情に見える。

うゆ「いつも頑張ってて、すごい」

イメージのしおりちゃんが、目を輝かせて、身を乗り出している。小さくガッツポーズするような同じように「いつも頑張っててすごい」と感心したように言う。

立ち上がったうゆはぱんぱんと膝を払い、2度咳払いをする。雰囲気を一新し、腰に右手を当てて仁王立ちになったうゆは左手でビシッと音がなるほどの勢いで晴人を指差した。

うゆ「無理しないでね!」

イメージのしおりちゃんが、泣き出しそうな表情を浮かべて、真っ直ぐに晴人を見ながら「無理しないでね」と言う。

晴人のモノローグ:何から何まで、本当に全然俺が考えたしおりとは全然違う。真逆と言ってもいい。
         だけど、なんでだかわからないけど、眼が離せない。輝いて見える。

輝いて見えるうゆの表情に、晴人が釘付けになる。

晴人のモノローグ:こんなの俺が考えたしおりじゃない。だけど何でこんな、眼が離せないんだ!
うゆ「えへへ、勝手にやってごめんね。イメージと違ったかな」

うゆの言葉に、晴人ははっと我に返る。うゆが照れくさそうに笑っていた。
立ち上がって、まじまじとうゆの様子を観察した。

晴人のモノローグ:……今は、どう見ても加藤さんだ。
うゆ「木之本君、もしかして、イメージ違いすぎて怒ってる? イメージが壊れちゃったりした?」
晴人「いや、そんなことは……確かに自分が書いていた時のイメージとはだいぶ違ったけど」
うゆ「あ、そうなんだ」

うゆの表情が一瞬暗くなる。がすぐににっこりとした笑みを浮かべる。

うゆ「やっぱ、素人がやってもだめだね〜、解釈違い?ってやつになっちゃうな」
晴人「いや、そんなことないよ」
うゆ「えっ?」

驚いたうゆに、晴人が口を抑える。

晴人のモノローグ:俺は一体何言ってるんだ!
         そもそも早くさっきのノートのことなんて忘れてもらった方がいいのに!
         俺なんかの感想なんて言っても、加藤さんにとってはしょうがないのに……。

口を押さえた晴人に、うゆは苦笑いを浮かべて、手を振る。

うゆ「いやいやいや!そんなそんな。お世辞なんていいよ〜木之本君、優しいね」

晴人の脳裏に、「素人がやってもダメだね〜」と言う前の、うゆの暗い表情が思い浮かぶ。
少し逡巡するが、息を詰めて歯を食いしばって決心を固めてなんとか口を開く。

晴人「確かに、この台詞を書いていたときのイメージとは違うけど、加藤さんのやってくれたのには、目が離せなかった。すごかったよ」
うゆ「え、そう?ありがと〜?」
晴人「演技がうまくてびっくりした。まるで女優みたいだ」
うゆ「……そんなことないよ、女優っていうのはもっと作者のイメージ通りにできないと」

うゆは最初、笑顔で返事をしていたが女優の話になった瞬間、笑顔が抜ける。
うゆの回想。子役として働くうゆが、監督の大人に怒られている。周りの俳優が2人に注目している。
監督「加藤さん、だから違う!言ったように演技してくれないと。もう一回」
うゆがもう一度動いて見せるのに、監督が大袈裟にため息をつく。怯えて監督を見上げるうゆ。
監督「何で理解できないの。1人演技が下手だと全体のクオリティが下がるんだよ!」
下を向いた涙を泣くのを耐えながら、頭を下げる。
うゆ「すみません、ごめんなさい」
思い返したうゆが諦めたように笑う。

うゆ「やっぱり女優っていうのは、イメージ通りに演じないとダメなんだよ」
晴人「加藤さんの、さっきのもすごくしおりっぽかったよ!」
うゆ「イメージと違ったんでしょ?」
晴人「確かに、俺が書いたときはもっと大人しいイメージだったけど、別のイメージのしおりもいて良いというか」
うゆ「いてもいい……?」
晴人「全く別の解釈だからこそ、しおりの別の面が見れて、返って良かったというか……」

落ち込んでいる様子のうゆを慰めるために言っているうちに恥ずかしくなり、晴人の声が小さくなる。

晴人のモノローグ:俺、何を言っているんだろ……。
うゆ「いても、良いんだ……」

うゆは晴人が自分の演技に見入っていた様子を思い返す。胸に当てていた手をグッと握る。
回想の中で、泣いていた幼い頃のうゆに光が入るイメージが浮かぶ。
笑顔を浮かべたうゆに対して、晴人がほっと息をつく。晴人を見返して、うゆは自分の唇を噛み締めた。

うゆのモノローグ:この人がいればあたしは、もしかしたら、もしかするとーー。
うゆ「ありがとう、木之本君。あたし、すごく勇気をもらえた。」
晴人「え。いや俺は何も」
うゆ「ねえ、もしかして木之本君は小説を書いているの?」
晴人「何急に!?」

慌てる晴人。誤魔化そうと「いや」否定しかけるが、真剣な表情のうゆに気づいて頷く。

晴人「まだ、全然だけど」
うゆ「ううん、きっとなれるよ。しおりちゃんみたいな良い子が書けるんだし」
晴人「ははは、どうも……」
うゆ「あのさ、木之本君。あたしの脚本を書いてくれないかな」
晴人「え?」

晴人がうゆを見ると、緊張して真剣な表情で晴人を見返すうゆと眼があう。 

うゆ「君の作った作品なら、きっとあたしはうまく演じることができると思う。全然イメージと違う、けど新しいキャラクターを魅せることができる。あたし、君の作品なら本当に女優になれる気がするの。演技を褒めてくれた君の作品ならきっと、これ以上ないほど演技ができる。ううん、絶対やってみせる」

うゆがそのまま、右手を差し出す。

うゆ「急なお願いだけど、あたしの作品を作って欲しいの」

出された右手を晴人が呆然と見る。

晴人のモノローグ:む、ムリだ。急に何なんだ、この人。何も知らない俺に、作品を作れってーー。小説家には憧れてるけど作品なんて一度も書き切ったことがないし、それにどうせそれは夢の話で、いきなり約束できるような自信はないんだよ。訳がわからない……。

晴人、引いた顔つきで、うゆを見る。輝いた瞳で見つめられていることに気づく。
その瞬間、ドレスや着物、制服などいろんな服と髪型のうゆが何人も現れ、喜怒哀楽の色々な表情を浮かべているイメージが晴人の中に広がる。その中の一人が、舞台で多くの人と並んで、喝采を浴びている。
晴人の瞳が、うゆの目と同じように輝く。

晴人のモノローグ:本当に、めちゃくちゃでどうしようもない、妄想だったけれどーー。
         加藤さんと眼が合った瞬間に、ありありと想像してしまったのだ。彼女が自分の作ったキャラクターを演じる姿を。
         舞台で喝采を浴びて、笑う姿を。

晴人は出されたうゆの手を握る。

晴人「俺で、よければ」

一瞬目を見開いたうゆは満面の笑顔になり、両手で晴人の手を握るとぶんぶんと大きく上下に振った。

うゆ「本当!? うそ、嬉しい〜。正直かなりムリめなお願いしたな〜って思ってたから、マジでホッとしたかも!」
晴人「え、あ」

朝と同じ雰囲気に戻ったうゆに戸惑う晴人。手を握っていることに気づいて慌てる。
晴人の戸惑いを無視して、うゆが納得した顔で頷く。

うゆ「こうやってさ、夢に向かって頑張ろ!っていうの、なんていうか、青春?って感じだよね」
晴人「え、そう?」
うゆ「うんうん、こういう時はさなんていうの、決起会?そういう、うおおお!って感じのやつが必須不可欠」
晴人「うおおおって何……」
晴人のモノローグ:やっぱり、加藤さんの感覚ってわからないし、……やっぱ今からでもやめるって言った方がいいんじゃないか?
うゆ「ってわけで早速やろう!」

うゆが繋いでいた手を引っ張って、2ーBの教室の出口へ向かう。足を縺れさせながら、晴人が着いて行く。

晴人「やるって、何を?」
うゆ「決起会!話の流れ的にそれしかないじゃん。ジュース奢ってあげるって言ったでしょ、それで結束を高め合おうぜい」

軽い調子で言ったうゆが教室の扉を開きながら、振り返る。廊下から入った夕陽越しに、笑顔を見せるうゆ。

うゆ「ね、はるお君。これからよろしくね」

晴人がうゆのその顔に見惚れている間に、廊下に出る二人。

晴人「……俺の名前、はるとです」
うゆ「ウソ!?まじごめん!」

外に設置された自動販売機前まで来たうゆが財布を開けると、そのまま固まる。

晴人「どうしたの」
うゆ「……はると君、明日返すからお金貸してくれない?」

うゆの財布の中身が46円であるのを見て、真顔になる晴人。

晴人のモノローグ:やっぱやめようかな……。

結局涙目のうゆに300円を渡して、ペットボトル2本のジュースを購入する。
自動販売機横のベンチで二人並んでジュースを飲む。

晴人のモノローグ:これが、持っている人である加藤うゆと、持っていない人である木之本晴人の最初の物語でありーー、
         のちに個性派女優として有名になる加藤うゆとその劇団の団長として脚本を担当することになる木之本晴人の最初の物語である。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?