ワグネリアンの日本ダービーの思い出

2022/1/6(木)、2018年ダービー馬のワグネリアンが急死したというニュースが飛び込んできた。
死因は多臓器不全。実は昨年末からずっと状態が悪かったのだという。報道もされていなかったので、急死のニュースで初めて体調悪化していたことを知ったファンも多かったと思う。
ダービー馬ということもあり、ファンの多い馬だったが、僕個人としてもかなり思い入れの強い馬だったので、なんとなくワグネリアンの思い出を書き連ねておく。ただの自己満足な長文なので、この先読む人は自己責任で。

僕は競馬は好きではあるけれど馬券下手で、G1レースを中心に買い、ほとんど当たることもない所謂「ライト」な競馬ファンだと自認している。
それでも20年ほど競馬を楽しんでいる中で、ちょっとしたマイルールを作っている。ルールと言っても単純で、「毎年のクラシック戦線では、野路菊ステークスを勝利した馬を追いかける」というだけだ。

野路菊ステークスは例年9月に行われる2歳のOP戦で、古くは阪神マイル、改装してからは阪神1800Mで開催されている。北海道シリーズでデビューした馬の2戦目に選ばれることも多い、名物オープン特別だ。
過去の出走馬で、後にG1馬になった馬を上げると、ダンツフレーム、メイショウサムソン、キャプテントゥーレ(3着)、ラブリーデイなどがいる一方、重賞クラスで勝ち上がることが出来ない馬もいるなど、割と玉石混淆、どちらかというと石の方が多いかもしれない、というレース。
例え勝ってもクラシックに出走しない馬も多いので、正直分の良い「推し方」ではないのだけれど、それでも毎年マイルールとして続けている。

2017年9月、そんな「推し」レースを勝ったのがワグネリアンだった。

1番人気から33.0秒の末脚で楽勝。続く東スポ杯2歳ステークスも中団から伸びて楽勝。どちらも小頭数ではあったとはいえ、重賞を含む3連勝を決めたワグネリアンは、この時点で僕の「2018年の推し」となった。賞金的には十分、怪我さえなければクラシックに出てこられる。なら出てきたレースは全部買おう。そう思いながら春のクラシック戦戦を待った。

2018年3月。復帰初戦、皐月賞の前哨戦としてワグネリアン陣営が選んだのは弥生賞だった。しかしこのレースは「同期のG1馬」1番人気ダノンプレミアムの独壇場だった。前年の朝日杯FSに続き先行して、1馬身半差の楽勝。ワグネリアンは2番人気で2着と、3勝馬として恥ずかしくないレースはしたものの、着差以上にダノンプレミアムとの差はあるように思えた。少なくとも、同じ舞台で行われる皐月賞ではダノンに勝つのは難しいのではないか……そう思っていた矢先、好事魔多し、ダノンプレミアムが挫跖による調整不足で皐月賞を回避した。
押し出されるような形で、当日1番人気に押されたワグネリアン。勿論馬券は買っていたけれど……結果は7着。多頭数が初めてということもあり、中団後方から上手く馬群を捌くことが出来ず、大外に持ち出すも伸び足を欠く、という展開で、正直馬券を買っていた僕ですら「見せ場なし」と思うくらいには負けていた。
この時点で、「あー、今年の野路菊S馬もいつもの感じかー」と思ったのは否定しない。正直ワグネリアン前の野路菊S馬で、最後にクラシックで善戦したのは2010年ウインバリアシオンにまで遡ってしまう(ラブリーデイは古馬になってから本格化したタイプ)ので、僕の中で「負け癖」のような思考が染みついていた。

とはいえ、5戦3勝2着1回、中距離適性があり、馬体に故障もない重賞馬がダービーに出走しないことなど、普通はあり得ない。ワグネリアンは当然ダービーへと駒を進めた。
1番人気は皐月賞無念の回避からリベンジに燃えるダノンプレミアム。2番人気は皐月賞馬エポカドーロ……ではなく、毎日杯から直行した「非皐月賞組」のブラストワンピース(後のグランプリホース)。エポカドーロは4番人気と、「道悪、波乱」だった皐月賞組は能力が一段低いと見積もられていたように思う。ワグネリアンは前走の負けっぷりが酷かったのもあり、5番人気だった。

当日、僕は東京競馬場の現地にいた。毎年日本ダービーは現地で観戦するのが鉄板になっていて、競馬仲間である友人らと親交を温め、勝っても負けてもダービーの結果を肴に酒を飲む、よくある「競馬オヤジ」という奴だ。
ただ、2018年ダービーは、いつもの競馬仲間たちが諸々の理由で集まれず、「これが競馬観戦初めて」という友人1人を伴っての観戦だった。パドックの場所、馬券の買い方、内馬場の案内など、初競馬場だった友人を案内しながら、レースの2時間前くらいに、観戦の「定位置」である、ゴール200m前くらいのスタンドに陣取った。
買っていた馬券はワグネリアンの単勝と、馬連総流し。正直勝てるとは思っていなかった。それでも、無事に野路菊Sからダービーまで出てきてくれたことに敬意を表したいと思い、ワグネリアンと「心中」する馬券を買った。

レースまでまだ少し時間がある中、友人とレースの展望などを話していると、隣にいた別のグループの男性が、「自分はワグネリアン狙いだ」という話をしていたことに気づいた。
そのグループでは「ワグネリアンは来ないでしょ」という意見が大半で、そんな中でも「いや、来る」と信じていた姿に共感し、思わず僕も声を掛けた。

「こっちもワグネリアン本命ですよ!」

いきなり知らない人から声を掛けられたにもかかわらず、男性は笑顔で馬券を見せてくれ、お互いワグネリアンの勝利を祈ろう、と言ってくれた。
さらに、そのやりとりを見て、僕よりもかなり若い、おそらく20台前半くらいの若い男の子が会話に加わってきた。

「えー、ワグネリアンは無理じゃないっすか。皐月賞ダメだったじゃないですかー」
「いやいや、来るって。信じてるから」
「そうそう。ワグネリアン来るよ」
「マジっすかー。ベテラン2人がそう言うならそうなんすかねー?」

僕と、ワグネリアン本命の男性はおそらく同い年くらい。所謂中年男性と言って問題ない年代だ。対して、声を掛けてきた3人目の男の子はまだ若く、口調もどこか軽く、陽キャっぽい雰囲気だった。
それでもどこか意気投合した僕らは、レースが始まるまでの少しの間、ダービーについて語り合っていた。

本馬場入場、返し馬。発走時間が近づくにつれ、ボルテージも高まっていく。G1特有の人の入り、ファンファーレに合わせた手拍子、歓声が大きくこだまする。これが日本ダービーだ、という実感。
順調にゲート入りを済ませ、15:40、レーススタート。

8枠17番という外枠を引いたワグネリアンは、好スタートから先行策を選択した。この時点で実はかなり驚いた。福永祐一という騎手は、(少なくとも)2018年の時点では、こういう「思い切った戦法」を取ることが少ない騎手だった。差し馬は差しで、先行馬は先行で。正攻法の戦法で戦うことが多く、トップジョッキーではあったものの、一発勝負の思い切りという意味では少し物足りない。そんな印象の騎手だった。(あくまで僕の中では)
前走、ワグネリアンは中団から構えて負けた。そして今回は外枠。いつも通り中団で進めようとすると、コース取りの問題で後方まで下がることになる。正直その位置で競馬をしたとして、前を行くであろうダノンプレミアム、エポカドーロに届くとは思えなかった。
しかし福永騎手は果敢に先行を選択した。道中は5、6番手。逃げるエポカドーロ、1馬身前を行くダノンプレミアムをじっと見つめる位置でレースを進める。4角を回っても脚は止まらない。逃げるのは皐月賞馬エポカドーロ。ダノンプレミアムは最内から抜け出そうとするもいつもの脚が使えない。そんな中、ワグネリアンは馬場の真ん中に持ち出し、誰にも邪魔されることなく、真っ直ぐエポカドーロを追う。
坂を上がる。200Mを過ぎる。僕たちの目の前を通り過ぎていっても、ワグネリアンの脚は止まらない。止まらないどころか前を捉える勢いで伸びる。

「来てますよ!ワグネリアン来てるっすよ!」

直前に意気投合した、若い男の子が、僕の背中をバンバン叩く。

「見てる!見てるよ!福永突き抜けろ!」

ターフビジョンから目を離さず、僕も声だけで応える。最後100M、半馬身だけエポカドーロの前に出たワグネリアンは、そのままトップでゴール板を駆け抜けた。
第85回日本ダービー馬、ワグネリアン誕生の瞬間だった。

めちゃくちゃ叫んだ。同じくワグネリアン本命の男性ともハイタッチを交わした。
「流石ベテランは違うっすね!」
若い男の子は、そう言って笑顔で祝福してくれた。

追いかけていた「推し馬」が日本ダービーを勝ったのは、メイショウサムソン以来だった。普段ならレース後すぐに帰るのに、その日はレース後の表彰も見たし、福永騎手のインタビューも全部聞いた。
浴びるほど酒を飲んだし、帰宅してから何度も何度もレースリプレイを見た。本当に嬉しかった。これからずっと、引退まで推していこう。そう決意を新たにした。

ダービー馬となったワグネリアンは、秋初戦に神戸新聞杯を選び、そこでも先行して勝利。秋になってもダービー馬強し、と思った矢先、故障で3歳を全休してしまう。
古馬となってからの成績はご存じの通り。凄く弱かったわけではないけれど、勝ちきれるほど強くもなかった。ダービー馬として恥ずべきレースをしていたとは思わないけれど、アーモンドアイ、リスグラシュー、クロノジェネシスといった強い牝馬たちや、三冠馬コントレイルなどが競馬を沸かせる中、主役となることはなかった。怪我もあり、思うようなローテーションで走ることも出来なかった。
それでも僕は馬券を買い続けていたけれど、2021年のジャパンカップでは道中2番手の先行策からまさかの最下位。ダービー馬が、同じ東京2400Mのジャパンカップで芝未勝利馬に先着を許すという事態に、いよいよ「引退」の2文字がちらついていた。

普通、ダービー馬がこの年齢まで走ることは少ない。年齢的に上積みが見込めなくなれば、ダービー馬の称号を汚す前に引退し、種牡馬入りするのが常だ。ただ、ワグネリアンの場合は血統が問題だった。父ディープインパクト、母父キングカメハメハ。金子真人オーナーの集大成のような血統は、完全に「血の袋小路」に陥っていた。今の時代、有力な繁殖牝馬にサンデーサイレンスもキングマンボも入っていないことはほぼない。種牡馬となったとしても、繁殖牝馬が集まらないのは明白で、引退させることも難しかったのだと思う。

2022年もおそらく走り続けるのだろう。今度は富士Sで少し変わり身を見せたマイル路線か。それでもダメなら引退しかないけれども、おそらく種牡馬は厳しいから、功労馬としてどこかの牧場で繋養されるのだろうか。それなら、いつかは見学に行くことも出来るかもしれない。

そんな風に思っていた矢先、ワグネリアンは亡くなってしまった。

もう二度とワグネリアンの馬券を買うことは出来なくなり、ワグネリアンが出走するたびに僕が損をすることもなくなった。余談だが、ワグネリアンの馬券での負け分は、とっくにダービーの勝ち分を超えている。

それでも、引退までもう少し、ほんの少しくらい、僕に損をさせてくれてもよかったんだけどなぁ……

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