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二次創作【アイアン・アトラス・イミテーション!】

◇ニンジャスレイヤー/アイアン・アトラス!の二次創作です◇
ニンジャセーラー服アンソロジー寄稿作品〜

『エー、つまり、当時最強のウォーロードであった武田信玄がセキバハラで戦うことになりまして……』

 ネンブツめいた歴史教諭の声が教室に響く。視界を覆うスモトリの背に隠れ、コミタは落ち着かなげに視線を彷徨わせた。俯いているのはコミタだけだ。教室の仲間は誰も彼もが背筋を伸ばし目を輝かせ、前のめりで教卓に注目している。

 ……正確には、教卓を映したロールスクリーンに注目している。教室もリサイクル学用品でそれらしく整えられてはいるが、実際レイド・チョウの外れにある廃ビルの一室に過ぎない。

 コミタは膝で拳を握った。そしておそるおそる、周囲を窺った。……左半身を重サイバネ化したモヒカンの男。セーラー服を着ている。無数の皺に目が埋もれている小柄な老人。セーラー服を着ている。むき出しの右脚だけにびっしりと刺青を彫り込んだ強気そうな娘。セーラー服を着ている。スカート丈は限界まで短くしており、コミタはごくりと唾を飲んだ。その斜め前には蛍光ピンクのLANドレッドを無理やりミツアミ・スタイルにしたサイバーゴス。セーラー服を着ている。セーラー服を着ている。姿かたちも体格もまるでバラバラの人々が、セーラー服を身につけ、女子高生として録画授業を受けているのだ。当然、コミタも……セーラー服を着ている。

『ところで、エー、武田信玄がですね、皆さんもよくご存じの兵法書において、……ハイ、一番前の人』

 スクリーン内の銀縁眼鏡の男は、きっかり二十秒間口をつぐんだ。最前列に座った緑髪のガスマスク娘と、ボンズらしき男が奥ゆかしく視線を交わして回答役を譲り合う。セーラー服のガスマスク娘が立った。「ワカリマセ『正解です! よく勉強しています。センタ試験も絶対合格重点!』「センセイ、 アリガト!」多少のずれは想定内。『座ってよろしい』「ハーイ!」ガスマスク娘は大きく両手を上げて飛び跳ね、弾むように座った。

 過酷なセンタ試験をまがりなりにも乗り越えたコミタにとって、授業内容は目新しくなかった。だが、参加者は生き生きと講義に聞き入っている。コミタは改めて己の腿をじっと見つめた。紺のプリーツスカートから腿毛もまばらな男の脚が生えている。

「クソッ。なんでこんなことに」

 映画帰りに見かけた『女子高生が大好きさ! 集会参加お待ちシテイマス……登校はコチラ→』の防水張り紙にフラフラとつられてきただけなのだ。コミタにとってのハイスクール時代は灰色であった。少なくとも、女子との交流という点においては。だが……無軌道大学生となり年上の魅力が全身から滲み出ている今のコミタなら……女子高生にもアッピールできるのでは? そう考え……辿りついた先は……女子高生愛好サークル「女子高生みんな」の定例集会所であった。

 コミタは見落としていた。全文はこうである。『女子高生になりたい貴方が女子高生! 女子高生が大好きさ! 集会参加お待ちシテイマス!』……老いも若きもサイバネもスモトリも男女もボンズも、「女子高生みんな」の会場では誰もが女子高生なのだ。ファンタスティック!

 ……かくして「女子高生みんな」の参加者は、揃いのセーラー服に身を包み、週に一度、本物の女子高生と同じように録画授業を受け、女子高生として生活する。ビル全体がハイスクールめいて丁寧にDIYされており、昇降口で受付し、マイサイズのセーラー服を受け取り、ロッカーで着替えてホーム・ルームに向かう。

「体験参加ですね! アリガトゴザイマス! ユウジョウ!」「え」「あちらでお着替えです! ドーゾ!」「え」「ドーゾ!」……次の順番を待つ列に気後れし、言われるがままに着替えてしまった。そしてここにいる。

「つらい……」

 コミタの嘆きを打ち消すように、鐘が鳴り響いた。録音品質が悪く、音割れしていた。


【アイアン・アトラス・イミテーション!】


 抜き打ちテストの授業(コミタには見覚えのある問題ばかりであった)が終わり、終業の鐘が鳴った。薄汚れた窓に茜が射している。ガラスに己の姿が映りこんでいることに気づき、コミタは急いで席を立った。すべて忘れよう。部屋に帰ったらカップソバを啜って寝よう。もう二度と……「あの」「エッ」「……テスト、難しかったですね」

 後ろの席に座っていたのは、アンニュイな黒髪女性だった。唇がぽってりと厚く、目元に二つのほくろがある。コミタより年上に見えた。その胸は豊満であった。

「こんな年で女子高生。おかしいですか?」「に、似合ってると思います」「アリガト」微笑。目じりの皺でほくろが歪んだ。「ハイスクール、憧れだったんだ。毎週の楽しみなの」コミタは何も言えなかった。灰色の生活。過酷なセンタ試験……

「私、シュミナです。あなた来週も来るよね?」「あ……。ドーモ、コミタです。申し訳ないんですけど、僕はもう……」コミタは消え入りそうな声で言った。「コミタ=サン。コミタ=サン。覚えました」シュミナはアンニュイな口元を綻ばせた。嬉しそうだった。「『じゃあね、また明日、学校でね』! ふふ。本当は来週だけど!」彼女は手を振り、スカートを翻し教室を出ていった。


◆◆◆


『エー、つまり、われわれの記憶にも新しいアケチの禍、江戸時代にもですね、同様の災禍が……』

 ネンブツめいた歴史教諭の声が教室に響く。視界を覆う重サイバネアームの後ろで身を縮め、コミタは落ち着かなげに視線を彷徨わせた。斜め後方……アンニュイな黒髪、セーラー・リボンを押し上げる豊満な胸部……気怠げにスクリーンを見つめていたシュミナは視線に気づき、瞬いた。唇が声を出さずに形を変える。(コミタ=サン。授業中デスヨ)悪戯っぽく指を一本立て片目を瞑る。コミタはどぎまぎしながら録画授業に向き直った。

 違う。僕は女子高生になりたいわけじゃない。そんなわけがないじゃないか。風通しのいい左右の膝を擦りあわせ、コミタは奥歯を噛み締めた。

 レポートの提出期限が近いといっているのに、アイアンアトラスがしつこくテクノポールダンス・バーへ誘うから、断る口実にちょうどよかっただけで……年上のアンニュイな豊満を知的に慰め……女子と親密なハイスクール生活を……違う。寂しそうだった彼女の笑顔が気になっただけだ。それだけなのだ。

 だが、結局レポートの提出日が近いことに変わりはない。そしてコミタはこんな場所で、ジャストサイズのセーラー服を着ている。何も解決していない。……虚ろにロールスクリーン授業を見つめ、ハハ、と乾いた笑い声を上げた。セーラー服にパーカーを羽織った(おそらくフーディギャングである)隣の男がコミタを一瞥した。

『エー、残り時間も少なくなりましたので、最後に、エー、先週の抜き打ちテストの結果を発表します。赤点は居残りです』

 ザワザワザワ! 教室がざわめいた。「絶対赤点」「居残りダッテ!」「シンジラレナーイ!」あまりのハイスクールらしさに精神の高揚を抑えきれない人々が囁きかわす。

『マミエル=サン。12点。赤点です。居残りです。ファウンタン=サン。8点。あなたも居残りです。……コミタ=サン。97点。最高得点です』

 ザワザワザワ! 教室がざわめいた。「97点? マ?」「コミタって誰」「ア……ア」コミタは震えた。流されるままに何も考えず回答した結果だ。消えてしまいたい。ザワザワザワ! ……囁きが静まるまでの実時間と、教師が前もって計算した沈黙時間には、五秒ほどのずれがあった。否が応でも集まる注目と静寂! 地獄だ!

『……クメリ=サン。24点。赤点です。居残りです。シュミナ=サン。……0点です。嘆かわしい。あとで生徒指導室へ来るように』

 ザワザワザワ! 教室がざわめいた。「生徒指導室!」「退廃……」「シンジラレナーイ!」コミタは思わず振り返った。シュミナは羞恥に俯き、両手で口元を覆っていた。


◆◆◆


 コツ、コツ、コツ。ザワザワザワ! コツ、コツ、コツ。……ザワザワ……喧騒が遠ざかる。居残り授業を待つ面々を置いて、コミタは早々に教室を出た。昇降口には向かわず、柱に隠れながら上階への階段をスパイめいて静かに上る。踊り場の足元には埃だまりと薄汚れた窓があり、レイド・チョウの裏路地が見下ろせた。ピンクとレモン色のネオン光。清潔なハイスクールとは程遠い。

 階段を上りきるとコミタは壁に背をつけて深呼吸した。そろそろと鼻先を突き出して廊下の奥を窺う。シュミナは引き戸の前で立ち止まり、周囲を見回していた。決意したように、そっと引き戸の中へ身を滑らせる。やや遅れて、ゴリゴリ、ガトン。と建付けの悪い引き戸が閉まる音。

 上方に、『生徒指導室』と書かれた木札が飛び出している。コミタは注意深く廊下の奥へ近づいた。

「シュミナ=サン……生徒指導室だなんて……」ハイスクール時代、IRCに夢中になりすぎて寝坊、遅刻した記憶がよみがえる。生徒指導室の金メッキトロフィー……「遅刻ッコラー!」「アイエエ! すみません! すみません!」「これで何度目ッラー!」 バシーン! バシーン! 涙にかすむ金メッキトロフィー、竹刀で尻をぶたれる痛み……生徒指導教諭の怒声……昔日の恐怖に、コミタは震えあがった。

 膝立ちで扉に耳をつけ、様子を窺う。スラックス越しではない、むき出しの膝小僧が石床に触れ、体温を奪う。これは盗み聞きじゃない。人助けだ。コミタは己に言い聞かせる。シュミナが危ない目に遭わないよう、何かあれば助けに飛びこんで彼女を護るのだ。

 ロールスクリーン授業を担当していた銀縁眼鏡教諭の声がする。肉声だ。(……わかっていますね。シュミナ=サン)(……はい……)(0点はまずいですよ。0点とはすなわち……生徒指導の対象……)(わかっています……どうか……)シュミナの声はか細く、従順だった。コミタの心臓が暴れ出した。これはよもや……伝説の、赤点見逃し退廃前後ではないのか?

 まさかシュミナ=サンが自ら? そんな、そんな馬鹿な。(ダメです。イケない生徒にはお仕置きが必要ですよ)(そんな、センセイ、やめて……! ンアーッ!)ビリビリビリ! ガタガタッ! (やめてください! ンアーッ!)(ダマラッシェー!)ビリビリビリビリ! ガタガタガタッ!

「シュ、シュミナ=サン!」コミタは思わず教室に飛びこんでいた。「ダイジョブですか!?」

 だが彼はその場の光景を把握する前に勢いよく何かを踏み、派手に尻もちをついた。「アイエエエ!」「エッ? コミタ=サン?」シュミナの叫びが届き、コミタは恐る恐る目を開けて、上履きで踏みつけていたものの正体を確認した。赤いセーラー・リボンだ。

 顔を上げる。リボンをはぎ取られ、胸元もあらわなシュミナが床に横たわったまま、教師役に組み敷かれ、頬を紅潮させ、憂いがちにコミタを見つめている。彼女にのしかかる銀縁眼鏡の男教師役の表情は見えない。コミタは震えた。やはり、彼女は自ら! 退廃前後を目的に0点を……!

「ふふ。心配して来てくれたんですか?」

 シュミナは微笑んだ。コミタの心は一瞬、高揚したが、教師役の冷たい声に僅かな期待はすぐにしぼんだ。

「君はアレかね? その……彼女のオトモダチ役かね? 劣等生の身代わりに優等生がケナゲに身を捧げるという……そのような心意気で、ここに?」

「エッ」

「コミタ=サン。そうなんですか?」

 シュミナが声を弾ませる。

「エッ、いや、あの、僕は」

 シュミナの期待に満ちた声が、コミタの胸を貫く。露わな谷間から目が逸らせない。コミタはただ……年上のアンニュイな豊満を知的に慰め……女子と親密なハイスクール生活を……幻想だ。彼女の生徒指導室退廃前後と変わらぬ、都合の良い幻想……!

「僕は……ただ……ウウッ……!」

 コミタはすすり泣いた。向き合わねばならない現実が精神許容量を超えたのだ。

「僕、僕……。……早退します……ごめんなさい……」

「そう……。じゃ、コミタ=サン。『また明日、学校でね』。心配、アリガト!」

 シュミナは床に組み敷かれたままの姿勢で微笑い、手を振った。

「おやおや。儚いユウジョウ・リアリティ。見なかった振りをして友人を見捨てる優等生のオトモダチ役かね? 君はそういう心意気で、ここに?」

 教師役の醒めた問いを背に、コミタは引き戸をぴしゃりと閉めた。眼鏡を外し、手の甲で涙をぬぐう。

 居残り授業の音声がドア越しに聞こえる。教室に戻る気にもなれず、コミタはトボトボと「女子高生みんな」の昇降口から下校の手続きを終え、裏通りに出た。着替えるのを忘れたが、受付係は咎めなかった(制服下校をしたい者は着替えなくてもよいのだ)。ピンク色とレモン色のネオンが水たまりに揺らめいている。コミタは足下に目を落とし、歪んで映る己の姿を見つめた。

「アレーッ!? これは札束?」「アイエエエエ!?」「女子高生から札束ジャン! ブッダ伝説ジャン!」「アイエエエエ!」

 油断していたコミタは不意に襟首をつかまれ、首にナイフを突きつけられた。配管に後頭部をぶつけ、視界に火花が散る。

 二人組のカツアゲマンだ。ナイフを突きつけるモヒカン男と、スカートをめくりあげるドレッドヘアーの男。サイバーサングラスの奥で凶悪な笑みが深くなる。

「オモシロいカッコの兄ちゃん、ちょっとオレらに札束グワーッ!」ドレッドヘアーが吹き飛んだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」続いてモヒカン男が跳ね飛ばされ、配管に頭をぶつけて墜落した。

「ギャッハッハッハ! ボーナスゲット!」

 配管パイプに靴が挟まり宙づりになったモヒカン・カツアゲマンの懐を探り、乱入者が立ちあがった。七フィート超の巨躯。コミタは目を見開いた。

「ア、アイアンアトラス=サン!?」

「おう! UNIXマン! 奇遇だな! ピコピコ終わったのか? ……ん?」

 アイアンアトラスは財布から目を上げ、コミタを上から下まで見た。そして天を仰いで手を打ち鳴らした。

「何だお前、ギャハハッ、そのカッコ、ウケるな!」

「うるさいな! 好きでこんなカッコしてるわけじゃないよ!」

 コミタは羞恥し、地団太を踏んだ。

「じゃあナンデ着ちゃってンだよ! 何だ? さっきの奴らに着せられちゃったのか? ったくしょうがねェUNIXマンだな!」

「そ、それは……違うけど」

 初回体験ではレンタルだったが、二回目以降はマイサイズのセーラー服を購入する決まりだった。だからコミタは入ったばかりのバイト代のほぼすべてをつぎ込んで、このマイサイズ・セーラー服を購入し……そして……生徒指導室で……。

 やるせない鬱屈が渦まき、コミタはセーラー・リボンを抜き取って決断的に頭に巻いた。アイアンアトラスは再び爆笑した。

「ギャッハッハッハ!」

「行こう! エート、テクノダンス……何だっけ?」

「アッハッハッハ! プッ……お前、意味わっかンねーなァ! オウ、行こうぜ! テクノ……何だっけ? 俺も忘れっちまったけどよォ、とりあえず飲もうや! つうかUNIXマンお前、そのカッコで行くのかよ? いいのかァ、着替えんでもよォ……」

「い、いいよもう! いいんだ僕は!」

 コミタはアイアンアトラスの背を押すようにして、表通りへと足を向けた。二人はレモン色の水たまりを跳ね散らかし、煌びやかな喧騒へと消えていった。



【アイアン・アトラス・イミテーション!】終わり

楽しいことに使ったり楽しいお話を読んだり書いたり、作業のおともの飲食代にしたり、おすすめ作品を鑑賞するのに使わせていただきます。