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【ハイスクール・ニンジャウォーズ】♯4

◆◇『ニンジャスレイヤーAoM』の学パロ二次創作です◇◆
〜WEBオンリー「ニンジャオン2」無料頒布コピー誌再録〜
〈有料部分はM-Filesのみです〉

前回のエピソードはこちら
(♯2と♯3は存在しません)

第4忍「ニンジャがいっぱいで眠れない!」


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(Aパートあらすじ)
行方不明の幼なじみを捜すため、AoM学園に入学したマスラダ・カイ。学園七不思議「黒いトリイのサツガイさん」を追う中で、マスラダは人ならざる超人……「ニンジャ」の力に目覚めるのだった。
ある日、マスラダは覆面ライダーに攫われそうになっていた少女を助けようとして、大怪我を負ってしまう。ゾーイと名乗った小学生は、偶然にもAoM学園の養護教諭・片居木先生の一人娘であった。親身に怪我を治療してくれた片居木に、マスラダは初めてアユミのことを打ち明けるのだった……。
だがそのとき、コトブキが保健室に駆けこんできた。PC部のタキが調査中、謎の電子ドラッグにより昏睡状態に陥ってしまったのだ!


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▷Bパート

 北校舎のどん詰まり、PC部の部室! 薄汚れたマットレスに横たわるタキは涎を垂らして痙攣している……!「まずい状態だ。これは電子ドラッグじゃない。ニンジャの攻撃を受けたな」片居木は埃だらけの床に膝をつき、眉間に皺を寄せた。タキの瞼を開き、脈をとる。

「何だと」マスラダはタキの肩を掴み、強く揺すった。「タキ。起きろ」反応はない。首ががくりと反り、口の端から毛蟹めいて泡が溢れた。「無駄だ。ニンジャを倒すしかない」マスラダは片居木を見た。片居木は頷いた。「今から俺がコイツの夢に『潜る』。俺は、そういうことができる」

「……それは」マスラダのパーカー紐が風に揺れた。窓は閉まっていたはずだ。(((マスラダ! 警戒せよ。儂はオヌシのことを案じればこそ忠告しておるのだ……見よ、奴の……)))「アンタがニンジャだからか」

 今や片居木の白衣は超自然の海風に翻り、残月の如く冷ややかに輝いている。燻んだ銀色が布地の裾から徐々に広がり、襟を、頭巾を、はたはたと波打たせた。「ああ、そうだ。……お前と同じでな」口の端を歪めた笑みはもはや教師のそれではない。額当てに覆われた面を上げ、銀装束のニンジャはアイサツした。「ドーモ。シルバーキーだ」

「……ドーモ。ニンジャスレイヤーです」マスラダ・カイのパーカーもまた、赤い繊維が崩れ解けたかと思うと、次の瞬間には燃える赤黒装束と化していた。黒炎の舌が舐め尽くすように剥き出しの首回りを一回りするとマフラーめいた布が生成され、顔の下半分を「忍」「殺」の面頬が覆う。

 熱に炙られ、タキの毛穴から汗が噴き出した。マスラダはタキの額を掌で覆い、再びシルバーキーを見た。頭巾の縁から覗くのは変わらぬ眼差し。倒れた生徒を案じる養護教諭の姿。目の前の男は、尋常ならぬアトモスフィアのニンジャである。だが。(((マスラダ!)))(黙れ。充分だ)

「『潜る』と言ったな。おれにもできるのか」「どうだかな。適性はあると思うが……今は手ほどきをしてやる余裕がない。連れていってやることはできるが、危険だぞ」「やり方さえ教えてくれればいい。おれが行く。おれの戦いだ」片居木は目を瞠り、苦笑した。

「……いや。俺は教師だからな。生徒を危ない目に合わせるわけにはいかねぇよ。引率が必要だろ」マスラダもそれ以上言い募ることはしなかった。シルバーキーに倣ってアグラし、呼吸を深める。シルバーキーは、ニンジャスレイヤーの鉤手の上に己の手を重ね、タキの額を覆った。反対の人差し指を己のこめかみに押し当て、瞳を閉じる。「集中しろ。……振り落とされるなよ」「わかっている」


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 01101010011星空! 違う! 覚醒すると同時にニンジャスレイヤーは無数のIP情報が乱舞する電子宇宙の混沌を銀の光に導かれ、猛スピードで飛翔していた。上下左右の道標が目まぐるしく入れ替わり、天に向けて真っ逆さまに落下する。

「離れるな!」シルバーキーがニンジャスレイヤーの手を取った。天地が回転し、銀の矢は加速する。星が背後へと猛スピードで流れていく。情報の渦に目が眩み、瞼の裏にノイズが散った。波濤めいて押し寄せる電子波を乗りこなす。腕を引く手が不意に力を増す。シルバーキーの口角が上がった。

「……見つけた。行くぞ!」跳ねかかる01の飛沫をまともに受け、赤黒い輪郭からチリが舞う。ニンジャスレイヤーは自由な片腕で防御、歯を食いしばって押し寄せる奔流に堪えた。「イイイヤアアアーッ!」シルバーキーのシャウト! 嵐の如き奔流に、ノーブレーキで飛び込む――!


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 明り窓から、青いネオン光が降る。暗いロッカールーム。制汗剤の残り香に鼻がひくつく。隅にはモザイクタイル。モザイク。違う。不完全な綻びがある。何の綻びだ? 彼はかすかな引っ掛かりを手繰り寄せようと、目を細め――

『ねェ……』

 裏舞台から強引に視線を逸らすように、長い爪がぐいと頬に食いこんだ。……首を強制的に別方向に向けられ、瞬きした先には渦巻く瞳があった。

 かすかな水音がロッカーに反響する。粘つく唾液を引いて離れるのは艶めいた唇。柔らかな黒の巻毛が緩んだネクタイの隙間からタキの胸元をくすぐった。膝にのしかかる、むっちりとした尻の重みにだらしなく腰が震える。素直な反応に女はくすくすと笑った。首に腕を絡めたまま、ホットなチアガール・ユニフォーム姿で、豊満な胸を押しつける。「アンタは……」

『あン……』「あ、ああ。そうだな。……オレはアンタを知ってるぜ。確か、咲湯葉……何だっけ……アレ……?」『フフ。意地悪しないで…』ムーディーなバックミュージックが流れ始めた。安っぽい電子音楽だが、性的な興奮を高めてくれる。はちきれそうなPVCユニフォームにより、新任女教師の豊満な肉づきが強調されている。

 部屋全体の解像度が下がり、時間の流れが鈍化した。再びロッカールームの背景。上半身を斜めに捻った構図の新任女教師(チアリーダーの姿)。半透明のメッセージウインドウが出現。

『どうかしら……まだまだイケるでしょ。先生も』

「エ……、」

『ねえ、どう思う?この格好……』

 視界の透明度が再び変化。
 三つの細長いメッセージウインドウとカーソルが出現。三択である。

 『いつもの先生が一番だ』
 『マジ、似合ってるぜ……ムラムラしてきた』
▶︎『体育着に着替えてほしいンだ。ゼッケン付きで』

 タキは電子的に三つ目のセリフを選択した。口が自動的に動く。
「体育着に着替えてほしいンだ。ゼッケン付きで」

 女は唇の端を吊り上げ、首に絡めた腕を解いた。シャツの胸元に紫の爪が這う。

『アーララ……欲張りな生徒、好きよ。若さっていいわね』

「へ、へへ。オレの好みはうるさいぜ。袖口はゴムで締まってるのがいい。柄は横に白い二本線だ」

『ゾクゾクしちゃう! 好奇心旺盛で先生、嬉しいわ』

 一呼吸のうちに、女は「さきゆばす」と白いゼッケンを胸元に縫いつけた体育着姿に変わっていた。豊満な肉体を納めるにはサイズがあからさまに小さすぎる。襟元のゴムが伸びきって、細いうなじにきつく食いこんでいる。

 再び三つの細長いメッセージウインドウが出現。三択である。

 『実は……オレ、先生のことが……』
 『やっぱりチアリーダー姿に戻してくれ』
▶︎『体育着は……上だけ脱いでほしいンだ。下はそのままだ』

 タキは電子的に三つ目のセリフを選択した。口が自動的に動く。 
「体育着は…上だけ脱いでほしいンだ。下はそのままだ」

『アッハハハハ! いいわよ。でも、ね……アナタも脱いでくれなきゃ、嫌』

「オ、オレも?」

『そうよ。不公平だもの。全部脱いで。何もかも見せて。丸裸にしてあげる』

 再び三つのメッセージウインドウが出現。三択である。

▶︎『わかった。全部見せるよ。オレの名はタキ。IPアドレスは××××』
 『わかった。全部見せるよ。オレの名はタキ。IPアドレスは××××』
 『わかった。全部見せるよ。オレの名はタキ。IPアドレスは××××』

「エッ……? エ、ア、……」タキはぱちぱちと目を開き、閉じ、開いた。

それ以外のコマンドはすべて却下された。

『選んで。選びなさい』

「待て、オイ、なん」

『先生の言うことを聞きなさい。選びなさい

 キャンセル不可。リセット不可。バックログ参照コマンド不可! 強制再起動不可! 再び首に絡みついた腕はひとたび巻きつくや絞め殺すまで決して離れぬ大蛇の如し。タキをがっちりと捕えている。こねるような動きで腰が擦りつけられる。選択肢の文字は怪談めいて蠢きながらおどおどろしいフォントへと変わり背景の彩度は反転、メッセージウインドウは黒字に抜けるような青背景へと変化した。選択肢が毒クラゲめいて忙しく青く明滅し、タキに選択を脅し急かす!

▶︎『わかった。全部見せるよ。オレの名はタキ。IPアドレスは××××』
 『わかった。全部見せるよ。オレの名はタキ。IPアドレスは××××』
 『わかった。全部見せるよ。オレの名はタキ。IPアドレスは××××』

 タキは必死にもがく! だが離れない! 体操着の豊満は潰れるほど密着!

『簡単よ。どれを選んでも同じだもの。もう逃げられない』

「ヤメ……ヤメロ。選びたくない。オレは……オレは違う! 離せ! ヤメローッ! AAAAAAARGH!」

『選ぶんだよクソが。お前のようなカス野郎……何?』

 女は眉をひそめた。何かがおかしい。三番目のメッセージウインドウの輪郭がブレている。ジ、ジ。ジジ、ジ。画面が揺らぐ。解像度が下がる。モザイク状の背景。

 明り窓から降る光の色は青ではない。朧な月光。虚構の電子世界を淡く照らしている。

▶︎『わかった。全部見せるよ。オレの名はタキ。IPアドレスは××××』
 『わかった。全部見せるよ。オレの名はタキ。IPアドレスは××××』
 『わかった。全部見10よ。オ101の/Was011スoi』

 崩壊は加速した。先ほどタキが目を凝らそうとした奥のロッカー、モザイクの周囲に異常あり。最奥のロッカーから、熱した鉄の如き赤色が細く漏れている。(イヤーッ!)爛々と燃える鉄箱は次第に扉のふちから煮え、溶け、歪み、軋みはじめた。(イヤーッ!)(イヤーッ!)その間にも手前に映るメッセージ窓の異変は続いている。青背景が揺らぎ、闇に滲むように融けた……直後。

 三番目の選択肢が――変わった! 三番目のウインドウが、鮮やかな黒字/赤背景に切り替わったのである! タキの目が見開かれた。

 『わかった。全部見せるよ。オレの名はタキ。IPアドレスは××××』
 『わかった。全部見せるよ。オレの名はタキ。IPアドレスは××××』
▶︎『Wasshoi!』

「……ッ!」拘束者の0コンマ1秒の動揺をタキは見逃さなかった。即座にタイピング復帰し電子的に三つめの赤いセリフを選択、コマンドを実行する!

▶︎「『Wasshoi!』

「何!? ……グワーッ!」
 ロッカーの鉄扉が激しく歪み、撓み、……燃えながら弾け飛んだ! 真っ直ぐに飛びきたった鉄板はタキの上からニンジャを弾き飛ばし、選ばれなかった残り二つのメッセージウインドウを破砕し、熱融解するガラス片を撒き散らしながら奥の壁に猛スピードで衝突した! 南無三! 壁と鉄扉に挟まれ女教師ニンジャは鉄板焼圧殺死か!?

 ……奥の壁は薄氷めいてひび割れ、無音で砕け落ちた。女教師の死体は……ない。足元を照らすのは黄金の輝き。ロッカールームの風景は儚く消え失せ、降り注ぐガラス片となる。虚飾を包んでいた世界が露わになる。緑格子の巨大な空間だ。格子奥から決断的足音。赤黒い眼光が闇より出、「忍」「殺」の炎が面頬を駆ける。燃えるマフラー布が翻った。「……ドーモ。ニンジャスレイヤーです」

 中央で待ち受けるのは、緑格子の部屋の主……紺の水着を纏った平坦な短髪少女。胸には「さきゆばすぅ」の防水ゼッケン。眼光は渦巻き、瞬きごとに水着の濡れ透け具合が変化する。彼女は準備体操の真似事めいて手首をぷらぷらと振り、口元を不敵に歪めた。「ドーモ。咲湯葉崇です。これはこれは。白昼堂々のスパイ行為とは恐れ入った。さては貴様、AoM学園裏生徒会の手の者か」

「……生徒会? 知らんな。だがこいつは返してもらう」ニンジャスレイヤーは気を失っている床のタキを一瞥し、カラテを構えた。鼈甲眼鏡に白衣姿の化学教師が嗜虐に目を細めた。両者の距離はタタミ八枚分。じりじりと間合いを詰め、初手を繰り出すタイミングを窺う……。

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーが動いた! 赤黒の眼光を閃かせ、咲湯葉めがけてスリケンを連続投擲する! 防御に生じた隙を狙い、飛び蹴りを……だが……何かがおかしい。何だ? 蹴りの予備動作に至り、ニンジャスレイヤーは訝しんだ。スリケンの生成が思うようにできていない。足場が沈んで踏み込みがきかない。さながら水中で戦っているかのような……「イヤーッ!」「グワーッ!」

 死角より巨大な電子平手が襲来し、先ほどの鉄板圧殺の礼とばかりにニンジャスレイヤーを猛烈に殴り飛ばした! ニンジャスレイヤーは弾き飛ばされ、バウンドしながら緑格子の床に焦げ跡を残しさらに跳ね、転がった。「アハハハハハ! さあもう一本!」電子野球ボールがスリケン連続投擲の如く頭上からニンジャスレイヤーめがけて降り注ぐ!

 ニンジャスレイヤーは転がりながら辛うじて避けた。しかし徐々に一定方向へと追い込まれていく。彼は気づき、回避を断念し、ボールを打ち返すことに専念した。これ以上避ければ野球ボールがタキに……! だが、思うように体が……動かない!「グワーッ!」

「アハハハハ! アッハハハハハハ!」咲湯葉は金属バットを構え、野球帽の鍔に指をかけて高らかに笑った。ポニーテールの毛先が踊り、突き出した膨らみが揺れる。「そんな体たらくでよくも我々に抗争などしかけられたものだ! さあ、情報を吐き出せ! 千本ノックだ!」

「悪いがそこまでだ。いくら部活動でも、行き過ぎた指導は見逃せないな」

「グワーッ!?」野球帽が黄金立方体に照らされながら、宙を舞った。こめかみに鮮やかな回転蹴りを食らった咲湯葉はキリモミ回転し、グリッド壁に激突している己を発見した。遅れてやってきたのは、痛み、驚愕。せり上がる嘔吐感。困惑。肩に手をかけられるまで気配を感じなかった。海底の砂に潜り音もなく忍び寄る深海生物めいた不気味さに背筋を泡立て、血を吐きながら、咲湯葉は闖入者を睨め上げた。

「ドーモ……咲湯葉崇です。何者だ」「ドーモ、シルバーキーです。ただの教師だよ。こいつらを守るためにいるんでな。子ども相手に大人げなくてすまないが、全力でいかせてもらうぜ」咲湯葉は歯噛みする。なんたる迂闊。赤黒のニンジャは明らかに夢領域での戦闘に不慣れであった。つまり真の強敵はまやかしを見破り不意打ちを可能にした、同行者たる銀装束のこの男……!

 だが体勢を整える間もなく、目の前にシルバーキーの靴裏が迫っている!「イヤーッ!」「グワーッ!」再び蹴り飛ばされた咲湯葉は陸上部ランニング姿で白鉢巻きをなびかせ、衝突前に反動を利用して格子壁を蹴った。壁から壁へ、さらに天井へと高速トライアングルリープし、超高度からの踵落としを……シルバーキーが速い!

 足首を鋭いチョップで跳ね除けられ、目にも止まらぬ反撃が、咲湯葉のコマンド入力を遥かに上回る速度で矢継ぎ早に繰り出される!「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「グワーッ! ……チィッ!」己の領域にもかかわらず圧倒されている。一朝一夕には埋めがたい絶対的な戦闘経験の差……!

 ここは撤退し立て直すが吉。咲湯葉は相手との戦力差を冷静に分析し、状況判断した。シルバーキーのチョップに蹴りを合わせ、反動を利用して天高く飛び上がる。「覚えたぞ、貴様ら!」咲湯葉は01ノイズを散らしながら天井のグリッドを通り抜け、……消えた。

「……逃した。クソッ!」ニンジャスレイヤーは天井を睨みながら、痛む上半身を起こした。「放っておけ。それよりコイツだ! このままじゃずっと目覚めなくなっちまうぞ」倒れているタキを見つけ、シルバーキーが叫んだ。

 ニンジャスレイヤーは目を大きく見開いた。背を抱き起こすと抜け殻のように軽い。「まだ手はある。……助かるさ。先生に任せろ」シルバーキーが力づけるように言った。「悪夢から醒めたはずなのになかなか現実で目が覚めないこと、あるだろ? 今のタキはそういう状態だ。こっちと、あっちの、こう……間にいる」

 ニンジャスレイヤーは手振りによる説明に頷く。「どうする」「物理世界で起こす」


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「!」

 半地下の部室前、階段に腰かけていたゾーイが目を見開いた。「うん。……うん、わかった。入っていい?」「どうしました?」ゾーイは半地下への階段手すりに手をかけて一段下りると、コトブキを振り仰いだ。「中にいる人……部長さん? を起こしてって。父さんが」「父さん……片居木先生ですね? えっ、でも、彼は今……」コトブキは目を白黒させながらゾーイに続いて部室へと滑りこんだ。

 UNIXがシャットダウンされた室内は常よりさらに薄暗かった。奥にはマットレスが敷いてあり、両脇に片居木とマスラダが目を瞑って胡坐していた。その間に横たわるタキ。汗まみれでひどくうなされている。ゾーイは傍に跪き、躊躇なくタキのこけた頬を右、左と平手で張った。「アバ、アバッ……!」もう一度。

「アバッ……ハッ! な、何だ?」タキは青い目をカッと見開き、跳ね起きた。「タキさん!」コトブキが喜びの声をあげた。「おはようございます! 心配したんですよ。よかった……」「ゲホッ、ゲホッ……クソッ、わけわからねェ夢を見てたような……」タキは頭を左にめぐらせてコトブキを見、ついで目の前で小さな手を掲げたままのゾーイを見た。「何だこのガキは」

「俺の娘だ」ゾーイの頭越しに身を起こした白衣の男が、満足げに娘を撫でた。「よくやった」「やめてよ」ゾーイは顔を顰めて首を振った。片居木は苦笑した。「気分はどうだ? 目覚めない可能性もあったんだぞ」

「アンタ、保健室の……そうだ」タキは慌ただしく視線を動かし、同じく身を起こしたマスラダを見つけて叫んだ。「おま……お前大丈夫なのかよ! 怪我したって……」マスラダは憮然としてタキを睨んだ。「問題ない。治った」

「ンなわけが……いやまあいい。オレが言いたいのは……そうだ、サツガイだ」「何だと」「お前をやった覆面ヤローを調べてたんだ、奴とその仲間……アイツら過冬学園の連中だ。なんでか知らねェが、ウチの生徒総会とバチバチにやりあってる。セキュリティがやけに厳重で……それでだ、お前となんか知らねえガキ」「こいつだ」マスラダがゾーイを見た。

「……でな、そのガキを拐おうとしたクソ野郎の大元ってのが、深・冬。過冬の理事長だな。奴はどうやら知人の依頼を受けて動いてる。そいつの名前……名前がよ……」「サツガイ」マスラダが低く呟く。タキは後頭部を掻きながら頷き返した。「複数の情報筋があってよ。嘘くせえがコイツはマジだ」

「アタシのせいだ」ゾーイが震える声で呟いた。青ざめている。「どういうことですか?」コトブキはしゃがみ、ゾーイの瞳を覗きこんだ。ゾーイは父の腕に身を寄せ、肩掛けのポシェットを抱くようにした。砂色の奇妙な風合い……。「アタシをバイクで攫おうとした奴らが言ってた。過冬学園に、兄さんが来てるんだって。アタシにはサツガイっていう生き別れの兄さんがいて、これからはそいつと暮らせって」

「まさか」コトブキは弾かれたようにマスラダを見た。七不思議の怪異と同じ名前。だがあくまで怪異は怪異だ。実体を持って現れるわけが……しかし、ニンジャが現実に存在していた以上……コトブキは気丈にも不吉な予感を振り払った。「ゾーイさん、大丈夫ですよ。愛しあう親子を引き離すなんて絶対に許せません。わたしが必ず守りますからね!」

「他に情報は」タキは愛用のデスクを振り返り、舌打ちした。未だUNIX復帰ならず。彼は尻ポケットから小型のIRC端末を取り出し手早く操作すると、レーダーめいた二重円を表示させる。マスラダとコトブキが覗きこんだ。中央よりやや右上に点滅する光。黒い指先がハの字の仕草を繰り返すと、画質の荒い航空衛星写真が拡大表示された。タキが呻いた。

「攻撃元アドレスは、……やっぱりな。最悪だぜ。どうする」「わたしの出番ですね! わかりました!」膝の埃を払い、勢いよく立ち上がったのはコトブキだ。マスラダは顔を顰めた。「待て。お前は関係ない」「関係ならあります! ゾーイさんを放ってはおけませんよ。わたしたちはもうお友だちなんですから。ね」

 コトブキは、怯えるゾーイを勇気づけるように片目を瞑った。そして、タキとマスラダを見て微笑んだ。「それに。わたしたち、ここまで冒険を共にしてきた仲間じゃありませんか」

 タキの手の中で端末が示す航空写真は、旧帝ロシア建築めいた美しい学園施設の中でもひときわ趣きのある離れ舎であった。咲湯葉崇の潜伏先。そう。過冬学園、ワイズマン女子寮である――!



次回、第5忍「ニンジャの棲む寮」 
お楽しみに!(続きません)


◆◇◆

設定資料集-2

(という名の脳内設定)

 過冬学園

深・冬:
理事長。その性格は厳格で横暴。しかし彼が一代で築き上げた秩序ある学園の校風は統制が効いており、学ぶ意欲を持つ者には評判が良い。ネクタイの色は常に青。お洒落。

サツガイ:
蔵鋏社の幹部役員であり、ゾーイの生き別れの兄だという。砂色の高級スーツ。ネクタイの柄が見るたび変わる。妹を欲しがっている。彼の行く先では常に黒いトリイが目撃される。七不思議との関係は……? 見た目に無頓着なわりに不思議とお洒落。

ザルニーツァ:
ワイズマン女子寮に住むロシアンハーフ美女。理事長の娘で、千葉の異父妹。顔は兄にそっくりだが、表情に乏しく、父に従って暮らしている。


 その他、学園関係者など

ゾーイ:
養護教諭・片居木の一人娘。血は繋がっていないが、休日は一緒に料理をしたり釣りに出かけたりと親子仲は良好。腰に下げた砂色ポシェットから何でも取り出すことができる不思議な力の持ち主である。

斉田三:
PC部に入るはずだったのに、勧誘行事で猫目美人の三日月先輩に捕まり生物部に所属してはや一年。なんかもう生物部のままでいいやと思っている。モヒカン。

YCNAN:
PC部伝説の先輩。タキは彼女がコードを記した部誌やノートを一人の時間にこっそり読み返している。9話で藤木戸さんの知り合いだと判明する。

院士根怜人:
裏生徒会の新人役員。第3話から登場。丁寧な撫でつけた髪に眼鏡という優等生風の出で立ちだが成績は伴っていない。テストを受け損ねたマスラダが、8階の補習教室で彼と鉢合わせしたシーンが初めての顔合わせである。



【MーFiles】(印刷用PDF、メイキング他)

◆第1話&第4話をまとめた冊子印刷用PDFファイルを追加してます。

※ネットプリントが20円/1枚と通常の倍額なため、イベントで冊子印刷してくださった方との差が発生しないように差額分(18枚分)のみ有料設定にしています。ご了承ください。

メイキングもついてます!

とはいえ!無配本だったものが有料なのも正直心苦しい!
→おまけの「メイキングコラム」をつけました。展開分析用の文字コンテ、途中の草稿から決定稿で変えた一部箇所について理由を示したり、今回縦書きからニンジャ風横書きに成型するにあたって表現やテンポを変えた箇所の一部について、意図を解説しています。

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楽しいことに使ったり楽しいお話を読んだり書いたり、作業のおともの飲食代にしたり、おすすめ作品を鑑賞するのに使わせていただきます。