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【ドゥ・ユア・ベスト・リトル・バイ・リトル】

〜WEBオンリー「ニンジャオン3」展示用の掌編〜
◇『ニンジャスレイヤーAoM』の二次創作小説です◇

『ヌンヌン』

 UNIXライトの照り返しに、七色の光が交錯した。タキは無言でタイピングを速めた。無視を決め込んでいるのだ。カウンターを拭くメイドエプロン姿のコトブキにも七色の光が跳ねた。彼女が顔を上げれば、モーターツクモがタキの頭上でクルクルと回転している。

「タキ=サン。通話リクエストですよ」タキはぞんざいに手を振った。「真夜中だろうが。無視だ無視。店じまいだ」「でも……」コトブキはモーターツクモを見た。

 モーターツクモは視線に応えて明滅した。『IRCホットライン受信……通話を許可します……ヌンヌン』「はい。お願いします」「オイ! 勝手に…… 」

「だって、キモンの方からですよ。情報屋のお仕事ですよね? 提携店なんですから……」「マジか」タキは唸った。頭を掻き、しぶしぶ通話をオンにする。カウンターに「キモン:ムギコ=サン」のホログラムが照射された。

『モシモシ。タキ=サン。よかった! 貴方の店って、宅配もしてる?』

 タキはニンジャスレイヤーとの会話ログを思い返した。首尾は上々。依頼者を脅迫してきたヤクザのでっちあげ証拠を破壊次第、帰還予定。無精ひげだらけの顎をさする。「……そっちの事情と話次第だな。キモンだろうと時間外手当はきっちり貰うぜ。オレは権力には媚びねえンだ。で、どこへ派遣だって?」『え? ……あ、そうじゃないの。ピザの話』「ピザ?」

『残業で、ご飯食べ損ねちゃって。今日はどこも混んでて、1時間くらいかかるって言われたから、貴方のところならどうかなって思ったんだけど。宅配やってる?』「やってねえ。オレは情報屋だぞ。馬鹿にしてンのか」

 苦虫をかみつぶしたような顔で、タキはコトブキが差し出したメニュー表を押し返した。『ふうん。そういえばこの前、貴方のとこの店員がウキハシ・ポータルの破壊……』「注文フォームを送った!」『話がわかる。タキ=サン』受信機の向こうでムギコが笑った。『なるべく早くね』ピボッ。通信終了。タキは舌打ちした。

 間もなくモーターツクモがピカピカと光り、リクエストが届いた。タキはコトブキが差しだしたメニュー表を改めて受け取り、頭を掻いた。「クソッ。深夜料金を上乗せしてやっからな畜生」「今から配達ですね?」コトブキが掃除用メイドエプロンを脱いで抱え、バックヤードへ向かおうとする。「いや。いい。オレが行く」タキが腰を上げた。

「え?」コトブキは目を見開いた。「でも、私、夜目もききます。ならず者が出ても戦えますし、平気ですよ」「……そういう心配はしてねえ」タキは欠伸し、すっかり冷めたコーヒーを飲みほして立ち上がった。「まあ、アレだ。提携相手として……たまには礼を尽くすんだ。店主自ら」「権力には媚びないのではなかったのですか?」

「アア? 媚びとか……そういうんじゃねえよ。アイサツだアイサツ! ビジネス関係者としての仁義とか……何だ……そういうアレだ!」「そういうアレですか」コトブキが頷いた。「そうだ」タキも威厳を見せて頷いた。

 タキは宅配ヘルメットとバイクの準備をしている。コトブキはエプロンを片付けてから注文のピザをオーブンに入れ、スイッチを押した。ソファで眠るザックにずり落ちた毛布を掛け直して、コトブキはピザが焼けるのを待っていた。

◆◆◆


『来客ドスエ』

 来客用インターホンが鳴り、ムギコはハッと目覚めた。残業続きで睡眠不足に陥り、デスクで居眠りしていたのだ。額を抑えて身を起こす。半覚醒の意識に介入する不快な音……ピンポーン『来客ドスエ』。

 ピンポーン『来客ドスエ』。ピンポーン『来客ドスエ』。「うるさい……」隈のできた目元を擦り、ムギコはのろのろとインターホンの受話ボタンを押した。

「はい……」『オイ。ピザ』溜息と、苛立った声。ムギコの意識が急覚醒した。「アッ」『何だよ』「……ごめんなさい。寝てた」呟くと、間があった。『いいけどよ』「悪かった。今、ロック解除する」『待て!』タキが慌てた。

『悪いが中に入れるカッコじゃねェんだよ。こんなお高そうなマンションでよ』「じゃあ、降りていくから玄関にいて」

 モウタロウは気持ちよさそうに眠っていた。起こさぬよう静かに玄関に向かう。靴につま先を差し入れる直前、ムギコは思い直した。玄関脇の洗面所ライトが点灯。鏡に顔を寄せると、突っ伏して寝ていたせいで額にくっきり赤い痕がついているのが見えた。前髪を下ろして隠し、ほつれ髪にピンを刺す。よれた襟元を伸ばし、腕章の位置を元通りにする。

 さらに十五秒ほど鏡と睨み合って、今度こそムギコはデッカー靴を履いた。下降するエレベーターから見下ろすネオサイタマは煌びやかに多彩色の輝きを放ち、交差するサーチライトと広告音声が姦しい。眠らない街。キモン・デッカーの戦場だ。

 エントランスの自動ドアを開けると、息が白く濁った。年の瀬の屋外は、思いのほか寒かった。エントランスの光が届くギリギリの端に、宅配バイクにもたれてタキがいる。

「おう。元気か」
「ホドホド」

 ムギコは苦笑した。渡された配達ピザの紙パックはずしりと重い。立ち昇るチリソースの湯気は香ばしく、空腹であることを途端に思い出した。「冷凍のまま来るかと思った」「サービス料は取ってるぜ」タキが鼻を鳴らした。ムギコは瞬き、白い息を吐いた。

 支払いを済ませると、タキはさっさとオカモチ・バイクに乗り込んだ。見送るムギコを振り返り、エンジンキーの辺りを弄り、やがて言った。

「ま、気張れや」
「うん」

 気の抜けたエンジン音と共に、ピザ・タキの宅配バイクが遠ざかる。寒風にほつれ毛を揺らし、手には温かな箱を抱え。ムギコはしばらくエントランスに佇んでいた。


【ドゥ・ユア・ベスト・リトル・バイ・リトル 終わり】

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