見出し画像

◆二次創作◆デッドリー・ヴィジョンズ【カカオ・デストロイヤル】

◇『ニンジャスレイヤー』二次創作小説です◇

 ウシミツ・アワー。零細食品卸業者のビル明かりがとうに消えた時刻だが、エレベーターパネルの数字が動いている。

 ゴーン。搬入用エレベーターは地下十一階で静止し、作業服に防寒テックウェアを羽織っただけのサラリマンがまろびでた。吐く息が白い。小刻みに震えながら、天井まで乱雑なコンテナの積み上げられた隙間を縫い、辺りを見回す。さしたる広さも性能もない冷凍倉庫だが、緊張とアルコールの震えから零した涙は頬で静かに凍りついた。通路に頼りない明かりがともる。擦り切れてところどころ端の破れた『おいしいを』『安全は大切』といった形ばかりの標語が僅かに照らされ、闇に溶ける。足を進めるごとに背後の照明が消え、ふと振り返れば、彼を見守るのは圧倒的な闇だった。

「アイエエエ……」サラリマンは震え、失禁を堪えた。酒の勢いは恐怖に吹き消され、歯を鳴らす冷気によって酔いも醒めつつある。「なんで。違う。そうだ。戻ろう……」

「……チャン…」「アイエッ?」「アカチャン……コッチ」

「はは。……ま、まさか本当に」落ち着かなげに首をめぐらす。頭上の網棚にもむき出しのまま乱雑に保管され、箱からこぼれ出た食料品が透けて見える。一歩進むと、通路のもう一つ先の照明が白く「アカチャン!」「アイエエエエ!」

 サイバーサングラスに、赤いカクテルドレスを纏った背の高いオイランドロイドが、不意に眼前に現れた。艶やかなチョコレート色のルージュを引いた唇が半開きになり、グラス奥の目玉がうつろにサラリマンを見つめている。

「やった! ほ、本当だった! 本当だった!! ウシミツ・アワーの誰もいない冷凍倉庫に無限に前後させてくれるオイランドロイドがアバ、アバババババッ!?」歓喜に叫ぼうとした男が、痙攣した。舌が突き出されたまま前方に引っ張られ、動きを止めている。オイランドロイドの半開きの唇から、黄土色の細長い金属棒が吸血ストロー機構めいてまっすぐに射出され、サラリマンの舌に突き刺さったのだ! 涙すら凍りつく寒さ! 舌にべったりと張りついた金属棒! おお、なんたること! 哀れな男はもはや叫ぶことすら許されぬのだ!

 恐怖に目を見開くサラリマンの前で、サイバーサングラスが点滅。『ボウヲカミチギレバ』『タスカル』『ガンバレ』サラリマン! 叫ぶことすら許されぬ! 惨めに痙攣しながら凍りつく涙で頬を強張らせ、唇を閉じ……涙すら凍りつく寒さ! 上下の唇にべったりと張りついた金属棒! 二度と開くことができぬ!

『ボウヲカミチギレバ』『タスカル』『ガンバレ』サラリマン! 叫ぶことすら許されぬ!「ンンンンンン……! ンンンンンンンンン!?」金属棒の先端が、吸血ストローめいてずぶずぶと舌に潜り込んでいく。唇と唇の距離が近づく。噛みしめた唇の隙間から大量の血があふれる。引き抜かれた舌が、冷凍倉庫の天井に踊る!「アッアババババ……!」人影が倒れ、オイランドロイドは……オイランドロイドの口から、口吻が引っこみ、カクテルドレスの背が大きく左右に開いた。金属製の長い口吻を持った小柄なニンジャが這い出す。

 読者諸氏は観光都市キョートの記念写真シャッターパネルを御存じであろうか。一枚板にセキバハラの戦いを描いた見事なウキヨエが描かれ、サムライの顔の形にくりぬかれた空洞にギロチンめいて首を差し込むことで観光客らが真実ウキヨエと一体化し、フォトジェニックな写真を残すことができる観光スポットである。サラリマンの血を吸い殺したオイランドロイドの外殻はさながらウキヨエパネルである。そして、半開きの唇より高速射出された金属棒ストローだけが殺人者本体のもの……ギロチンに差しだされた観光客の首……オイランドロイドの殻を纏った小柄なニンジャ・シェアシガレットの吸血口吻なのであった。

「チューッチュッチュ! チューッチュッチュッチュ!」サラリマンの懐を探り、僅かな素子を奪い取ると、シェアシガレットは動きを止めた。グイーン……ニンジャ聴覚がエレベーターの駆動音を捉えたのだ。電光パネルの数字が変化していく。

「チュッ……」死体をビスケット箱の隣の空コンテナに放り込むと、新たな獲物の予感に舌なめずりし、いそいそとオイランドロイドの殻に潜り込む。チョコレート色の唇が半開きとなり、サイバーサングラスが緑色に光る。

 ゴーン。エレベーターが地下十一階で静止し、作業服に防寒テックウェアを羽織っただけの中年男が現れた。吐く息が白い。天井まで乱雑なコンテナの積み上げられた隙間を歩いてくる。通路に頼りない明かりがともる。擦り切れてところどころ端の破れた『おいしいを』『安全は大切』といった形ばかりの標語が僅かに照らされ、闇に溶ける。男が足を進めるごとに背後の照明が消え、頭上の網棚にもむき出しのまま乱雑に置かれた食料品が透けて見える。

「アカチャン……コッチ」

倉庫奥まで辿りついた男の前には、サイバーサングラスに、赤いカクテルドレスを纏った背の高いオイランドロイド。艶やかなチョコレート色のルージュを引いた唇が半開きになり、ガラス目玉が中年男を見つめている。

 男が、何かを言おうとほんの僅かに口を開いたその瞬間!――シェアシガレットの口から黄金色の金属吸血棒が男の舌めがけて超高速射出された! チャブで向かい合うほどの距離に佇むオイランドロイドの半開きの唇から、またも黄土色の金属棒が吸血ストローめいてまっすぐに射出され、中年男の舌に突き刺さったのだ! 涙すら凍りつく寒さ! 舌にべったりと張りついた金属棒! おお、なんたること! 哀れな男はもはや叫ぶことすら許されぬのだ!

 サイバーサングラスが点滅。『ボウヲカミチギレバ』『タスカル』『ガンバレ』『ボウヲ』

バリイイイィン!

 金属棒が、薄氷のように、粉々に砕けた。砕けたのだ。なぜ。なぜ!? 涙すら頬で凍りつくほどの寒さなのに! シェアシガレットは狼狽え、ガラス目玉越しに目の前の赤黒の男を穴が開くほど見つめ……赤黒。男の服は赤黒だったか? いつから? 金属棒を激しく嚙みしだいた口元は禍々しい『忍』『殺』のメンポに……

「ドーモ」黄金色の破片が降り注ぐ中、地獄の炎を煮詰めた瞳がガラス目玉の向こうから、シェアシガレットを睨み据える。「ニンジャスレイヤーです」

「ド……ドーモ、シェアシガレットです。チュッ? ニンジャスレイヤー=サンだと!? なぜ? なぜここに!?」「理由などない。ソウカイ・ニンジャ殺すべし!」「チュッ、チュチュチュチューッ!」再び金属棒を高速射出! ニンジャスレイヤーのメンポが開閉し、黄金色の金属棒をチトセ・キャンディめいて噛み千切……れない!?

 座して見よ。オイランドロイドのドレス裾からは目に見えるほどの冷気が噴出している。ソウカイヤにより提供された何らかの冷却装置…………「チューッチュッチュッチュッチュ! ぬかったなニンジャスレイヤー=サン! モータル相手の氷の情熱キッスとはわけが違うのよ! 金属棒を咥えたままではご自慢のチャドーとやらも満足には使えまい! 死ね! ニンジャスレイヤー=サン! 死ね!!」

 シェアシガレットの叫びに合わせ、オイランドロイド殻のサイバーサングラスが嘲笑うように点滅。『ボウヲカミチギレバ』『タスカル』『ガンバレ』『アカチャン』!

 ニンジャスレイヤーのメンポが、チリチリと霜に覆われていく。凍りついていく。足元に霜が広がっていく。黄色い金属棒を半開きの口からまっすぐに射出したまま、オイランドロイドの顔が徐々に、確実に、ニンジャスレイヤーのメンポへと近づいていく。このままでは……ニンジャスレイヤーが……だが、待て! よく見るがいい。ニンジャスレイヤーの四肢を! 目に見えぬほどの小刻みな素早い動きでに円を描くように床を擦り空気を震わせ、床に炎の軌跡を作りだしているではないか! ミヤモト・マサシ曰く氷の中で踊れば即ち心臓が燃える! 熱が発生する! それはメンポの氷を溶かし……冷凍倉庫の空気を暖め……天井の網棚に乱雑に崩れていた冷凍食品を徐々に溶かし……

「チュ、チュチュチューッ!」だが敵もさるもの!負けじと冷却装置をフル稼働させる! 金属棒が空気すら凍らせるほどの冷気を纏い、融けつつあったメンポの霜は再び押し戻される。だが上昇した熱は渦を巻き、天井より液状化したトリュフ・チョコレートが両者の間にチョコレート色の雨となって降り注ぐ。だが、金属棒の冷気にあてられ、固まる。融ける。固まる。再び融ける!

 両者一歩も譲らぬ……だが……徐々に……! 「イイイイ……イヤーッ!」ニンジャスレイヤーの熱が上回った! いつの間にかワン・インチほどに近づいていた口の間で、チョコレートを纏った金属棒が、ついに、砕けた!

「イヤーッ!」「グワーッ!」勢いを乗せてニンジャスレイヤーはそのままオイランドロイドのサイバーサングラスに頭突き! 砕けるサイバーサングラス! 「イヤーッ!」「グワーッ!」反動のまま首を反らすと、再び勢いを乗せてニンジャスレイヤーはそのままオイランドロイドの顔面に頭突き! 砕けるオイランドロイドの頭部!

 ついに剝き出しになったシェアシガレットの口元では、根元から砕けた口吻が茶色の機械油を噴き出している! ニンジャスレイヤーはさらに首を反らすと、「イヤーッ!」「グワーッ!」シェアシガレットの顔面に頭突き! トマトめいて真っ赤につぶれるシェアシガレットの顔面! 突き出した黄金色の口吻! 飛び散る茶色の機械油!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」

「サヨナラ!」

 イクサの熱が引いていく。吐く息が白い。天井からぽたり、ぽたりと降り注ぐチョコレートの雨をくぐり、金属の破片を踏みしめ、ニンジャスレイヤーは踵を返した。照明は彼を追い、オイランドロイドの残骸はやがて闇に溶けた。

 ゴーン。遠くでエレベーターの開閉音が、梵鐘のように響いて、消えた。


【カカオ・デストロイヤル】 終わり


◆11月11日は◆ポッキーの日◆

楽しいことに使ったり楽しいお話を読んだり書いたり、作業のおともの飲食代にしたり、おすすめ作品を鑑賞するのに使わせていただきます。