梅内 美華子『梅内美華子集』より

邑書林, 2011.

『横断歩道(ゼブラ・ゾーン)』(雁書館, 1994)
膝頭に春の光をあつめつつ発泡性の年齢をいとう

空をゆく鳥の上には何がある 横断歩道(ゼブラ・ゾーン)に立ち止まる夏

生き物をかなしと言いてこのわれに寄りかかるなよ 君は男だ

空すべるつばめが冷たく見えるとき君は話をふつりと閉じる

シャボン玉こわれる音を待ちながら二度目のくちづけ思い返しぬ

新じゃがを茹でたる湯気は立ちのぼり青春にいまだ異変はあらず

若きゆえ庇われている羞しさの鶏冠のように腫れゆく思い

『若月祭(みかづきさい)』(雁書館, 1999)
夏の風キリンの首を降りてきて誰からも遠くいたき昼なり

しんかんと陽は昇りつめ夏の野に咲かねばならぬ花は満ちたり

ティーバッグのもめんの糸を引き上げてこそばゆくなるゆうぐれの耳

抱きながら背骨を指に押すひとの赤蜻蛉(あかあきつ)かもしれないわれは

片頬を掌にさすりつつ君立つを時間のどこで老いてゆくのか

つまらないやさしさはすぐ忘れゆく恋の終わりに冬の苺を

むんむんとせるたましいに会わざれば雨に毳立つ三四郎池

みつばちが君の肉体を飛ぶような半音階を上がるくちづけ

紙のようなレタスを口に押しこんでガラス越しなる秋を見ていつ

右腕にうすくなりゆく黒子あり消えなば誰の身に発芽する

赤く照るりんごの気持ち知らねども切る前にふと寄せるくちびる

わが空に象の星座のともるころ閉じられながら鳴く門がある

わが首に咬みつくように哭く君をおどろきながら幹になりゆく

君知らぬまたわが知らぬくちづけのあるらむ星の尾の記憶ひき

水飲むとかがむ男の背を越えてわれが逢いたき真っ青な空

海色のポロシャツを着て逢いに来る休日もまたややつんのめり

夕電車幾度かちぎりて来し恋を膝に押さえて今日は帰りぬ

始祖鳥の記憶たちまち骨となり婚姻ののちの風の鳴く窓

『火太郎』(雁書館, 2003)
百合ひらき卵巣ひらき雷雲の湧くを見ているおみなのからだ

婚姻ののちのしずけき身をとおす木綿の白さふと冷たかり

『夏羽』(2006, 短歌研究社)
満ち満ちて李朝白磁の大壷はおのづから割れるときを夢みる

足に羽つくはずなけれど真つ白なスニーカー買ひにゆく春である

風おちてふと軽くなる背中より秋は来ぬ空をゆくいわし雲

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