寺山 修司『寺山修司全歌集』より

講談社学術文庫, 2011 (底本は1971, 風土社・沖積舎)

田園に死す (1964)
売りにゆく柱時計がふいに鳴る横抱きにして枯野ゆくとき

初期歌篇 (1957以前)
・燃ゆる頬
海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり

列車にて遠く見ている向日葵は少年のふる帽子のごとし

わが夏をあこがれのみが駆け去れり麦藁帽子被りて眠る

少年のわが夏逝けりあこがれしゆえに怖れし海を見ぬまに

・記憶する生
やがて海へ出る夏の川あかるくてわれは映されながら沿いゆく

・季節が僕を連れ去ったあとに: 僕の傷みがあつまって、日ざしのなかで小さな眠りになる夏のために。
遠ざかる記憶のなかに花びらのようなる街と日々はささやく

海よその青さのかぎりなきなかになにか失くせしままわれ育つ

駆けてきてふいにとまればわれをこえてゆく風たちの時を呼ぶこえ

・夏美の歌
君のため一つの声とわれならん失いし日を歌わんために

青空に谺の上にわれら書かんすべての明日に否と書かんと

かすかなる耳鳴りやまず砂丘にて夏美と遠き帆を見ておれば

青空はわがアルコールあおむけにわが選ぶ日々わが捨てる夢

空には本 (1958)
一粒の向日葵の種まきしのみに荒野をわれの処女地と呼びき

向日葵の顔いっぱいの種子かわき地平に逃げてゆく男あり

目つむりて春の雪崩をききいしがやがてふたたび墓掘りはじむ

マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや

血と麦 (1961)
にがきにがき朝の煙草を喫うときにこころ掠める鷗の翼

悲しみはひとつの果実てのひらの上に熟れつつ手渡しもせず

雲雀の死告げくる電話ふいに切る目に痛きまで青空濃くて

うしろ手に春の嵐のドアとざし青年は已にけだものくさき

地下鉄の入口ふかく入りゆきし蝶よ薄暮のわれ脱けゆきて

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