山崎 郁子『麒麟の休日』より

沖積舎, 1990.

あをぞらの加減を鼻でふれてみてきりんはけふも斑のもやう

こんなにも風があかるくあるために調子つぱづれのぼくのくちぶえ

たれも見ずたれも咎めぬかの瞳そこには宇宙がございました

海底にしづんだチャペルの鐘の音を人波にきく冬のゆふぐれ

銀細工の貝をいとしむひとあらばその冷えやすき指先を恋ふ

あをぞらの染むまで立つてゐたいから夢でもはづさないでゐる手袋

ゆふやけはいつの約束せつなくて閉ぢるまぶたのうらの尖塔

夜の子供はさびしいままの深海魚そらのにほひをおもひだせない

春雨は天使のためいきうすくうすくまぶたにのうへにふりかかりくる

天使たちの羽ぬけかはる頃なればわれらのはるもはなやいでゐる

湖に夜ごと降るこゑ引き出しにしまつたままのぼくの星くず

雨上がりあをいリボンを見かけたらきつとうさぎは耳を押さへる

ねこじやらし垂らして待たううとうとと空のほとりに腰かけたまま

抱き寄せる掌のひややかさまなうらにくらべられないゆふやけのいろ

思ひ出のやうでもあれば蛍たちぼくのみぎはに群れなしてくれ

逃げた金魚のつどふゆふやけ逝く夏に手をふりながらぼくはかけあし

いつの世のむかしがたりを織りながら樹冠はるかなひかりのさざなみ

満ち足りてゐるといふこと陽のひかり浴びる陶器のペンギンの群れ

いつかどこかで忘れたゆびきり夏帽子のリボンは変へずにゐるこの夏も

とてもしづかな夢を見たゆゑライオンの朝のあくびはきらめく水滴

夏といふはちみついろをすいこみてゐるゆゑいてふはこころにつもる

ひつそりとわたしを待つてゐる椅子をおもふこんなにしづかな月夜

生きてあることのまぼろしゆふかぜに揺らぐ水にはゆふぐれのいろ

ジャングルジムのぼりつめてもとほい空われはたづねよ風のゆくへを

アンドロメダ星雲ゆきの彗星に青いリボンをつけてあげたい

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