川野 芽生『Lilith』より
書肆侃侃房, 2020.
ひとびとは老いて去りゆく 最愛の季節の花の庭を遺して
取りかへしのつかざるものを産むまへに非在の森の辺へとかへれよ
夜のもつうすき瞼は下ろされてこよひわれらはその外に立つ
瞑 (めつむ) れど降るいなびかり 熱はかる手のやうに来て夢にまじりぬ
ぶらんこの支柱に凭れ少年は内を流るるきしり聴きをり
制服のむれへ春あらしのたびに少女のみ輪郭がくづれて
わたくしをここで眠らせ心拍は先へさきへと歩む旅びと
こころとは巻貝が身に溜めてゆく砂 いかにして海にかへさむ
口中のかわくさみしさ告げきたる人狼の眸のうるむさみどり
天球が膝をかかへてうづくまるあした、あなたを映せる運河
夢ぬちに橋のやうなるもの踏みき春とわが蹄とほのひかる
ひとがひと恋はむ奇習を廃しつつ昼さみどりの雨降りしきる
みづからのこゑを追ひつつ駆けゆかな星辰もしるべせぬ境域へ
銀杏並木の穂先あふぎてあゆみゆくいつしかに三つ編みのほどけて
詩はあなたを花にたぐへて摘みにくる 野を這ふはくらき落陽の指
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