村木 道彦『村木道彦歌集』より
天唇
ここに死者いでよとばかりゆうやみは窓をおかしてわれにせまりく
逆説にわれは溺れて図書館の空あおあおと照りわたるかな
月面に脚が降り立つそのときもわれらは愛し愛されたきを
きみはきみばかりを愛しぼくはぼくばかりのおもいに逢う星の夜
天涯はみどりの孤独ここはどこ レインコートのえりたてるかな
孤独なる天のいとなみ雨がふる やや孤独なるひとのくちびる
かんきりで切るきりぐちのぎざぎざは「恋人印」のもものかんづめ
はなづまりなおらざるまま ガラス戸に砂うちあたる午後のあかるさ
スペアミント・ガムを噛みつつわかものがセックスというときのはやくち
青春はまこときずつきやすくあれ ガーゼマスクの唇(くち)かわけるを
みずいろのゼリーがあれば 皿のうえにきままきまぐれのみつるゆうがた
するだろう ぼくをすてたるものがたりマシュマロくちにほおばりながら
黄のはなのさきていたるを せいねんのゆからあがりしあとの夕闇
めをほそめみるものなべてあやうきか あやうし緋色の一脚の椅子
激情の去りたる後をこきざみになおもふるえてやまざる腕よ
未刊歌集
雨のくるまえのひとときけだもののにおいみちたり動物園に
かたることすべてむなしくなりたればじっとりと陽に灼かれいるのみ
なかんずくとりとめもなき白昼(ひる)なればおお無残なれそらは神の眼
救抜のごとし不思議なあかるさに街照らされていたるゆうぐれ
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