西田 政史『ストロベリー・カレンダー』および『スウィート・ホーム』より
『ストロベリー・カレンダー』
書肆季節社, 1993. なお、作者本人のブログに全文が掲載されている (https://ameblo.jp/musouan24da/theme-10075922243.html).
I
風さわぐ木曜なれば浴室の彼女からまた電話がかかる
おとぎ話になりさうなとき両足で耳のうしろを掻けば安心
憂鬱はわりに好きだよなまぬるいピクルスに似たところもないし
II
われの知らぬ空いくつ経てしづまれる戸棚の中の模型飛行機
水彩の尽きたる空の色買ひにゆかむ眠りの熟るる時刻に
かき氷食みゐるきみの右手にも秋はしづかに訪れむとす
白昼に恋の映画を観て来たる舗道のわれをわらふ空あり
眼に映るものことごとく蔑みてかぎりも知らぬきみの明るさ
給油所のむかひに棲まひ恐竜の眠りのごときしづけさ愛す
あたらしき倦怠の核買ひに行く夏のをわりの玩具店まで
『スウィート・ホーム』
書肆侃侃房, 2017.
晴れわたる春はまぼろし眼を閉ぢてこの華やかな耳鳴りを聴く
わけもなく狂ふ時代の優しさの明るいガラス越しの蜜蜂
なにもかも透明になる世界から言葉が抜けて行く夜だから
この窓のひとつにきみがゐることも大丈夫だよ記録されてる
七色のヒツジの夢をみるやうに世界は絶え間なく抒情する
陽のあたる壁にもたれてぼくはただ雪崩のやうな感情を恋ふ
熱狂は若き日の病み生ぬるいミルクが朝のからだをめぐる
海に降る雪のやさしさいつの日かぼくがぼくから脱ける刹那を
いたづらに天空を向く性器から朝がはじまる夏の放尿
きみの下でぼくは子供のふりをしてしきりに神の笑顔を思ふ
沈みゆく大和左舷の擦り傷にだれも知らない愛のことばを
歌つてよ愛のことばを日本国憲法前文いのりのごとく
きみに会ふために早起きすることも世界平和に繫がれ明日は
風に寄する恋のかなたに一陣の砂混じりきみの眼頭を撃つ
鯨鳴く海もよごれたアルバムも好きなことばも忘れてねむれ
夏の雲を眺めつづけてふたりきり砂丘のやうな午後を過ごした
ポケットにかくしたぼくの思ひ出がつぶれてしまひすぐにゆふぐれ
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