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【短編小説】『三途の川食堂へようこそ!』

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ほのぼの飯テロ風味のオリジナル小説です。全8話・約15000文字。 ■あらすじ■  不治の病で死んだ私は、一年間だけ三途の川のほとりにある食堂で働くことになった。現代の三途の川は…
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#創作大賞2023

【短編小説】『三途の川食堂へようこそ!』第1話【全8話】

第一話 三途の川の小さな食堂 「今日も清々しー!」  柔らかな青い空の下、店の暖簾を掛けて伸びをすると気持ちがいい。爽やかな初夏の風が私のポニーテールと白いエプロンを揺らしていく。  あの世とこの世の境目に流れる三途の川は、近代化と観光地化が進んでいる。この世側のほとりには小さな街が出来ていて、宿屋や土産物屋等々の観光業で賑わう。  死者の魂と見学に招かれた生者の魂は、電車やバス、船といった交通手段でこの街にやってくる。しばらく滞在して観光を楽しんだ後、死者は船か橋を使

【短編小説】『三途の川食堂へようこそ!』第2話【全8話】

第二話 奪衣婆に贈るバブリートマトスープ  店の扉が勢いよく開いて、美女が叫び声を上げた。 『ちょっと聞いてよ! アタシってば、ババアなんて思われてんのよ!』  ゆるやかなウェーブを描く長い黒髪にインナーカラーはエンジ色のツートン。黒のボディコンシャスなミニワンピに、黒地の流水と菊花が染められた着物を片肌脱ぎに重ねてベルトを締めている。黒いエナメルヒールは十センチは軽くありそう。  赤い瞳の目元はナチュラルメイクなのに、真っ赤な口紅がバブリーな雰囲気を漂わせる。初めて来

【短編小説】『三途の川食堂へようこそ!』第3話【全8話】

第三話 賽の河原の積みハンバーグ  賽の河原と言えば、親より先に死んだ子供が父母の供養のために石を積んでは鬼に崩されるという責め苦を受ける場所と言われていた。  三途の川が観光地化した今は、縦横三十センチ、厚み五センチの軽石を、定期的に現れる鬼に崩されるまでにどれだけ高く積めるか競い合う人気のアトラクションになっている。 『昔は怖がられたもんだが、今じゃキャーキャー黄色い声援が来るからなぁ』 『鬼の一生わからんものよなぁ』 『石が軽石になったのと同じで俺たちの存在も軽く

【短編小説】『三途の川食堂へようこそ!』第4話【全8話】

第四話 船頭に贈るあつあつ鴨ネギうどん  昔は一人から三人乗りの木舟が主流だった三途の川の渡し船は、今では大きな客船になった。死者の魂が観光を終えてからなので、一度にまとまった人数が集まる。船酔いする者は白い大型バスで橋を渡るルートを選択することもできるらしい。 『木舟の時は一人乗せるだけではもったいないからと、ついでに乘る者はいないかと探したものだが、今では船着き場に集まってくれるから楽になったなぁ』 『本当になぁ。暴れて川に落ちる者もいない』  渡し船の船頭たちは、

【短編小説】『三途の川食堂へようこそ!』第5話【全8話】

第五話 懸衣翁に贈る軽ーい衣のフライドチキン  三途の川のほとりで奪衣婆が奪った衣を衣領樹という木に掛けて罪の重さを計るのが懸衣翁。  近代化した三途の川で、懸衣翁も仕事の転換を余儀なくされていた。奪衣婆が営む貸衣装屋の奥で預かった服の重さを量り、あの世での魂の行き先を決めている。  白い短髪に赤い瞳。垂れ目で甘い雰囲気を漂わせる懸衣翁は、十八から四十歳前後と毎日その姿が変わる。和服の肩には女物の派手な羽織を引っ掛けていて、どうやらその羽織は妻の奪衣婆のものらしい。  

【短編小説】『三途の川食堂へようこそ!』第6話【全8話】

第六話 死神に贈るがっつりレトロオムライス  三途の川の街には卸業者がまだ存在しないので、食材の仕入れは普通のスーパーへ買い出しに行くことになる。どこかでみたような気がするけれど、微妙に違うロゴが看板に掲げられていて、忙しく働く店員たちに生者の姿はない。  現世と変わらない品が並ぶ店内は、他の飲食店で働く方々も仕入れに来ているし、普通に買い物をしている方もいる。  メモを見ながら買い物かごに野菜を入れて、店内を回っていると声を掛けられた。 『お、食堂の姉ちゃん! 仕入れ

【短編小説】『三途の川食堂へようこそ!』第7話【全8話】

第七話 最期の晩餐 とろふわ親子丼  あっという間に一年が過ぎ去った。店はそれなりに上手く回り、壺から一文銭があふれそうになっているので、残りの一週間は全品無料で提供することにした。 『閉店まで、あと七日かー。寂しくなるわー。何とか続けられない?』 『無理を言って困らせてはダメだよ。まぁ、僕も続けて欲しいんだけど』  奪衣婆と懸衣翁は、毎日一緒に食べに来るようになっていた。別々の料理を頼んで仲良く分け合う姿が実は少々うらやましい。 『本当になぁ。ずっと続けてもらえないも

【短編小説】『三途の川食堂へようこそ!』最終話【全8話】

第八話 優しい世界に贈る炊き込みご飯  目を開くと見慣れない白い天井。ここはどこだっけと考えてみてもわからない。 「大丈夫ですか!」  叫び声をあげたのは看護師の若い女性。一体何が起きたのかと周囲に目を向けると私は病室の床に座り込んだ状態で、何故か水色の病衣の片袖をまくりあげていた。 「すみません。私の採血が下手で……」  必死に謝罪する声を聴きながら、ようやく思い出した。精密検査の為の採血の途中で気を失ったんだった。 「あ、あの、大丈夫ですから、気になさらないで下さ