無型で立つ😊
盛夫の朝の備忘録#193
おはようございます😄
目覚めて、私に必要なのは、実践と鍛錬なんだと感じる。
日常をどれだけ洗練していくか、日常が「全て」であり、人との交流が「自分」との距離なんだろうなと感じる。
良い意味で、「もういいか」とも思える。
目覚めて、自分の位置を明確に理解したような感覚がある。
ずっと前から氣付いていたのかもとしれない。
むしろ目を背けていたようにも思う。
色々なタイプの人達にお会いしたが、特質系の人達と会うと感じるのは、「あ〜、この人はそのように捉えているのか」と感じてしまう。
特に悪いわけではないが、だいぶ「強い」なと思ってしまう。
特質系タイプの人達は、総じて「何か」が強い。
でもそれは、鏡に映っている「私」であったのかもしれないと今朝感じた。
私が感じる感覚的なモノなので、説明は難しいが、色んな人達が世の中にはいる。
「特質系」と表現したのは、形容する言葉が他に思い浮かばないので、「特質系」としました。
良くも悪くも鏡の中の私は、カチカチに硬い。
共通するのは、特質系の人達全員が、本人は「自分は柔らかい」と思っていると感じていた。
しかし、今朝目覚めて感じたのは、それは「私」であり知識を得た状態のペーパードライバー的な私が写っているだけだと氣付いた。
型はないと言ってはいるが、私から観たら綺麗に型にはまっていたが、あれは型にハマった私だった。
特質系の人達は、不思議な事に言ってる事とやってる事の「矛盾」が存在している。
おそらく、私が「矛盾」しているから、啓示のような形で特質系の人達に出会うと、そうなるんだと氣付いた。
私の見方の問題であった。
感じ方は、人それぞれと言いますが、私の氣持ちの中に「驕り」や「慢心」がある事に氣付かされた。
何処かに、自分は「大丈夫だ」と思っていた。
確かに存在は「稀」かもしれません。
ですが「何か」に捉われ過ぎるとカチカチに硬くなってしまう。
私は、言葉に捉われていた。
言葉は、氣持ちを硬くする。
言葉は、氣持ちを軽くする。
言葉は、氣持ちを和らげる。
言葉は、氣持ちを重くする。
摩擦を産み、摩擦を減らすのも言葉だが、言葉にはあらゆる作用があり、使い方を洗練しないと氣付かぬうちにカチカチに硬くなってしまう。
私は、言葉に捉われ過ぎていた。
相手が構えるのは、私が構えているからであり、相手の氣を動かしているのは私であった。
私が構えて対峙しているから、そうなっただけのことだ。
だから特質系の人達は、私にそれを見せてくれてたのかもしれない。
「構えを解け」と教えてくれていたのだと氣付けました。
言葉ではなく、体現してくれていた。
ありがたい事です。
昨日、1人の友人が出来た。
とても良い時間が産まれ心穏やかな氣持ちになった。
人との出会いは良いものです。
まして友人と呼べる人が出来るのは嬉しいものです。
潮流のように流れ出会う。
何か変化の時期が来たと感じた。
構えを解き無型で立つ。
どこまで日常に活かせるかわかりませんが、そんな氣分の朝を味わっています。
體を氣持ちを解く。
なんだかよくわからないですが、実践と鍛錬の時期が来たと感じました。
面白い。
ワクワクします。
今日も顔晴ろう
最後まで読んで頂きありがとうございました😊
世界の平和を祈ります😊
日日是好日😊
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