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面白くもない飲み会にいて、もう手元に酒もなくて、端っこの席でぼうとしていた。もう閉店にもなるころ、手洗いのために席を立つと、突然に、隣の卓の女が、恐らくは手のついていない七味のかかったメンマが入った、小さい深皿を俺によこして、余ったので、食べてください、だとかなんとか、言ってよこしたが、俺はびっくりして、ひたすらに退けた。すると女は、「つまんなあい」といって、男二人がいる席に戻ったのだ。
俺は押し付けられたお笑いと、その勝手な評価に、腹立たしい気もしたが、なんだか痛快な気分もした。というのも、その女は、随分と顔が整っていたから、それはつまらない女に違いなかった。そういう女に、つまらないと言われるのは、なんだか、まるで文学的な気がしたのだ。女が戻っていった卓には、スーツを着た男と、もう一人の、もう身なりは覚えていない男がいて、俺が曇るからひたいにかけていた眼鏡をみて、眼鏡君、と言っていた。やめてやれよ、とにやけ顔にいう男に、俺は、今、脚色して強がるのでもなく、そのとき、そこにいた、まさにそのとき、腹も立てずに、なぜだか愉快な気分でいた。
俺は、面白くもない飲み会で、ろくにしゃべりもしなかったが、帰り道に、あの女の差し出したメンマを、平らげてしまえばよかった、と、こぼした。人たちは、そんなことしなくていい、あの人たちがおかしかったんだと、言ったが、俺は本当に、あの顔の整った女が差し出したメンマを平らげて、それで、あの女の顔が、俺が皿を退けた時よりも美しい表情をするのかを、確かめてみたかったのだ。

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