技術移転できない機関

概要

現在10兆円ファンドなど大学への資金注入が盛んに行われている。同様に大学発スタートアップや産学連携といった言葉も流行りに流行っている。しかし、この言葉はあくまで目標であり実際に意味のある形としての形態は整えられていない。
現在大学の知見は技術移転機関(TLO)と呼ばれる機関によって特許が作成されている。特許とは、研究者が出す論文などとはことなり技術を商業的に活用する際に模倣されないように財産を保有する目的がある。

図 2-1   研究から事業化に至る過程のモデル5
米国 AUTM(大学技術マネージャー 協会)は、特許を作る過程として「発明→技術評価→特許出願→マーケティング→ライセンス→製品開発→商業化(経済発展)→ さらなる研究開発→次の発明」という「技術移転のサイクル」モデルを説明に用いている(図 2-1 左)。
こうした特許を作る過程は論文の作成過程と異なり産業界で活用できる形となるまで基礎研究と技術開発や製品化の間にあるギャップがある。このギャップが「死の谷」(valley of death)である。これは、1998 年に米国下院科学委員会での報告「Unlocking Our Future」にて用いら れた表現である。(図 2-1 右)。
このギャップを超えるためには研究者と企業の連携が必要となるが、ここには課題がある。

3 安田聡子・隅藏康一「第 6 章 大学の知識生産と移転」表 1(鈴木潤・安田聡子・後藤晃(編)『変貌する日本のイノベーショ ン・システム』(有斐閣、2021 年)所収)をもとに作成。
4 その後、「死の谷」は様々な意味に転用されている。「死の谷」概念の出自やその利用上の留意点については次の文献が詳しい。 児玉文雄「大学院教育としての MOT」、『技術と経済(2003 年 12 月号)』  https://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/bbl050201_1.pdf
5 左:AUTMサイトの図より作成 (https://autm.net/AUTM/media/Surveys-Tools/Documents/FY20-Infographic.pdf )。

教授とビジネスマンの文化的差異による衝突がイノベーションを生み出す効果よりも大きい

教授の収入源である授業がない他に、ビジネスマンと文化的背景が違いすぎるため、話が通じ合わないという問題点がある。文化的差異は、清水によればイノベーションの源泉であるとされているが、実際には今、コンフリクションを引き起こす原因となっていると考えられる。これは、文化間の交流を目的とするのではなく、ある技術を商業化する目的で活動している上で、異文化がコミュニケーションの齟齬を生み出しているためである。すなわち、双方が日本語を話し、ビジネスをしているが、考え方に予想外の相違がありすぎて、その違いを受け入れることができていないのではないかという仮説がある。こうした差を埋めるための方法として、アメリカではコーディネーターという役職が設置され、大学と産業界の間を繋いでいる。これはドイツのフラウンホーファー協会に近い役割を果たしている。ドイツの産学連携形式は、産学連携の間に入って研究を支援する研究者による産学連携施設であり、VCとは異なる点が日本に向いていると考えられる。さらに、アメリカではバイドール法によって大学の知識を産業界が使いやすくするための法律整備が行われており、この法律の制定によって大学が自発的に特許の発行環境を整えた結果、資金的な余裕を得ている。しかし、一方で日本ではこの知識移転の体制だけを作ってしまったため、大学の意思がないまま事が進んでしまい、特許活用が行われていないという現状がある。

技術移転機関(Technology Licencing Office) の職員を大学教授は信用していない。

ビジネス界の人間を採用しすぎていて、指標が営業とおなじになっている。つまり、大学の機関(外部の場合もあるが)にもかかわらず利益を最大化することを目標にしてしまっている。企業では企業の利益の効率化ばかりになっていてアカデミア全体の効率化も測っているわけではないのである。そのため、大学の研究を無理くり特許にして企業に売り込むという過程を辿っており、目標であるところの大学の知見を社会に還元することはできていないのである。結果、TLOが研究者にとって信頼のできる存在とはなっていないのである。
運営者側は、単に案件の良否を審査 するだけはなく、生産的な助言を行い、議論を通じてより良いデザインを提示し、時には、開発責任者を精神 的にエンカレッジするような、“開発をハンズオンする” 思想に基づくものでなければならない。

参考 国立大学における起業支援:POC ファンド事業と大学ベンチャー 投資事業の運営(官民イノベーションプログラムを中心に)

大学教授は企業価値より研究価値を重視してしまう。

ビジネスマンと研究者の間に生じるギャップは、研究者の性向によっても生じている。研究者をビジネス志向性と研究志向性の二軸評価すると、ビジネス志向性が高い研究者は企業に入ってします。大学に所属している研究者は、企業ではなくアカデミアに残り続けた者であり、研究志向性がビジネスに比べて高いため、お金を儲けることであったり事業を存続させることに振り切るだけの偏ることはない。そのため、産学融合ではなく、産学連携によって研究室に対して、資金を流す仕組みが重要であり、スタートアップを大学の教授が作ることそのものは重要ではない。教授がスタートアップを運営するには、大学の外部に出ているくらいでないと時間がない。大学事務によって阻害される研究時間が減少するためである。

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