カルテの書き方(私信)

 病歴要約(サマリー)については内科学会がネットで指針を公表している。これは入院時カルテ作成の参考にもなろう。

 カルテの書き方についてもネットや本に多く見受けられるが、私なりにも書こうと思う。ダメ研修医による悪い見本を提示することが、当辛口記事(ブログ)の特徴である。

 もちろん私のストレス発散のために書くわけではない。カルテを軽視しているハイポ研修医が目に付くからである。カルテはただのメモや記録ではなく、公文書である。


基本はSOAP形式

 カルテ記載の勉強をした研修医、いや学生のうちに聞いたであろう。電子カルテによっては、わざわざS、O、A、Pでそれぞれ書く欄が設けられていることもある。カルテはSOAPで書かなければいけないわけではないし、小生はSOAP形式の場合とそうでない場合とを使い分けている。しかし初心者にはSOAP形式を推奨する。なぜなら、論理的で医学的な推論を展開しやすいからである。

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「悪い例」

血便あり。ジギタール陰性。バイタルサインに異常なし。下部消化管出血は否定できない。経過観察とする。

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 このようにわけのわからん、論理の飛躍したカルテが散見される。受験生の頃は数学の答案を書けていたはず、すなわち論理的に議論を展開・記述できたはずなのに。

 SOAP形式は「ちゃんと書く」形式であり記載が長くなりがちで、とどのつまり時間がかかる。普段忙しいから毎回そんなキッチリ書いてられない、というのは現実問題としてあるが、特に初期研修医のうちからSOAP形式で書く癖、すなわち論理的に臨床推論をする癖をつけるためにも、SOAPを意識していただきたい。逆に言えば、SOAPを意識していないと論理的・医学的思考が身につかず、他人が読んでも理解できないカルテを量産しかねない。

 さて上述した悪いカルテの修正例を以下に示す。

S:特に痛いところはない。大腸カメラはしたことがない。
O:赤色便が少量あり。入院後はじめて。ジギタール陰性。持続する出血はみられない。バイタルサインは~で平常通り。眼瞼結膜は~痔核は~(以下身体所見など)。
A:血便であり、下部消化管出血が考えられる。ただし現時点では出血少量で緊急性はないと考えられる。
P:現時点では経過観察とする。ただし下大腸内視鏡検査歴は無く70代でADL自立であり、大腸癌スクリーニングのため消化器内科に大腸内視鏡検査を依頼する。

 上記記載が完璧とは言わないが、これくらい記載者が患者の症状・所見について何を考え、どう結論付けたのかがわかる記事であれば良いかと思う。

 そもそもカルテに限らず文章というのは簡潔・明快・論理的に書くべきである(黒木)。自分しか見ない日記ならともかく、文章は他人が読んで理解できなければ意味がない。当然のことだが、カルテを自分用のメモか何かくらいにしか思っていないダメ研修医は少なくない。くどいようだが、こうならないようSOAP形式を意識し、簡潔・明快・論理的に記載する癖をつけていただきたいものだ。


 「これまでの経過を見れば明らかだから、書かなかった」と反論されたことがあるが、こちとら「明らかでない」からつっこんでいるのである。確かに、数学の答案で「三平方の定理から~」と書く時、三平方の定理を証明する必要はない。すべてを証明しだしたらキリがないので、定理(・公理)として自明のことを扱い、議論をむやみに複雑にしないようにしているのである。つまり本当に「明らか」であればよいのだが、実際には論理の飛躍というケースが多い。

 そもそも、「これまでの経過を見れば」という前提がおかしい。この主張は裏を返せば、「これまでの経過を見なければわからない」ということではないか。極めて不親切である。他人に労力を強いてはならない。特に縦社会において、初期研修医の分際で目上の人に対しそんな態度は無礼千万である。


ダメなSOAPの例

 矛盾するようだが、SOAP形式で書かれているのに支離滅裂なことがある。これはおそらく、SOAP形式を教わったもののS、O、A、Pはそれぞれ何なのか、どうしてSOAP形式が重要なのかを理解しないまま、ただ漫然と四か所にわけて記載をしているためと思われる。

 支離滅裂な理由が、医学的な解釈が根本的に誤っているからという場合がある。というか、ハイポ研修医はちゃんと勉強したり調べる癖がついていないのでEBMを無視した医療を展開してしまう。これはある意味何よりも大きな問題であるが、大きすぎて「問題外」であり「ちゃんと勉強しろや」としか言いようがなく、ここでは置いておく。

 以下、S~Pそれぞれの欄でよく見られる誤りなどを指摘する。

S

悪い例:「はい」「おはよう」「・・・」「(空欄)」

 確かに疾病があっても症状があるとは限らないし、訴えが大袈裟な人はいるし、意思疎通が困難・不可能な場合も多々ある。しかしだからといってはなから軽視する姿勢はいただけない。患者の訴えを聴くのは当然だろう。

 ある入院患者が連日嘔吐するというので呼ばれたことがある。これまで診た医者は経過観察やらなんやらで対応していた。しかしよくよく話を聴くと「腹がはって苦しいが、食事は残したら悪いし無理して食べていた」とのことであった。確かにカルテを見ると、高齢者には多いと思われる量の食事が出されていた。検査せずとも話を聴くだけで診断できる。過食・宿便である。念のために述べると、問診や記録から頭蓋内病変や腸閉塞はちゃんと否定しておいた。また、食事を減らし無理して食べないよう指導したところ、嘔気嘔吐は改善した。

 逆に症状を無視したために誤診に至ったケースを紹介しよう(以前にしたかも)。患者は右側が痛いと言っているのに、「画像上異変があるのは左側であり、これが原因だ」と診断したアホがいた。中学生でも「それおかしくないか」と言えように。

 確かに症状が「偽陽性・偽陰性」のためにミスリードされることがあるものの、検査前確率を上げられる情報のことも多く、また症状を含め総合的に考え診断するのは医者の見せ所といえよう。

 さて意思疎通・発語が困難な患者の場合、Sはどう書くか。諸説ないしこうすべき、というものがあるかもしれないが、小生は
S:(発語は無いが、下腹部を押すと顔をしかめる)
などと書き、空欄にしないようにしている。カルテで空欄とはすなわち、確認していないのと同じだからである。


O

 客観的所見・検査者のとった所見を記載するところである。さすがにここで的外れな記載をするケースは少ないので、気になる例をいくつか書く。

悪い例:「肺炎像あり」「炎症反応は前回より改善」

 何が悪いか。上記はすべて解釈、すなわちAに記載すべき内容である。ちゃんとかくなら、「右下肺野にすりガラス影あり」や「CRP 5.9 (入院時12.3) 」などである。細かいかもしれないが、初心者は癖をつけるためにも意識した方がよかろう。


A

 カルテの核である。SとOという情報から議論を展開する場であり、Pという結論への筋道を示す場である。しかし残念ながら、最初に示した「悪い例」のように、ここがおろそかなカルテをこれまでどんなに見てきたことか。思考過程のほとんど書かれていない数学の答案のようなものであり、点数はほとんどあげられない。

 酷いものだと、A(評価・解釈)の記載がなく、P(結論)だけというカルテがあった。答えが合っていようが、数学同様、これは0点である。

 Aとは医者が何を考えているかを述べる場であり、すなわちここがおろそかだと担当医が何を考えているか他の人はわからず大変困る。繰り返すが、カルテもとい文章は他人に自分の考えを理解させるためのものである。


P

 そろそろ疲れてきたので一つだけ。AとPを混同して書いている人がいるということ。場合によってはその方がわかりやすく、また書きやすいこともあるので小生もそうすることはある。ただし基本的にはAとPは別物であるから、別々に書くのが自然である。PはPlan、すなわち今後の方針を書くところであるが、Aで議論して出した結論を書くところでもある。というか、Pの欄にAの結論を書いておく方が読み手にとってわかりやすい。何度でも言うが、文章は他人が理解できてなんぼである。

 ちなみに小生は、

#(プロブレム)

S
O
A
P

という具合でカルテを構成することが多い。要は、最初に結論を書いてしまう。もちろん、PないしPの直前で改めて結論は書く。結論がいつまでたっても出てこないカルテは読んでいてイライラする。「結局何が言いたいんだこいつは」と思ってしまうのである。紹介状でも大抵初めに「~のお願い」と紹介理由を書くだろう。


入院時カルテの重要性について


 カルテの書き方とは話がずれるが、入院時カルテは重要であり特に気を付けて書いていただきたい。

・入院前と入院時の情報が凝集されている(はずと思って皆見る)
・現在の状態との比較対象となる(はずと思って皆見る)
・後でサマリーを書くのに重宝する

からである(三つ目は主目的ではないが、入院時カルテが情報不足だと後で本当に苦労する)。

 入院時カルテはカルテの中でも情報量が多く、退院サマリーと同様あるいはそれ以上に、後になってあらゆる人が目にするものである。退院後にまた入院したとなれば、その際に「前回の入院時はどうだったかな」と確認される。

 にもかかわらず、入院時のカルテを書き終える前に一部空欄にしたまま帰るバカがいて困るのである。それで「時間外の対応をお願いします。」なんて言われても無理である。極めて無責任で職務怠慢な行為だと思うのだが、いかがか。



 カルテはその患者に関わるスタッフ皆が見るものである。とにかくそう意識して記載されたい。

 さらに一般化して言えば、他人の立場で物事を考え、行動しなければならない。この意味がわからないという人は医者に向いていないと思うが、いかがか。


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