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~小さな夜の透間で~

こんにちは。今日は体調がいまいちなので占いを更新できませんでした。昼あたりまで寝たり起きたりを繰り返しながらも頭の中では「何か書きたい。書くことはないか・・」と探していました。

独り言のようなものを書きたい・・と思うようになったのは、きっとツイッターという大事な止まり木を失ってからだと思う。そこで残ったものは何か・・と考えると、やはり、書くこと、それだけだったのだな、と。そもそも私は独り言のように誰が見てくれるかなんて関係なく好き勝手に「星言葉」を吐き出していたにすぎなかった。それがいつの間にか(自分としては)ありえないほどの人が読んでくれる巨大な駅になっていた。全部失った・・と言っても過言ではない今、それでも尚残るものは、木の葉のように舞い散って冬になれば、その葉さえ姿が見えなくなるようなそんな「言葉」を目指したいという欲望に近い感覚だけだ。そして「手紙を届けるように」というコンセプトだけは未だに、廃墟の剥き出しになった鉄のようにそこにあり続ける。時々手紙を飛ばしては行く先を眺め続けている。ごくたまに戻ってきた手紙が美しく光ることがある。今までならそんなやりとりを月に何本も、一日中書いて一週間のうち休む日は一日程度だった。

泡のように消えた時間の中で、それでも尚残るもの。その姿はどんなものなのか・・私はここ数週間ずっと味わい続けてみた。占いの中で「寂寞」という言葉を最近多様している自分に気付いてはいたのだけれど、確かに今私がいるここは「寂寞の果ての世界」のような場所だ。個人的なことと、占いを混ぜているようではプロではない。いま私は「占いのプロ」という看板を下ろしている。だから私が個人的に見ている世界と、天体が示す世界とが混ざっていても許されると私は考えている。ただチャートの研究は欠かしてはいない。見ることが好きだから・という理由だけで。ただ興味は失いつつある。誰かの人生に「正しさ」を示し続けることに疲れていたのも事実だ。言葉と人の人生に踏み込むということ、縛り縛り付けられる関係にも容易くなってしまうから。それでも尚、残った「言葉」というのは何だろう・・ここからまた手紙を飛ばすことができるのかは定かではないけれども。まだ私は探している。毎日、心の嵐がおさまる隙間を垣間見ながら探し続けている。

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私が「書くこと」でお金を貰うようになってから15年以上が経った今、書いたものを整理し始めている。今はだいたい10年~7年前あたりを整理し続けているのだけれど、その中に時々「わーこれは完全に目が開いた状態で書いているな。いいな。」と思うものをいくつか見つけたので、ここで誰かが読んでくれたら嬉しいし、一時でも気持ちが楽になったり、広い景色が見渡せる場所を体感してもらえたら、そんな嬉しいことはない・・とたぶん10年前の私も言うだろうと勝手に解釈し、ここに載せてゆこうと思います。ペンネームも当時のままのものを記載します。最初は村上緋水、というペンネームを使っていて、最終的には、村上非水、になったので後者を今後は記載します。

ーStill Dancing /村上非水  2013.11.11-

ノスタルジーを含んだ空よ いつもでもそこにあっておくれよ

流れるへッドライト 雨に濡れた

海岸沿いのその急カーブを照らしておくれよ

突然風がまわり僕らは呆気にとられる

燈台守は言う

「Stii Dancing?」

そうだろいつだって僕らは 誰のものでもない時間を踊り続ける

そうだろいつだって僕らは 暗闇の中に美しさを見つける

そのためだけに踊り続ける

ノスタルジーを含んだ空よ いつまでもそこにあっておくれよ

恋人たちが笑いあう大観覧車 

チアパスの移動遊園地が何故か瞼の裏できらめき続けている

コーヒーショップのカウンター老いた男が腰掛ける

「コーヒーを一杯、とびきり甘いのを」

しゃがれた声すら忘れられず いつのことだかも想い出せないまま ディレイをかけた音のように鳴り止むことはない

突然風がまわって僕らはグラリと眩暈をおこす

老いた男は言う

「Still Dancing?」

あんたは今どこにいる・・そんなふうに唇を動かすシルエットは霞み男は消えてゆく

そうだろいつだって僕らは

暗闇を泳ぎまわり永遠を見つける

そのためだけに踊り続ける

Still Dancing   止めるな その動きを 

空を飛ぶ鳥によって真ん中が貫かれるまで 


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この頃からラビンドラナード・タゴール崇拝者だった私は、世界中のどんな民話にも神話にも、または小説にも「鳥」の存在があることを知っていた。天と地を結ぶものとしての象徴である「鳥」は「創作を現実化させる」象徴でもあるのだ。

タゴールの「迷い鳥たち」という詩集の中で、今でも私を惹きつけてやまない、というか、もはや目標のようになっている言葉がある。

ーあなたの音楽を、市場の中心に向かって、剣のごとく突き刺しなさいー

アウトサイダーでいたい気持ちを刺激する言葉(笑う)。いや、笑えないか・・

「鳥」の行方を創造することがある

いつも私の創造のなかにいる「鳥たち」は、雷に打たれて大地に叩き落とされるか、枯れ果てた街の片隅で涙を落としながら灰から蘇るか、自分が鳥自身である場合には鳥葬にふされるか・・

そういうものに美しさを感じる・・というただのイメージなのだろうけれど、このイメージというものはきっと自分が思うよりもずっと人生に影響を与えているのだろうとも思う

創造と現実が交差する瞬間をたぶん今わたしはリアルに体験している・・そう今朝ベッドで何度も寝返りを打ちながら明けてくる空を見ていた

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今日これを書くにあたって以前から大好きだった音楽をひたすら聴きながら書いていました。


“Bloom”

Open your mouth wide
大きく口を開けて

The universal sigh
どこにでもあるため息をつく

And while the ocean blooms
そしてその間に海が花開いて

It's what keeps me alive
私を生かし続ける

So why does it still hurt?
どうしてまだ傷つけるの?

Don't blow your mind with why
理由をつけて、あなたの考えを粗末にするなよ

I'm moving out of orbit
決められた軌道から外れていっている

Turning in somersaults
空中でこの身を翻す

A giant Turtle's eyes
巨大な亀の眼

And Jellyfish float by
そばでは、クラゲが浮いている

Radiohead "The King Of Limbs" 8thアルバムより



軌道から外れていっている 空中でこの身を翻す

翻ってみた世界は・・海の中の景色・・

この感覚にいつまでも痺れていたい自分がいる

冷たい水が身体の隅々まで浸されてゆくような 目が覚めるようなそういう朝を未来を 鳥のように身を翻しながら 反転した世界すら見つめてみたいと思う


古い曲だけれどアレンジされてさらに進化していました。ご紹介した曲「Bloom」は一曲目に収録されています。秋の昼過ぎに似合う曲だと思います。




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