本当にプルシャとプラクリティのはなし

それでね、さっきの記事の続きなんですけど、

あ、最終的にヨガ哲学の話なんですけどスピリチュアルな話もあって嫌な方もいるかもしれないので無理して読まなくて大丈夫です!!


その方が描いたおお~きな絵があって、それを見ているときにふと話しかけてくれたわけです。

これは、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫 の光を描いています、と。

(セキトウオウリョクセイランンシ!毎回覚えた!って思うんだけど今書こうと思ったら全然わかんなくてググってコピペした)


で、ここからどうやってその話に繋がったのかは忘れたんですけど笑、

みんな外側に光を求めがちだけど、自分が光だよって

神様とか宇宙とかからエネルギー(光)をもらいたいって思っている人たくさんいるけど、逆だよ、光が自分だよってことを言ってました。

うわあああああ~そうかああああ~~!!

ってなりました。

その時、神気と人気っていうスピリチュアルな本を読んでて(とある方から感想ヲ求ムと言われたので😂途中そっちの世界に浸りすぎて頭おかしくなるかと思った。笑)、

すごくおもしろかったんだけど、神気はやっぱり神?からエネルギーをもらうような、そこと繋がる的なイメージで書かれていたからちょっと違和感だったんだなって気づきました。(追記:でもこれって神様のところを本来の自分って考えたら納得がいく

で、え、じゃあ光が自分ですみたいな話って聞いたことあったのかな?と思ったら、


ヨガ哲学の基本中の基本でした。笑

プルシャとプラクリティってどんなのってなかなか言葉が浮かんでこないんですけど、、、

プルシャは本来の自分でいつも安定していて普遍的で

プラクリティは普段自分が自分だって思っている自分?みたいな感じかなあ(え?笑

悲しいな~辛いな~嬉しいな~痛いな~とか思っている感じてるのが自分って思いがちだけど、

そう思っている感じているということは、ものごとや気持ちを客観視できているということであって

客観視しているのが本来の自分ですって感じです。

(ですって感じです!ってなんかかわいい響きだな。笑)

だから、どんなにつらいことがあっても「本来の自分」は大丈夫なんです。

意識を呼吸(命)に向けて色々外のものを取り払ってゆっくり本来の自分に戻っていきましょうってのがヨガだと私は思ってて、私はその感じが心地よくて大好きなのです。

わ~言葉にするのはとても難しいですねっ。


これヨガ哲学の講座で勉強しているし本も読んでるんですけど、

全然自分の中に落とし込まれてなかったのかなあ~。

どんなタイミングで、どんな空間で、どんな人に、どんな風に、話を聴くかで全然感じ方が違う!


ちなみに、プルシャ(本来の自分)を感じられるのってヨガ以外にも何かに夢中になっているときとかにたくさんあると思うんですけど、

ヨガだと呼吸が深まってきたあとや、シャバーサナだと思います。

自分の内側と外側がなくなるような、まさに内と外が「融合=yoga」している感覚。

シャバーサナってヨガで一番大事なポーズなのに

自分だけでヨガをやると私は短くなってしまいがちなんですよね。。

だからきっと「えーーーー!!!初めて聞いたーーーーー!」みたいになった。笑

自分のシャバーサナも大事にしよう☺*


自分の気づきのためにここに書きましたが、あくまで私の主観。

ヨガの時は細かいことは考えずにただただ呼吸を深めて気持ちよくなりたいですね!

明日からオンラインヨガ再開!楽しみ~♡