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Code No.1 Stray Cat

仕事用というより日常用、という感じの雑に着こなしたペラペラのスーツ。
伸び切った髪の毛をオールバックにして固めて、骨格の良い身体を猫背でいつも丸くしている。いつも不機嫌そうに口を歪め、休憩時間になると喫煙所で同僚と愚痴を言い合う。社内の権力者やお局的な女性には愛想よく振る舞いながら、ひとたび目の前からその人たちがいなくなると、威圧的な人を寄せ付けないオーラを放つ。

一見すると私とは無縁に思えるような野蛮さを感じる。それなのにふと目が合った時の射抜くような瞳にぐっときてしまって、彼には何かあるに違いないという気がして、彼を観察する日々が始まった。

よく見ると机の上のものは作業効率を考えて、無駄なく整理され、キーボードをたたくその指は細く長く綺麗だった。

料理を運ぶ店員さんや集荷にくる宅配業者の方に対して、社内の誰よりも丁寧に接していた。

PCのセットアップがうまくいかなくて困っているとすぐに気付いて助け舟を出してくれるし、私が買ったばかりのIDカードケースが壊れて途方に暮れていると、「ちょっと貸してみて」と言って無言で直して渡してくれた。ちなみに、そのカードケースはいまだに私の宝物だ。

かつて販売員だったせい、と後に彼は言っていたけれど、こんなに周囲にアンテナを張りめぐらせて、迅速に状況に応じた行動を起こせる人を見たことがなかった。

けれど、何人かで行くランチで同じテーブルになっても、私がまるで存在しないかのように、目も合わせてくれない。みんなの会話にも一切入らず、黙々とスマホゲームで遊んでいた。ただ、そうしていても嫌われないような立ち位置にいるのも彼は得意だった。

その真面目さと不真面目さ、繊細さと大胆さのちぐはぐの裏側にあるものが知りたくて、また、鉄壁に見える鎧のなかに垣間見える暗くて柔らかいものに触れてみたくて、私は、怯える野良猫と仲良くなるような気持ちで、少しずつ距離を詰めた。

仲良くなってくると、途端に彼は饒舌になった。特に仕事観について話すときはどんどん言葉があふれてきて、最初は優しかったのに、私の仕事のやり方についてもたくさんダメ出しするようになった。

「もっとできたはずだと思うことはとんだ思い上がり」
「いかに力をセーブしながら求められている成果を出すかが大事」
「出世は試験で決まるんじゃなくてその前の根回しで決まる」

今も心のメモに書き留めていることがたくさんある。時に傷つくようなこともたくさん言われたけれど、その当時の私に必要な言葉だった。

近くにいるとビリビリしびれるような、今まで感じたことのない感情が沸き上がってきたけれど、それは恋愛感情とは違うものだったと思う。少なくとも最初のうちは。

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