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傾く部屋にはたぶん住まない方がいい
その部屋には最初から違和感がありました。
床が少し柔らかくて、しかも僅かな傾きを感じるのです。
ビー玉を転がしたことはないけれど、部屋を歩き回ると、立ちくらみかな?と感じるような、くらっとする感覚が残りました。
そんな傾く部屋に住んだあの頃の、本当にあった怖い話をします。いや、怖い話のさわりだけ、ちょっぴり、綴らせてください。
実はここに住んでいた人は・・・
「ここに住んでいた人の1人は、2階のワンルームに引っ越したんですよ」
「え、なんでですか?」
「同棲してたらしいんですけど、別れたんだそうです。別れても同じマンションに越したいくらい気に入ってる人がいるってことですよ。」
とても魅力的な物件だとでも言うようにそんな雑談を得意げに話す不動産会社の担当者。
これから結婚を前提に2人で暮らすカップルにとっては不吉以外の何者でもありません。
私たちは返す言葉がありませんでした。
しかもその部屋は、入った瞬間、僅かな傾きを感じる不思議な空間です。もしかして呪われている可能性すらあったかもしれません。
それなのに、深く考えずに、この家にしようと決めてしまったのは、たぶん疲れていたし、焦っていたから。
間取りも家賃も立地も全てがちょうどよかったし、何回も物件を見て回る時間もなかったのです。当時、仕事もプライベートも決めなければいけないことは他にもたくさんありました。
けれどタイトルからも想像できる通り、そこから2年とたたないうちに、私たちの関係は壊れてしまいました。
その傾きの呪いのせいかどうかはもちろんわからないけれど。というか絶対違うけれど。
むしろ、無理をして走り続けていたその時が、私たちの傾きの始まりだったのかもしれません。
逃げられない夜と立ち上がれない昼
その傾きについて考える時、思い出す瞬間が2つあります。
1つ目は夜。
ああ、今日も帰ってこないなーという夜。
何で帰ってこないのか、気付いているのに気付かないふりをして。片付ける気力も湧かない散らかった部屋でベッドに潜り込むものの、壁という壁が迫ってきて、襲われているような、家にいるのに全く安心できない気持ちに苛まれていました。
家だけが唯一の癒しスポットだったはずなのに。
ここから新しい人生が始まるはずだったのに。
もう全部おしまいかもしれない。
足元の地面が崩れ落ちていくようなその時の状況を、傾く床が象徴しているように感じました。
地震が来た時に感じる恐怖に近いかもしれません。
こんな気持ちになるくらいだったら、もう何もいらない、だから助けて、と一人でぐるぐるぐるぐると考えていました。
2つ目は昼。
数週間ぶりに部屋の鍵を開けた時。
埃っぽいその部屋の空気はどんよりと濁っているみたいで、柔らかい床は、住んでいた頃より傾き、歪んでいるように思えました。
荷造りをしないといけない。
でも動けない。
立ち上がると頭がぐわんぐわんと揺さぶられるような感覚になり、気持ちが悪くて、一つの段ボールを梱包するのもとても時間がかかりました。
私自身の体調不良による目眩なのか、傾きからくる違和感なのか、もう判断がつかなくて、何かを終わりにするってこんなに体力が必要なんだな、と思いました。
その部屋を出てから、街の空気も全部よどんでいるような気がして、引っ越した後は、2年ほど、そのマンションどころか、その街を訪れることができませんでした。
自分でも驚くのですが、久しぶりにその街を散歩した時、私はもう家の場所を思い出すことができませんでした。
その一個前の、一人暮らししていた方のマンションの場所はよく覚えているのに、あの傾いた部屋はどこにあったのか、どんな名前のマンションだったのか、本当に思い出せないんです。
もしかしたら、そんな家はなかったのかもしれません。そんなわけないけれども。
傾かない、安らかな住処
「もう部屋の鍵あるけど、くる?」
季節は冬。
今はもうモノで溢れた、白くて丸くて低いかまくらみたいなその部屋に、まだ何の荷物も運び込まれていなかった時のこと。
なんでそうなったのかは全然わからないけれど、男女4人で朝まで飲み会をしたことがあります。
飲みに行く場所がなかった時に私が提案したんだと思います。
キッチンはあるけど鍋も食器もなくて、だけどエアコンが稼働しているおかげで、辛うじて寒さを凌ぐことができました。出前したピザかなんかを食べて、缶チューハイを飲んで、どうでもいいことを話しました。座布団もないからすぐ体が痛くなって、ひどく居心地の悪い場所でした。
ただ、その非日常感に高揚して、ああ、ここでまた、自由で楽しい毎日を過ごすんだとわくわくしている自分もいました。
落ち着いた街並み、どこにでもすぐに飛んでいけるようなアクセスの良さ、静かで清潔な空間。
みんなが帰った後、片付けをしながら、しばらくぼーっとこれからのことを考えていました。
逃げ場がないと思っていたあの部屋からやっと脱出できたんだなぁと感慨深い思いでした。
それから数年。
安らかに過ごせる場所を自分でお金を払って確保できることはとても幸せなことだなと改めて思います。
孤独と自由は背中合わせで、時々、これでいいのかなと思うこともあるけれど、あの傾いた部屋で過ごした絶望的な時間を思うと、ずっとマシというか、今が最高なんじゃないかとすら思います。
そして、あの傾いた部屋を怪談みたいに話したくなるくらいには、貴重な経験として「過去」にできてるんだなーと。
どうか皆様におかれましては
傾いた部屋を見つけたら、その小さな違和感を見逃さず、より良い選択肢を諦めずに見つけてください。
けれどたとえその傾きに吸い寄せられて立ち上がれなくなっても、いつかは何とかなるものなんだってことも同時にお伝えしておきたいと思います。
※イメージに使っている画像は私が住んでいる場所と全く関係ないのであらかじめご了承ください。
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