効率化と無駄のバランス

最近はコスパと言ってありとあらゆる事の効率化を図るケースが多くなっている気がする。しかし効率化を極めていくと人生がとてもつまらないものになっていく可能性があるので注意が必要だ。

例えば、家に住む時も固定消費が多くなるのでできるだけ安い家に住もうとする。会食が高いので家で料理をする。必要か分からないので効率化できないかわからないものは買わない。などいろいろある。

確かに効率化をすることはとても重要である。ただし効率化を極めすぎるとどつぼにはまると言うことである。個人的な感覚としては8割が効率化しても良いが2割は無駄なものを意識的に入れてみることが良いのではないかと考える。

最近面白かったのが私はルンバを購入した。何故かと言うとルンバは自分が手間をかけなくても自動で掃除をしてくれるからだ。しかもタイマーをかければ勝手に動き出して勝手に終わると言う優れものだ。しかし僕にはなかった。何故かと言うとカーテンや絨毯があるのでそこで引っかかってたまに動かなくなるからだ。もちろんルンバに最適なレイアウトにすれば1番良いのであるが家庭の事情でなかなか難しい。

そんな時に購入したのがダイソンだ。これが当たりだった。なぜならばダイソンはコードレスだからだ。一般的な掃除機はコードがあり部屋の間を移動するには電源ケーブル差し替えなければなかった。これが私にとってのボトルネックだった。

このボトルネックを解消すれば掃除機の手間があまりかからないのだ。むしろダイソンは細かいほこりや隅々まで掃除ができる柔軟性を持ち合わせている設計のため意外と掃除が面白い。しかもすぐに掃除が終わる。

私はここから言いたい事は、自動化効率化を求めすぎてルンバを購入したが私にはなかった。しかしルンバがありながらダイソンを買うのは無駄だが、ダイソンを買ってみたらとても効率化になった。これは新しく無駄を試してみないとわからない試みであると思う。

一見すると無駄であるがその無駄をやってみたら実は効率化だったと言う二重構造なっている。これが本当の効率化と言うものじゃないかと僕は考えている。

全体的に見れば最適化や効率化されているのだが、ポイントを見ると無駄になっている。このようなことが効率化と無駄のバランスだと私は考えている。したがって無駄だと思えるものも試してみると本当に必要な効率性が見えてくるのではないかなぁと言うふうに僕は思っている。

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