1.

大きな人だった。

名前にも"大"という字が入っていた。
身長も高く体格も手も大きかった。
彼の骨格はつい見惚れちゃうほど美しかった。

あんなにも大好きで夢中になった人は初めてだった。

未練はない。
合わなかった部分も多かったと、今ならわかるから。

ただ、幸せでいてほしい。
できるだけ嫌なことや辛い目に合わず美味しいものをお腹いっぱい食べて良い上司や仲間に恵まれていてほしい。
無邪気で可愛いらしい子と幸せになってほしい。
きっとお似合いだから。
彼の人当たりの良さや明るさ、誠実さがあれば私が願わずともきっとそうなるだろう。

彼の名前はその人柄にとてもぴったりで、
私は彼の名前が大好きだった。
手でなぞりたくなるくらい素敵な名前。
彼の名前に使われている"聖"という漢字の響きが好きだった。
子どもにつけたい漢字No.1
もし本当につけたら由来は旦那にも子どもにも言わずに墓場まで持って行かねばならないが。
 
あの頃と同じように好きになることはもうないが
人を大好きになる事を教えてくれた大切な人であることにはこの先も変わらない。
感謝と愛でいっぱいだ。
そして申し訳なさも。

彼に別れを切り出させた。
切り出すまで彼は私のことを懸命に愛そうとしてくれていた。だけどできなかった。
それは決して彼の気持ちが軽薄だったわけではない。
私がそうさせてしまったのだ。
だから申し訳ない。

あの時の私はとにかく不安定だった。
将来にも周りの人との関係にも不安を常に感じ
社会に憤りを感じ
怒りと悲しみや虚しさで常に心が満杯で
時間も体力も余裕もないのに
答えの出ないどうしようもないことたちが、
わずかな隙を見つけて私の頭の中に入り込んできた。

不安定で感情的な私を好きでい続けるのは
楽しく生きていたい大学生の男の子には至難だ。

あの頃の私が間違っていたわけではない。
将来に、社会に、自分自身に悩み不安を抱える時期は誰だってある。

世の中を知る度に自分の無知さを気づかされ
自分で自分の感情も体調もコントロールしきれずどんどん弱くなっていくことが怖かったし、不安だった。

だから自分に自信がなくなっていく。
自分を持っているとこが良い。好き。と私を褒めてくれたことがあった。
それは彼にとっては褒め言葉。
だけど私にとっては強くいなければという呪縛。

強いだけじゃない。
むしろ強がっているばかりの
弱い部分がたくさんある私を受け入れてほしかった。

そういう人もいるよね。
悩んじゃう時だってあるよね。

それだけで良かった。
ただそんな私を受け入れてくれさえすれば。
話だって、そっかそっかって聞いているフリさえしてくれていたらよかった。

現実は悩んでる事自体が間違っているかのように否定してくる彼。
悲しいを通り越して苛立つ私。

それでも悲しい顔を見たくなくて怒れなかった。
常に笑顔でいてほしかったから彼を傷つけたくなかった。

悩む私が間違ってることにすればいい。
そう思っても、悩みも不安も収まることはなかった。
むしろ自分の気持ちをないがしろにされている事に、彼の愛情すら信じられなくなっていた。

楽しい日にしようと会いにいったはずなのに
気がついたら自分の考えを捲し立てているか
不安に襲われ泣き出すか。

悲しませたくないのに自分の感情を抑えるほどの余裕はもうなく、改まって冷静に伝える気力も喧嘩する気力ももうなかった。

全てに疲れきっていた。

結局彼に中途半端に嫌な思いをさせつづけただけ。

彼の中にあった純粋な好きをじわじわと蝕んでいったのは私。

人生に悩み不安に駆られ焦っていた私と
最後の学生生活を存分に楽しもうとしていた彼

タイミングが悪かった
価値観が合わなかった
気持ちの重さが違った
言いたいことが冷静に言い合えなかった

別れた理由はなんでも当てはまる

でも正直

あの時の私の状態でどうしたらよかったのか
今も見当もつかない。
だから別れるべくして別れたと思っておく。

よく何事も経験だ。とか
失敗は成功のもと。だとか言うけれど

失敗なんてしたくないし嫌な経験なんてしたくない。
良い経験になったとしてそれは失敗してしまったあとの結果論でしかない。
失敗した自分を救う言い訳だ。

この経験が次の恋愛に生かせたというと


全くそんな事はなかった。


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