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大きな声で歌いながら自転車を漕ぐ小学生たちとぼく

地元のスーパーへ寄り道。
春も本格的に始まって今日はとっても美しい陽気であった。綺麗な桜も散ってしまったが、心穏やかに過ごすにはぴったりな一日だったと思う。

だけど今日は何故か心の中は憂鬱だった…。
時折感じる得体のしれない不安なのか?ただの自分の妄想のせいなのだろうか?こんな陽気に似つかないネガティブな自分に少々嫌気が差していた。

スーパーの駐車場に車を止めて
ふぅ~っと大きなため息。しばらくこうしていたいそう思ったから、窓を開けて少しシートを倒した。
そんな時ハツラツとした調子が外れた様な歌声が聞こえてくる。

「ハハハ蛍の光か…。また何でそんな選曲を」

堪らず声の方へと視線を向けると、小さな子犬の様な男の子たちがスーパーの駐車場へ入って来る。

「今日は俺がお菓子を決める番ねー!」
「ええーまたチョコ買うじゃん!?」
「ガムが食べたいのにー」

と大きな声で楽しそうな様子。
そんな姿もすーっと店内に消えていった。
ようやく身体を起こして僕も店内に向かうことにした。
すれ違う大人達は忙しなく歩いている。

うつむき加減に歩く人、静かに自分の世界に入り考え込む人、口を一文に結んで歩く人。
僕はどう写ったかわからないが、恐らくかったるそうな様子に見えただろうな。

店内に入ろうとした時、先程の子どもたちとすれ違う。
キャッキャと嬉しそうに踊りだしそうに身体を大げさに振り回しながら出てくる子どもたち。
買い物袋をそれぞれ抱えて何処へ向かう予定なのだろう?
誰かの家へ遊びに行く途中なのだろうか?それともちょっとした冒険にでも出かけるのだろうか?

「あーあ子供って良いよなぁー」

そんな声が外まで聞こえたせいで、すれ違ったおばさんは少し不審そうに僕をちらっと見た。

見るもの全てが楽しく映ったあの頃
ただの道路も、寂れた街道も、用水路の水の流れも全てが未知の存在の様に思えていたあの日。

「この知らない道の先には、見たことがない不思議な世界が広がっているハズ。僕はその世界へ足を踏み入れた時、自分の世界が広がっていくんだ」

と本気で信じたあの日。
足がパンパンになる程漕いだ自転車のペダルも、視界を奪われそうな大きなヘルメットも、その全てが未知の世界へと向かうために必要な条件であり、その苦労を超える感動があるはずなのだと僕は信じてただ先を進んでいた。

彼らもまたその未知なるものに胸を高鳴らせて自転車を漕いで行くのだろうか?そうしている内にその背中は僕の視界から消えていた。

店内で適当に食材を籠にぶち込んで
ふと目の前に影が写ったので足を止めた。

ナイキのスニーカーにナイキのスウェット、カニエ・ウエストのTシャツにMA-1を羽織るという季節外れな男の姿。
そんな姿をマジマジと見つめている内に、なんだか全てがバカらしく思えてきた。

こんな陽気にこんな格好をしていたからだろうか?
欲しいのか分からないものをただ詰め込んでいた自分のせいなのだろうか?いや、こんな時に限って憂鬱な自分自身に猛烈に腹がたったからだ…。

なんだかいてもたってもいられなくなり
僕は全てのものを棚に戻しに行った。なんともはた迷惑な客だろうか?でも今の僕にはどうでもいい。寧ろこんな自分なんて一秒たりとも耐えられないからだ。

そうして僕はチョコベビージャンボとぶどうガムを籠に投げ入れて、僕はレジに向かった。
こんな大の大人がお菓子2つ買うためにスーパーに行くなんて…。でもそんな事知ったことが!?今の僕にはどうでもいい!

僕は外に出て大きく息を吸った。そして身体に溜まった悪いものを全て吐き出して車に乗り込む。
窓は全開、スピードを上げてみた。
大きな声で蛍の光を歌って、恥ずかしさなんてもう店内に捨ててきたんだ。歌に夢中になり途中信号に捕まった時、隣のおじさんと目があってふと我に帰った…。

ぐーーーーーーーっとお腹の内側から何かが溢れて
パーーーーンとそれが弾け飛んだ。
それと同時に理由も分からない位におかしくなって
ゲラゲラとお腹を抱えて笑ってしまった。


なーんだ。何が憂鬱だよ。
なんて事はないじゃんか。バカバカしい
そう思った瞬間もう止まらない。チョコベビーを片手にほうりこむと一気にむせてしまった。苦しいけどおかしくて
どんどん止まらなくなる。


今までの自分のバカタレー
何が不安だよ?勝手に落ち込んでいやがって
おかしと歌とでおかしくなりやがってさ…。
もうどうでもいいや、このあとの作業なんて知るか?
何が責任感だよ?何が大人だよバカタレ。
自分自身で大人になった気でいて、何一つ大人にすらなれてないじゃんか!?それなのに大人のおままごと!?
笑いが止まらない。滑稽過ぎておかしくて
どんどん車は進んでいった。一つ門を曲がって、交差点を無差別に曲がっていつしか知らない道に出ていた。どうにでもなればいいじゃないか?僕はそんな事も忘れてたのかよ!?どうでもいいものにうつつを抜かしている間に僕は忘れていたじゃないか?

あの時の気持ちを。あの時の純粋さを。
僕は覆い隠していた全ての偽りを拭い去るように
只管走らせた。風がビュンビュンと入って来て、少し肌寒けど絶対に窓は閉めなかった。自転車で坂道を駆け抜けたあの頃の様に僕は風になりたかった。ただ只管風に同化し、風に飲み込んで欲しかった。

辺りがオレンジに染まった時
僕の住む小さな街を見渡せる丘に出ていた。

「まいったなぁ一体ここは何処だろう…」

だけどそんな景色も徐々に夕闇に溶け込んで行くようで
僕はずっとそれを眺めていた。静かにゆっくりと闇に溶けて行く感じ。思えばそんな時間が最も好きだったのかもしれない。友達の家の帰り道、運動会の帰り道、クラブ活動の後の帰り道かな?いや…皆で川に遊びに行った帰り道かもしれない。僕の姿ももうじき闇に溶けて無くなるだろう。でももう少し、暫くこうしていたかった…。


一気に口に含んだぶどうガム
大きな風船を作ってパーンと自然に割れた。
その合図とともに、僕の視界は闇に囚われていた。

「流石にもう帰ろうか…」
「いや…もう少しこうしていよう…」

この風の匂いも、肌寒さも、草の音も、何処かで聞こえる車のクラクションも心の刻んでおきたかったから。


ただ只管僕は立ち尽くした

あのとき未知の世界に初めて飛び込んだ時の様に
僕はずーっとその場を離れなかった


ん?

何処かで声が聞こえた気がする


「明日もここに来ようぜ!?」
「今度は大きなポテチの袋を大量に持ち込むんだ!」


さぁ僕もそろそろ帰ろうか…


そうそう今度は大きなポテチの袋を持ってくるんだ


どうやって来たのか?分からないこの未知の世界へと…


さぁこのからっけつの愛車をどうしようか…。

近くにスタンドがあればいいのだけれど…。

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