大阪コミックシティ 鋼の錬金術師 「神になれず、人になった」

シティに出すつもりで本を作りましたが、文庫でなく A5で二段にすればよかったとか、誤字も変換間違いも見つけて、次回のイベントでと思って今回、サイト、ぴましぶにUpすることにしました。



真理の扉は時として考えられない誤作動を起こしてしまうことがある、気まぐれなのか、誰かが介入したのか分からない、だが、実際に、それは起こってしまった。
 時間を巻き戻す事はできない、元通りにしてなかったことにすることもだ。
 だから、こんな事が起きてしまったのだと説明されても彼女にはわからない。
 カート付きのキャリーケースには数日分の下着とシャツ、手帳やメモ、現金、最低限利者しか入っていない。
 海外旅行に出掛けるつもりだったのだ、だが一人だと不安なので飛行機やバスのチケットホテルだけ、後は自由に観光できるフリープランを申し込んでいた。
 憧れのパリ、フランス旅行だったが、地下鉄に乗ろうとして路線を間違えて乗ってしまったのは電車から降りようとしたときだ、感じたのは大きな揺れだ。
 同時に人々の悲鳴も、揺れは続き、何かが壊れるような、まるで爆発するような音、熱い空気が感じられた。
 それは地下鉄の事故だ。
 最初はテロ、爆発マニアの悪戯かと言われたが、あまりにも被害が大きすぎた、病院に運ばれた生存者もいたが。
 だが、数時間後、いや数日後には。
 
 そこは地下なのか暗い場所だ、木桜美夜、パリ旅行の筈が全然知らない場所に来てしまいました。
 まるで、異世界トリップのような展開になった彼女がパニックになったのも無理はなかった。

 オペラ座の地下を彷彿とさせるなあと思ってしまった。
 完全な暗闇ではないのは幸いだが、それでも足元は危なっかしい、キャリーカートを引きずりながら歩いていると思わず足が止まったのは黒い塊が見えたからだ。
 土や岩の塊ではない、人間だと気づいたのは声だ、それも獣のような苦しんでいるような声が聞こえたからだ。
 普通なら、こんな場合は用心して近づかないのが正解だろう。
 だが、本当に苦しんでいたら、しかも今はトイレから無事に脱出できたと思ったら周りは暗くて、地下のようなひんやりとした空気で、別世界だ。
 理性と頭が働いていなかったのかもしれない。
 大丈夫ですかと声をかけて近づいたのだ。
 苦しそうな息づかい、具合が悪いのかもしれない、バッグからペットボトルの水を出して飲ませようとした。
 そのとき、音がした、生き物の声かもしれないと周りを見回した。
 薄暗い自分の周りに風が吹いた気がした、それだけではない、匂いが感じられた。
 それは生き物の生臭い匂いだ、食べたものを腹の中から吐き出したような匂いだ、ここから逃げたい。
 そう思って倒れていた相手に声をかけた。
 
 ここから出ようと声に答える気力もなかったが、このままではいずれ死ぬだろう、いや、消滅する、そうなれば永久に、復活することも叶わない。
 神になることができなかった、なり損ないの命はいずれ消えてしまう、時間がたてば再生することもできなくになる、哀れなものだ。
 それなのに誰かが自分に手を伸ばし、声をかけている。
 目を開けて相手を見ようとしたが、周りが薄暗く、自分の目がどうにかなっているのか、よく見えない。
 なのに自分の手を掴む感触が感じられた、不思議なものだ。
 問いかける声に体を起こそうとした、すぐに立つことはできない。
 手が触れる腕に、背中に、そして歩き出した。
 
 「明るい、もうすぐ外です」
 はっきりと聞こえる声に尋ねずにはいられなかった、おまえは誰だと、自分を助けようとする人間は、この世界には誰もいない筈だ、なのに自分の隣にいる、この人間は、どこから来た 、一体何者だ。
 声をかけられて、初めて応えたが、それは自分でも驚く程、情け無い声だ。
 
 この人、病気かもしれない、顔色もよくないし、病院に行って医者に診てもらったほうがよくないだろうかと思ったが、病院がどこにあるのかわからない。
 暗い地下から外に出ると周りは荒れた荒野のような場所だった、だが、人がいないわけではない。
 自分よりも背の高い男性と腕を組んで歩くのは簡単ではなかった、時折、ふらつくような足取りになっていたが、携帯食として買いだめしていたショートブレッドとペットボトルの水を食べて飲んで少しは元気になったみたいだが、ちゃんとした食事と睡眠が必要だ、地下の、あんなところで寝ていたらよくない。

 男が尋ねた。
 「助けてくれても、何もできん、何を求める、対価に」
 その言葉に思わず、はあっとなってしまった、確かに、お人好しの所業だ、放っておいて、見ないふりをすれば良かったのだ、だが、それをすると、どうなのよって思ってしまう。
 外国では親切心を出して人助けをしたら反対に酷い目に遭ったという話を聞く。
 だが、ここが外国だとしても行き倒れていた人を見ないふりというのは正直、後悔するというか、寝覚めが悪い。
 それに見た事もない場所で一人というのは心細い、この状況では頭が回らず考えられない、赤の他人でも隣に誰かいて話しかけたら答えてくれるというのは、内心ほっとするのだ。
 
 この女は何者だ、わからないのは何故、あの地下にいたのか、どこから来たのだろう、少し前に自分は真理の扉を開こうとした、だが、失敗したのだ、爆発が起こったのだ。
 終わりだと思ってしまった、生きていることが不思議だった。
 「海外旅行の途中だったの、でも知らない間に、こんなところに来て、さっぱり分からないけど、街へ行きたいわ、地図とか、手に入れたいし」
 女の言葉を聞きながら、自分がどうしたいのか男はわからなかった。
 数日かけて、歩いて汽車に乗り、たどりついたのはセントラルという街だった。

 「気分はどう」
 「心配ない、随分とよくなった」
 全然、大丈夫じゃないでしょと言いたいが、言葉には出さなかった、ここに来るまでに手持ちの金は殆ど使い果たしてしまった。
 道ばたで持っている物を売ったのだ。
 外国のものというだけで珍しいのか、札や硬貨、服にアクセサリー、筆記具のペンや、お守り袋、持っていたスケッチブックで絵を描くと売れたのは驚きだった。

 持病はない、最初の頃より、随分とよくなったと本人はいう、三日ほどは安宿を見つけて泊まったが、昨日から外で野宿をしている。
 夜でも暖かいのは助かった、これが寒い国だったら凍死、死体は放置されていたのかもしれないのだ。
 医者に診て貰おう、顔色もよくなって最初の頃より足取りもしっかりしてきた、だが、公園の広場の片隅でテントを貼ってのキャンプ生活だっ
て長くは続けられない、楽しいと思えるのは最初のうちだけだ。
 
 「ちょっと出掛けてくるわ、街の案内所、知りたいこともあるし、夕飯はサンドイッチでいい、ベーグルとか」
 テントから出ようとすると呼び止められた、気をつけて行けと言われて驚いた。
 「暇なら、本、読む、日本語は読めるかな」
 鞄の中から本を取り出して渡すと男は読めると呟いた。
 テントの中が静かになると男はゆっくりと外に出た、最初の時は不安があった、もし錬金術師達が自分の存在を知れば見過ごすような事はしないだろう、殺しに来るかもしれないと思ったからだ。
 あの地下にいたときは死んでも良いと思っていたのに、不思議だと思ってしまう。
 もしかして生に執着しているのだろうかと思ってしまった。
 
 医者に診せようと思った、汽車に乗って歩いて、ここに来るまでは、それほどでもなかったのだ、だが、街へ着いてからは男の様子がおかしいと感じていた。
 口数は少なくなり、話しかけても上の空で、具合が悪いのかと聞いても大丈夫だという。
 見知らぬ土地で、どこに病院があるのかわかららない。
 街の案内所などあれば教えてくれるのかもしれない、だが、先立つもの、金は残り少ない。
 自分が直接、病院、医者に看てほしいと頼んでも外国人だから怪訝な顔をされるかもしれない。
 日本でもテレビやネットでニュースになっていたのだ。
 持っていたものを売って通貨を手に入れる事ができたのが幸いだ、それに言葉が通じるのもほっとした。
 だが、ここは外国、知らない土地だ、自分の連れは金髪で青めのオヤジだ、アジア、日本人の自分が、アメリカ、ヨーロッパに来てしまった、
そんな感じだ。
 悪徳医者なら足下をみられてぼったくられてしまうこともあるだろう、正直、迷っていた。
 「先生、ありがとうございます」
 思わず足を止めて、声のした方を見ると母親らしき女性と子供が男性に頭を下げている。
 目が思わず釘付けになった、離れているから会話は聞き取れない、もしかしてと思って急いで女に近づき尋ねた。

 お医者さんですよという女の言葉に、礼を言って男の後を追いかけた。
 だが、具合の悪い人がいると、いきなり街中で知らない人間が話しかけて大丈夫だろうか。
 子供が病気になって親身になって看てくれる、優しい先生ですよ、女性の言葉を思い出し、こうなったら当たって砕けろだ、声をかけようと思った。
 ところが、広い通りに出たところで、大柄な男が男性に近づいて一緒に歩き出したのだ。
 知り合いらしく話しながら歩いている様子を見ると、声をかけるタイミングがなかなか見つからない。
 どうしよう、だが、諦める訳にはいかない。
 男の様子は目に見えて分かる怪我をしたとかではない、外傷がないことが、目に見えないから余計、不安なのだ。
 そんなことを考えていると、不意に目の前が真っ暗になった。
 驚いて顔を上げると目の前に男が立っていた。

 サングラスをかけた白い髪の男は声も低い、まるで、ヤクザか、マフィアのようだと思ってしまった。
 明らかに自分を不審者と思っているような目つきだ。
 そのとき、大男の背後から小柄な男性が姿を見せた瞬間、思わず大きな声で叫んでしまった。

 声をかけられた大男は振り返り相手を見ると軽く頷いた。
 イシュヴァール復興の為に仕事をするようになり、セントラルの軍支部にも顔を出すことが多くなった。
 元は武曽、そして無口で無愛想という性格なのか友人は決して多くはない、それは見た目もあるのかもしれない。
 白い髪に赤い目を隠す為に普段から黒いサングラスをかけているものだから初対面の人間は引いてしまうのも無理はない。
 往診の帰りだよ、その言葉にスカーは何か言いかけたが、言葉を飲みこんだ。
 マルコーという医者は困っている人間をみすてることができない、お人好しといってもいい。
 街中でも怪我をしている、病気の人間の治療を見ると治療するのだが、それは誰でもというわけではない。
 「時間外労働だが、内緒にしてくれると助かるよ」
 イシュヴァールの難民がセントラルに来ているんだ、マルコーの言葉にスカーは、そうかと小さく頷いた。
 二人で歩いているとしばらくしてスカーは気配を感じた。
 隣を歩く男に後声で呼びかけた、つけられていると、思わず足が止まりそうになるのが、歩けと促された。
 だがマルコーとは反対にスカーは巨体に似合わない素早い動きで振り返ると追いかけている相手に突進した。

 初対面の女性は自分に話しかけようとするが、スカーの方を、ちらりと見ると困惑したような表情を浮かべた。
 視線で合図するとスカーは離れていく。
 すると女は深々と頭を下げ、お医者さんでしょう、看てほしい人がいるんです、言われマルコーは迷った。
 「今、すぐかい、今、手持ちの薬も最低限で足りないかもしれない、それに今日は、この後、都合が」
 「いえ、明日でも病院を教えてくれたら連れて行きます、お願いします」
 再び頭を下げてくる相手にイシュヴァールの人かなとマルコーは尋ねた、髪や目は黒い、だが、肌の色、話し方のアクセントが違うと感じたの
だ。
 「ニホンという国を知っているかな」
 先に聞かれてしまったスカーだが、国の名前なのかと聞くと、そうらしいとマルコーは頷いた。
 「看てほしいと言われてね、名前も変わっていたな」
 「イシュヴァール人じゃないのか」
 「まあ、世界は広いからね」
 「相手が困っているようだと思っていたら、正直、きりがないぞ」
 マルコーは握っていたものをスカーに見せた、三枚の金貨だ。
 外国人なら本当に困っているのかもしれないだろう、口にせずとも察したのか、スカーは何も言わなかった。

 自分は生まれ変わる、完全な体を手に入れて完璧な存在になることができる、ホムンクルスを一人、二人、最後の一人は、もうすぐ自分と同化するだろう、そうなれば、最後はフラスコのこびとだけだ。
 簡単じゃないかと思っていた、扉を開けるのは簡単ではなかった。
 だが、ようやく成功して、あの瞬間、流れ込んでくる熱量と力は、今まで感じた事のないものだった。
 世界が違うというだけで生き物というのは、そんなことを思ってしまった。
 いや、震えたのかもしれない、気配を感じた、近い、もうすぐだ、こびとを取り込めば、それで終わり、いや始まりだ。
 しかし、気になる、何故、わからなかったのだろう。
 何かが、いや、そんな筈はない、人間は自分の存在に気づいていない、だから大丈夫だ、ほら、もうすぐやってくる。
 この建物に向かって、セントラルの中央へ。
 
 嫌だと言えば簡単に断れるのに何故か、それができない、仕方なく男は告白した、自分は人間ではない、ホムンクルスだと。
 不思議そうな顔をしたが、人造人間と聞かれて、そうだと答えた。
 「人間て呼び名がつくんだから、細かい事を気にしているのね」
 自分の言葉が通じていない、理解されていないと思いながら、男は歩き出した。
 
 昨日の女性は病人を連れて来るだろうか、マルコーは窓の外を見た。
 軍の敷地内なので入るのを躊躇っているのかもしれない、外国人ならあり得ると思い、診療室から出たマルコーは建物から出てみることにし
た。
 
 どうして自分はここにいるのか、何者なのか、最初の頃は疑問ばかりでわからなかった。
 飢えを満たす為に周りにあるものを全て食べた、知識、生き物、何でもいいから手当たり次第に口の中に、体の中に取り込んだ、自分は生き物なのだと実感したが、次第に物足りなくなってきた。
 知恵だけでなく知識もついてきた、人間、ホムンクルス、錬金術、合成獣、キメラ、色々な事を知っていく中、気づいた、自分の姿が変わっていく中、気づいた。
 このために自分は生きていたのだと。
 やることはホムンクルスと、それを生み出した者を、自分の中に取り込むことだ、そうすれば今よりも強くなれると。
 だから探し、見つけ出した、すぐにでもと思ったが、負ける訳にはいかないと力を蓄えることにした。
 ところが、地下に居るはずだった、こびとは突然、いなくなった、探そうとしたが、気配を感じられない。
 死んだのかと思ったが、もし、そうなら分かる筈だと思った。
 正直、苛ついた、だが、数日前から気配を感じられるようになった、そして今、自分はセントラルにいる、こびとの気配も感じる。
 ここにやってくる筈だ、感じられるのだ、気配が、足音がする、ところが、もう一つの気配。
 誰だ、何者だ、もし邪魔になるようなら排除だ、こびとのそばにいたホムンクルスは全て取り込んだ、最後の一人は完全には、だが、時間の問題だ。
 同化すればもっと強くなる、今、以上に。
 
 こびとが自分を見て、驚いた顔をする、感じとったのかもしれない、だが、違和感を覚えた、妙な気配、空気を、隣にいる女に声をかけた。
 「邪魔をしたのは、おまえ、か」
 返事の代わりに女は不思議そうな顔をしながらも無視して通り過ぎようとする。
 その瞬間、声が聞こえた、悲鳴だ、それも一人、二人ではない、大勢の、そして、何かが壊れ、割れるような音だ。
 それは以前にも聞いたことがある、こうなる前の自分、力を得る前のことだ。
 閉じた筈だ、なのに。

 門の側で女が倒れているのを見てマルコーとスカーは驚き慌てて近寄ろうとした。
 怒りの声があがり、男は手を伸ばした、まるでナイフが刺さるように女の胸に手が差し込まれた、それで女はあっけなく死んだ。
 「おまえは、もしかして、私の一部、いや、欠片か」
 「一部、だと、いいや、私が、本物だ、私こそが」

 最後の言葉を言わなかったのは、そのときではなかったからだ、目の前のこびとができなかったことを自分は、やってのけた時、どんな顔をするだろう。
 それを考えたら嬉しくてたまらない、なのに。
 こびとは地面に倒れている女に視線を落とした、心臓にぽっかりと穴が開いている、即死だ、自分に関わったばかりに、こんな目に遭ったのだ。
 生き返らせることができたのかもしれない、だが、今は、その力もない。
 
 そのとき、声がした父上と、自分を呼ぶ男の声に、まさかと思いながらもこびとは呼びかけた、呻き声に混じり、答える男の声に。
 あいつの中だ、自分の作り出した子供たちを取り込んだのか、こびとの目、視線の先、男の腹が少しずつ膨らみ、そこから浮き出るように肉が盛り上がり、人の顔が浮かび上がってきた。
 「キング・ブラッドレイ、来い、父の元へ」
 「駄目だ、これは私の一部となる、あと少しで」
 駄目だ、止めなければ、そう思ったとき、倒れていた女が起き上がった。
 マルコーとスカーは信じられない光景を前に困惑した、地面には女が倒れている、明らかに即死だと思われた女性だ。
 ところが、死体は起き上がった、ぽっかりと心臓に穴が空いたままだ。
 歩き出す女の姿に驚いたのは、その場にいた全員だ。
 自分に向かって歩いてくる女の死体を来るなといわんばかりに男は手を伸ばして、顔を殴りつけた。
 だが、倒れた女は再び立ち上がると男に近づき、腹に向かって両手を伸ばした。
 そのとき地面が光った、浮かび上がるように姿を表したのは血まみれでボロボロになった服、体中は傷だらけの大人だけではない、子供たちの姿だ。
 スカーとマルコーは、その様子を、ただ見ている今年かできない、それというもの、彼らはただ立っているだけ、何かをするわけではない、見ているだけだ。
 離れなければと男は思った、だが足が動かない。
 まるで、死人たちの視線に釘付けにされたような感じだ。
 自分の顔を掴む手の感触にブラッドレイは目を開けて女を凝視すると、無理だと言おうとした。
 女の顔は無表情だったが唇がわずかに開く、何か言っているようだが、聞こえない 、だが、そんな自分を見て笑った気がした。
 そのとき、大丈夫と声がした、大勢の声だ。
 少し前まで泥水の中に似ているような感じだった、汚濁と腐敗した悪臭は嫌悪するもので、抜け出したいと思っているのに、それができなかったのだ。
 
 腹の中から出てきたのは壮年の男、キング・ブラッドレイだ、そのとき行動を起こしたのはマルコーだ。
 二人に近づく男の腹に巨大な氷の塊が突き刺さったが、こんなものは微々たるものだといわんばかりに男は引き抜こうとした、だが、間髪を入れず雷のような光が続いて腹に命中した。
 だが、そんな攻撃など効かないと言わんばかりに男は笑った、そして、抱き合ったまま、倒れている二人に近づいた。
 「おまえからだ」
 女の肩を掴み持ち上げ、腹に拳を打ち付ける。
  「逆らうからだ、何故なら自分は」
 (神になる)
 だが、その言葉を口にすることができなかった。

 男の悲鳴が空気を震わせた、その瞬間、大きな音がした。
 フラスコのこびとは空を見上げた、何かを感じたのかもしれない、いや、マルコーやスカーもだ、たが、何も見えない。
 突然、上空から、白い光が真っ直ぐに降りて来た、そして男を貫いた。
 痴れ者め、それは男とも女とも分からない不思議な声だ、こびとは空を見上げたが、はっとしたように視線を落とした。
 服の裾を掴んでいるのは子供だ。
 「看てもらって、人間の病気は人間のお医者じゃないと治せないから」
 にっこりと笑った子供の姿が消えると、こびとは泣きそうな顔になった。
 
 女は生きていた、腹に空いた穴も塞がっていた、だが、顔の左半分の皮膚は青黒く変色していた。
 少し時間はかかるかもしれないが、治療する治るからとマルコーは女性に安心させるように声をかけた。
 だが、傷は数日、一週間がたっても少しもよくなる様子はない、最後の手段とばかり賢者の石を使おうとマルコーは考えた。
 
 数日前にフラスコのこびとの治療をして、てっきりホムンクルスだと思った男は調べてみると肉体は造られてものではなく、人間のものだった。 
 体調不良と多少の栄養不足、あとは生きるという気力の問題だ。
 診療した後、あんたは人間だと説明した時の男の顔は驚きで言葉も出てこないのか、しばらく呆然とした後に呟いた。
 自分は神になれなかった、だが、人になってしまったのかと。
 「あの女の顔は元通りになるのか」
 男に言われた時、マルコーは困った顔になった、だが、黙っているわけにもいかず治療はしないと正直に答えた。
 「本人が、このままでいいと言っている、無理に治療をすることはできない」
 医者だろうと言われて少し困惑気味の表情になったマルコーだが、金がないから、治療費が払えない、このままでいいと言われたこと素直に伝えた。
 すると男はシャツのポケットから取り出したものをマルコーに見せた、これならいいだろうと言わんばかりの相手に賢者の石か、マルコーの声はどこか力がない。
 「試したんだ」
 意味が分からないという男の目の前に机の引き出しから取り出したものをマルコーは見せた。
 それは小さな青い石だ。
 「赤い石が砕けて青くなった、ほかの石、液体でも試したが、同じ結果だ、あるんだな、こういうことが」
 「何が言いたい、人間ではないというのか、あの女は」
 「そんなことは、ない」
 断定しながらもマルコーの言葉に力強さはない。
 悲壮感さえ漂うような表情には医者としての力不足の自分を頼りなく思っているのかもしれない。
 人を治せるのは人だけだ、まるで独り言のように男は小さく呟いた。

 自分は死んだと思ったのに生きている、腹に手が突き刺さったのは、あれは気のせいではない。
 それにしても、これからどうしよう、ここまで一緒に旅をしてきた男は訳ありなのか、軍の施設でしばらく過ごすということになった。
その話を聞いたとき、ほっとしたものの、内心はがっくりとしてしまったのは自分は一人になったという現実を改めて実感したからだ。
 これからどうしよう、しばらくは公園でもどこでもいいてから野宿生活になるだろう。
 ベッドで休みたい、風呂に入りたい、以前は当たり前にできていた生活が、ここではできないのだ。
 恵まれていたんだと思っていると声をかけられた、振り返ると眼帯の男性が近づいてきた。
 「ブラツドレイさん、ええーと、何か用ですか」
 「街へ出てみないかい」
 頷きそうになって一瞬、戸惑ってしまったのは自分の顔が今、どんな状態が思い出したからだ。
 オペラ座の怪人は、もっと悲惨な気分だったんだろうな、自分の顔を見られて化け物だって言われたら、傷つくのは当たり前だろう。
 そして今、自分は彼と同じだ。
 所持金も残り少ないので治療をしてあげると言われても断ってしまったのは、今思い出しても後悔しかない。
 医者のマルコーという人は優しそうな感じがして、治療費は少しぐらいなら待ってくれるかもしれないと思った。
 だが、待ってくれたとしても払える日がいつなのか、もしかしてた踏み倒してなんてことになったら、それこそ人間としてどうなのかと思ってしまう。
 「話がしたくてね、父の事も聞きたいし」
 家族が近くにいるって心強いだろうな、そんな事を思っていると思いが顔に出たのかもしれない。
 困っているなら相談にのる、助けるよと言われて驚いてしまった。
 そんな言葉をさらりと口にするのは年の功だろうか、普通なら疑って、相手は騙そうとしているのでと思ってしまうのだろうが、今の状況は普通ではない。
 「行こうか」
 手を差し出されてしまう、これは断ることができないなあと思いながらにっこりと笑った女は、そうだとブラッドレイを見上げた。
 「あたし、木桜美夜といいます」
 「ではミヤ、行こうか」
 
 ドアがノックされ入ってきた彼女の姿を見たマルコーは内心ほっとしたのは、やはり治療をしてほしい、顔の痣を消したいと思って来たのだと
ほっとした。
 できる限りのことはしようと考えていたのだ、だが女の後から入ってきた、もう一人の女の姿を見て無言になった、ホムンクルスの美女、ラストだったからだ。
 続いてブラッドレイも入ってきた。
 「マルコー先生、この人、体調がよくないみたいで」
 即座に断ろうと思ったが、妖艶な美女は絡みつくような声音でドクターと呼びかける、だが、何故か、視線は自分の隣にいる彼女に、そしてマルコーへと。
 まるで、何かを訴えかけているような感じだ。
 「見せたほうがいい」
 突然、ブラッドレイが羽交い締めするように女の体を抱きしめると、ラストが服を脱がした、女の背中の肩甲骨、両肩の皮膚が変色している。
 「これは打ち身で、寝ている時にぶつかったみたいで」
 マルコーは思わず声をあげた。
 「馬鹿な事をいうんじゃない」
 美女、ラストは、あいつから自分をひきずりだしせいかもと呟いた、部屋の中はしんとなった。
 生きていたのかとマルコーが驚いたように尋ねるとブラッドが街で向こうから近づいてきたと説明した。
 静かな口調で説明する表情は浮かない顔つきだが、隣にいるラストも同じだ、不快さを隠そうともしない。
 不意にマルコーは、部屋から出て行こうとする彼女に近づき、手を掴むと治療すると断固とした口調で声をかけた。

 メスで痣の部分、盛り上がった部分を切り取る、凍らせて皮膚の組織自体をなどと考えていたマルコーだが、その日、病室に行くと彼女の姿はなかった。
 治療に対して消極的だった様子を思い出す、まさか逃げたのか。
 考えてみれば、こんなことは初めてだろう、それに女性だ、顔や体に傷が残ったらと考えたのだろうか。
 どこにいるのだろうと思い真っ先に尋ねたのは、あの男だ、彼女とずっと一緒にいたようだ、頼るならあの男しかいないだろうと思い尋ねた。
 
 そこはセントラル、街中から外れた場所にある一軒家だった。
 マルコー、スカー、こびとだけではない、ブラッドやラストもいた。
ドアをノックしようとしたとき、男の叫び声が聞こえた。
 
 口から出た声は言葉ではなく悲鳴に近かった、女の背中の痣は生きていた、死んだと思っていた、フラスコのこびとの欠片だった。
 街中で声をかけて、自分の腹の中からホムンクルスを引きずり出すというのしははわざとだった。
 腹に穴が開いたのに女は死ななかった、本当に人間なのか、殺しても死なないなら体を乗っ取ったらどうだろうと思ったのだ。
 医者は治療すると言ったが、女が断ったのは幸いだ、気配を隠して痣の擬態をしているが、自分が生きているとわかったら、あの医者は、ただの人間の医者なら誤魔化せるだろうが、錬金術師、しかも二つ名を持っている。
 時間をかけて取り込もうと思っていたが、もしかしたら気づいているのかもしれない、あの男、ブラッドレイだ。
 昨夜、背中の痣に触られたときには驚いた、もしかして自分に気づいたのかと思ったのだ、だが、杞憂だった、ほっとした、それなのに今。
 「怖いでしょう」
 女が独り言のように呟いた、欺された、自分は、この女に。
 

 ドアが開き、部屋に入ってきたのはこびとに錬金術師達だ。
 
 「賢者の石で神になる、だけど何故、真理の扉を開いて別の場所の人間の命を使おうとしたのか、あんたは」
 女に聞かれて、このとき初めて、男は疑問を抱いた。
 「アメストリア、イシュヴァール、中央に集まる人間なら誰でも良かったのではないか、なのにわざわざ扉の向こうから呼びよせた」
 男は答えた、そんな命では駄目なのだと。
 賢者の石は人の命を原料とする、しかし、今は、それは正しい知識とはいえない。
 「赤子でなければ胎児でなければ、駄目だ」
 部屋の中の全員が、その言葉を聞き黙りこんだ、何故と思ったのかもしれない。
 「石が欲しい、ただの石では駄目だ」
 だが、それを実行すれば気づかれて、邪魔する者が自分の前に現れる、そうなったら面倒だ。
 「軍や錬金術師、奴らが邪魔できない、完璧な石の前では」
 本当に厄介で面倒なのは、このとき男は目の前に女を改めて、まじまじと見た。
 わかるのは目の前にいる女が自分にとって厄介な存在であるということだ。
 突然、男の体を炎が包みこんだ、続いて鉛色の鎖が体に巻き付く。
 体を動かし拘束から逃れようとすると鎖の色が変わり始めた、銀色にだ。
 「なんだ、これは、こんなもので」
 自分に勝てると思っているのか、すると女が言った。
 「向こうを覗いた」
 そう聞かれて男は無言になった。
 「真理の扉をというけど、つもりになっていただけでは」
 「何を言っている、開けたのは確かに」
 疑問が頭の中に次々に地の底から湧き出る水のように溢れてくる、それは不安という感情だった。
 

 耳元で誰かが呼んでいるような気がした、これが自分の家なら、まだ眠っている筈だった、何故なら一人暮らしなのだ、邪魔する人間はいない。
 だが、肩を揺さぶられ、耳元で名前を呼ばれて目が覚めた。
 周りは真っ白だ、ここは、どこだろう。
 「死んではいないのね」
 まるで確認するような言い方だ、自分を見下ろしているのは女性だ、背中を抱かれるようにして体を起こす、女が良かったと声を漏らした。
 以前、そんな事があるわけがないと思っていると電車の中でと女が言った。
 「ち、地下鉄っ」
 そうだ、パリにはオシャレな人がいるなあと思ったのだ、地下鉄の中で白、いや、灰色の髪の人を見て、思わず見とれていると振り返ったのだ。
 目が、慌てて逸らしたが、それは、ほんの秒ほどの時間だったように感じた。
 「一つの体で魂と体が混じり合っていた、わかるかな」
 「体と、魂って、もしかして、あたしの中に、別の魂が」
 言葉が途切れた、もしかしてまずい事になるのだろうかと。
 「貴方と同じ、昔、扉の向こうから来た、だから」
 言葉の代わりに頭の中に浮かんでくるのは言葉なのか、記憶なのかわからない。だが、早くあちらに戻らないとまずいと言われた気がした。

 勝った、完全な勝利を手に入れたと男は部屋の中にいる皆を見た、どこか呆然とした、これで終わりなのかと言いたげな視線だ。
 出て行け、男の言葉に全員が戸惑い困惑を感じたのかもしれない、侮蔑の視線が一同に向けられた。 
 「どういう、シンダ、はず、ダ」
 裏返った、男の声は機械的な、まるで人ではないように響きだ。
 「もう終わりだ」
 それは誰の声なのかと皆が思ったのも不思議はない、天井、部屋の中に響く声と同時に足元が揺れた気がした。
 「そうか、タラシ、こんだ、か、れんきんジュツ、し」
 体にまとわりついていた鎖がほどけると男は床に膝をついた、その体が少しずつ小さくなっていくのを、皆が無言で見ていた。
 「あなたに体をあげる」
 それは女の声だった。
 「等価交換というのかしら」
 思わず美夜は声をあげた、だが、体が熱くなり、声が出なかった、そして、目が覚めると、ベッドで眠っていたことに気づいた。
 

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