小学校時代【学校以外での日常の思い出や出来事】


ー家族との思い出ー



幼稚園から小学校を通しての家族の思い出はやっぱり長期休み中の旅行。



蒲郡へ家族で旅行によく行き、ラグーナ蒲郡やこどもの国で遊び、トヨタ自動車の保養所の山翠荘に泊まるのが定番でした。


たまに他の旅館にも泊まってたりしたけどやっぱり山翠荘での思い出が一番よく覚えてる。


お風呂上がりにゲームコーナーにある格闘技のアーケードゲームのボタンを無意味にポチポチ押したり、ビリヤードを見様見真似でやってみたりたまにカラオケをしたりセルフバーの冷たいお水を飲んだりした。



お父さんが夜の蒲郡の町に連れてってくれて、ラグーナの横にあるフェスティバルマーケットの海側にあるちょっとしたイルミネーションを見に行ったりもした。


三重にもよく泊まりに行った、鳥羽水族館に行ったりお父さん、おじいちゃん、妹と一緒にひいおばあちゃんの所へ行って耳の遠いおばあちゃんに何回も自分の名前を言ったり、お父さんと妹と海へ遊びにも行ったのもいい思い出。



ー幼なじみー



海といえば幼なじみのMちゃん家と海の家へ遊びに行った事が印象深い。



その子と出会ったのは幼稚園に通う前の2歳か3歳の頃。


お母さんが免許を取る為に自動車学校へ通っている時に校内の託児所へ預けられていた時に同じくそこに預けられていたMちゃんと私は仲良くなった。


Mちゃんは私と同い年でお母さん同士も仲が良かったので小学5年生の頃まで毎年ではなかったけどよく夏休みに海の家へ2家族で泊まりに行った。



Mちゃん家と最後に海の家へ行った時の事は結構覚えてる。


海で溺れそうになったり、砂浜にクラゲが座礁してて砂をかけて埋めたり、岩場に張り付く謎の貝類を見て気持ち悪いとギャーギャー騒いだり、海の家に帰ってからは部屋の中で砂浜で拾ったきれいなガラス瓶の破片を見せ合いっこしたり、外でバーベキューして花火もしてとても充実した旅行だった。


親同士が連絡を取り合わなくなってからそれっきりMちゃんにも会えなくなり今どこで何をしているのかもわからないけど元気にしてるといいな。



ー学校の友達ー


小4、小5の頃に学校の友達と友達宅で遊ぶようになった。





私の住んでいたところはど田舎で同じ学校に通っていてもお互いの家が凄く離れている子が殆どで、帰宅後に遊ぶ子というと登校班が同じの近所の決まった子としか遊ぶしかなかったんだけど、高学年になるにつれて近所の同学年の子とはそりが合わなくなり遊ぶ事が徐々に無くなっていった。








学校の友達の家へはお母さんが車で送迎をしてくれていつも暗くなるギリギリまで友達の家で遊んでいた。





冬にはクリスマスパーティーをしてプレゼント交換をしたり友達の手作りケーキやピザを食べたり…とても楽しかった。



ー近所の子ー



小2くらいまで極度の恥ずかしがり屋で人見知りだった自分は、幼稚園が同じだった子や妹達とばかり遊んでいたからか小学校に上がって初めて知り合った近所の同年代の子達の輪に上手く入る事が出来ず最初の頃はお母さんに無理やり連れて行かれその子達と遊ばせてもらっていた。



でも当時、近所の子達の中でドッジボールが流行っていて運動音痴な自分はすぐ当てられるしボールが当たって痛いしで正直そこの友達といても楽しくなかった。



心境が変わったのは学校が楽しいと思えるようになった小3の頃、やっと友達との付き合い方を学んだのか自分から近所の子に遊ぼうと言えるようになったりお互いの家で遊ぶ事も増えた。


ーーーー


この頃にとても印象に残っている出来事があった。


どっちから遊ぼうと言ったのかは全く覚えてないんだけどある日、私は近所に住む幼稚園が同じだった一つ年下の男の子とその子の家で遊んでいた。



夕日も沈んで来た頃に誰かの部屋(多分その子のお母さんの部屋だったのかも)でハートのロケットペンダントを私は見つけた。

『これ可愛いねー』


と私が言うと男の子は


『つけてあげるよ』


と私が持っていたペンダントを手に取って後ろにまわり、つけようとしてくれた。


慣れていないからか後ろで男の子が手こずりながらペンダントを付けてくれている最中、なんだかこそばゆい気持ちになった事や夕日が窓から射し込んで部屋がオレンジ色で綺麗だったのを鮮明に覚えている。


『できたよ』と言われ振り返ってつけてもらったペンダントを一度見てから男の子の方を向き


『ありがとう』と私はお礼を言った。



これが私が覚えている記憶の中で初めて男の子にドキッとした瞬間だった。


その後その男の子とは特に何もなかったんだけどね。


ーーーー


小学校の高学年になった辺りから私と妹達はそれまで遊んでいた同年代の子達ではなく、その頃新しく近所に引っ越してきた幼稚園児の2人の女の子姉妹とその姉妹と仲がいい年長さんの男の子と遊ぶようになった。


初めてその子達に会った時の事をよく覚えている、家の横の草道を妹達と歩いていたら反対側からその姉妹のお姉ちゃん(Cちゃん)と男の子(Yくん)が来てお互い『え、この子達だれ?』と言う顔で見つめた。


遊ぶようになったきっかけは多分その子達のお母さん2人と私のお母さんが仲良くなったのが大きかったと思う。


私は学校の友達と遊ぶ予定がない日は妹達と一緒にその子達と遊んでいた。



歳は離れてたけど不思議と気が合い、私はもうその頃高学年だったのによく一緒に砂遊びをしていたなー。


その3家族で何回か旅行にも行った。

キャンプをしに行ったりいちご狩りに行ったりプールに行ったり旅館やホテルに泊まったり…どれもとても楽しかった。



旅行先で皆と何をして遊んだのかあんまり覚えてないけど、キャンプの時にかくれんぼをしようと皆がバラバラに散って行ったのにY君だけ私についてきたので二人で隠れたりしたな。



その時、トランシーバーを持ってきてるんだ!と片方を私にくれて使い方を教えてくれてお互いが見える範囲内でちょっと離れてトランシーバーでごにょごにょと何か話したりしていた記憶がある。



CちゃんがY君の事が好きでボーイフレンドだと言っていたからこんな所を見られたら怒られるんじゃ?と思ったら、その後見つかって案の定プンスカと怒っていたような…自分はそんなつもりなかったけどCちゃんに嫌な思いをさせてしまった。


プールにも皆と一緒に行ったんだけどY君がやたら私のすぐ後ろについてきて何度も水中に潜ってるもんだから『こいつまさか私のおしりを見てるんじゃないだろうなー』と思い私も潜りゴーグル越しに睨みつけたら察したのか逃げていった。



その子達が小学校に上がってからY君は朝の登校や下校時間に私を見ると笑顔で『う○こ!』と言ってきて本当にあれは意味不明だった。(特にその子とう○こ関連のエピソードなかったんだけどな…)


ある日妹達が『Y君○○の事が好きだって言ってたよ』とニヤニヤしながら言ってきた。


その日の夜に結局あれ嘘だよ〜と妹達に言われたんだけど、万が一もしそれが本当だったのだとすればY君のそれまでの行動は自意識過剰かもしれないけど少なからず私に好意があってしてきた事なのかもしれないなと思った。


でも私が小学校を卒業し中学生になり、Cちゃん姉妹やY君達と遊ばなくなっても自転車で登校班の横を通り過ぎる私に相変わらず『う○こ!』と大きな声で言うもんだから『うるさいガキ!』と私は大人気なく言い返した。


その後、私は中学校への近道を見つけ通学路を変えたからY君とはそれっきり会う事も無くなりそれが最後の会話だった、それにしても最後に言われた言葉がう○こって酷いな(笑)


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