山の記憶(1):はじめの山、高尾山

高尾山は、ケーブルカーを使って1号路から登るに限る。

日本一の急勾配?のケーブルカーにゆられて山頂駅に着いたら、迷わず進行方向左手の売店で「天狗焼き」を買うのが私の定番。ほっくりとした黒豆のあんのうまみをかみしめながら、ゆっくり歩き始める。

散策路は人であふれかえっている。ういういしく手をつなぎあった若者カップル、歩いているあいだじゅうずっと嫁の話や近所の話、病気の話を声高にし続ける熟年女性グループ、ウェアやザックが真新しい、いかにも今日が初登山だぞと言わんばかりの熟年男性グループ、コンビニのビニール袋を提げてよちよち歩く、ちっちゃいおばあさん2人組。会話がぎこちない若者男女のグループは今流行の合ハイ(合コンハイキング)か、大学の新歓ハイキングか…。ああなんていろんな人がいるんだろう。見ているだけで、耳を傾けているだけで楽しくて笑っちゃう。

高尾山の一番の楽しみはここにある。いろいろな人が思い思いに心地よく過ごしている。人間社会の縮図なんて言ったら言い過ぎか。

「霊気満山」と書かれた山門をくぐり、のんびりと歩いていくと薬王院。お参りをしたら山頂へ。このあたりから緑の「気」が濃くなってくる。今は山頂まで散策路が舗装されてしまったけど、それでも、木々を吹き抜ける風が心地よく、「深い森にいるんだな」と思えてくる。

山頂からは6号路を下る。水の音が心地よい沢沿いの道。途中には、滝修行にも使われるという琵琶滝がある。どんどん下れば1時間半ほどでケーブルカーの山麓駅に到着。あいていれば高橋家で高尾山名物とろろそばを食べて帰る。

高尾山は不思議な山だと常々思う。いつだって人であふれかえっているけど、それを不愉快に思ったことは一度もない。 たとえば繁華街で人があふれかえっていたら、人ごみで気分が悪くなったり、人とぶつかったり人の声が騒がしくて不愉快な気分になるだろう。でも高尾山でそう感 じたことはない。

人がいてもいなくても、どの季節に来ても、高尾山は心地よい。すごい景色が広がっているわけでも、珍しい植物があるわけでも、登山道がファンキーなわけでもない。何がそんなに私を、私たちをひきつけるのか分からないまま、私はまた高尾山に行く。


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