「本物の魔女になるための本」第5版

割引あり

目次

1.魔女の歴史
2.魔女についての誤解と事実
3.魔女は何を行うか
4.魔女の魔法
5.魔女の道具
6.本物の魔女になるための第1歩
付録:魔女志願者のための文献ガイド

1.魔女の歴史
 この本は、「本物の魔女」になりたい人のために書かれました。本物の魔女とは、空想上の魔女とは違い、現代に実在する魔女のことです。私は40年近く、世界中の魔女と交流し、自分も魔女として活動してきました。その経験を元に、実在する魔女のこと、そして実際に魔女になるために必要なことをお話ししたいと思います。
 魔女という概念はとても複雑です。時代、国・地域、視点などによっても、魔女の意味やイメージは変わってきます。魔女にまつわる様々なイメージには、それぞれ何か歴史的な原型や根拠があり、それらまで追求していくと膨大な分野に及びます。

 魔女の最も原始的な形は「魔術(魔法)を実践する人」のことです。魔術を使う人たちは歴史の始まりから世界中に存在しており、狩りの成功、病気の治療、呪い、戦いの勝利、豊作、天候のコントロールなど、様々な目的で魔術を行っていました。とはいえ、彼らは、まだ「魔女」という言葉では呼ばれていたわけではありません。
 魔女という言葉でアフリカなどの呪術師を指すこともありますが、本書では、魔女を西洋のものとして扱います。まず、日本語の「魔女」という単語は、英語のwitch(ウイッチ)から訳されたもので、「悪魔を崇拝する魔女」、「ホウキで空を飛ぶ魔女」といった概念は西洋から伝わったものだからです。次に、現代の魔女たちのほとんどは、イギリスで復活し、主に西洋で広がっているウイッチクラフト(魔女の術、魔女の実践体系。魔女術と訳されることも)の実践者だからです。もちろん、イギリスで復活した現代の魔女であっても、ドイツの魔女「ヘクセ」、イタリアの魔女「ストレガ」など、他の国からもたらされた様々な魔女やオカルトの伝統、時代背景などが複雑にからみあった上に成り立っています。
 「女」という言葉が入っているため魔女は女性だけだと思われがちです。これは訳語の問題で、実際は歴史的にも現代でも、witch(魔女)は男性と女性の両方を含みます。Witchという単語がこの綴りで使われるようになったのは16世紀のことで、古英語では男性の魔女はwicca(ウイッチャ)、女性の魔女はwicce(ウイッチェイ)と呼ばれていました。現代ではほとんど認められていない説ですが、かつて現代の魔女たちは、「魔女の語源は『賢い』にある。魔女は薬草や魔法の知識を持っており、賢いからだ」という説を好んでいました。語源に関しては、「インド・ヨーロッパ語系の『曲げる』に由来する。魔女は魔法で現実を曲げるからだ」、「魔術、宗教などを意味する言葉から派生している」など諸説あり、研究者の間でも一致を見ません。
 西洋の魔女は、「キリスト教社会」という背景と密接に結びついています。ヨーロッパで魔女と言えば、今でもやはり「悪魔と契約をする、ホウキや動物(ヤギなど)に乗って空を飛ぶ、魔女集会『サバト』に行く、悪魔と性行為をする、悪い魔術を行い人々を苦しめる」という魔女のイメージが根強くあります。「害のある魔術」の実践者自体は古代より存在し、恐れられてきていましたが、実は、「悪魔と契約し、サバトに参加し、悪い魔術を行う」という魔女のイメージが成立してきたのは、15世紀のことです。魔女はどんな存在なのか(どんなに悪い存在なのか)、どのように魔女を見つけるか、どのように魔女に自白させ処刑するかについて、様々な考えが出され、15世紀の活版印刷術の発明と共に、魔女についての本やパンフレットがいくつも書かれました。「悪魔」は、キリスト教における「神と敵対する者」です。そして、悪魔と関わる存在である魔女はキリスト教の敵である、と明確に位置づけられたのです。
 ヨーロッパでは、15世紀から18世紀まで、「魔女狩り」が起きましたが、それはペスト(黒死病)の大流行、イスラム教徒による侵略、キリスト教の異端の増加といったものが起こす社会不安が大きな原因でした。人々の不安は、「悪い存在としての魔女」に向けられたのです。ヨーロッパで4万人から10万人が「魔女」として告発され、拷問や絞首刑、火あぶりになりましたが、彼らの多くは実際は魔術の実践者ではなく、何らかの形での弱者や、嫌われている者でした。誰もが「魔女」にされる危険性がありました。
 こうして出来上がった「悪い魔女」のイメージが大きく変わり、現代に魔女が蘇るきっかけになったのは、20世紀のイギリスでのことです。エジプト学者として知られ、民俗学協会の会長だったマーガレット・マリー(日本では、ミューレイ、マレーと誤表記されることがあります)が、1921年に、「西欧の魔女カルト」という本を出しました。彼女はウイッチクラフトのことを魔女カルトとも呼んでいるのですが、注意すべきは、カルトとは本来、「危険な宗教」の意味ではなく、祭儀、儀式、崇拝などの宗教的実践・活動を指す言葉です。つまり魔女カルトとは、魔女の宗教的儀礼・実践のことです。
 この本でマリーは、「魔女と呼ばれてきた人たちは悪魔崇拝者ではなかった。その本当の姿は、キリスト教より古い、角ある神を讃える『魔女カルト』の男女だった」と主張しました。魔女が迫害されたのは、魔女たちは異教徒(キリスト教以外の神々を信じる者)であり、その宗教がキリスト教のライバルだったからというのです。キリスト教の悪魔が角を持って描かれるのも、魔女の角ある神が悪魔として貶められた結果でした。
 マリーの説は、魔女裁判の拷問によって引き出された魔女の告白(情報として信用出来ません)を元にしていたり、自分にとって都合の良い資料を都合良く解釈をしていたりで、学術的には受け入れられるものではありませんでした。そもそも、マリーは魔女の歴史やヨーロッパ史に関しては専門家ではなかったのです。しかし当時はマリーの説は幅広く受け入れられました。
 そして1939年、同じくイギリスのことです。ジェラルド・ガードナーという男性が、現代に生き残る魔女たちのグループと接触し、「秘儀参入(秘密の伝統を授けられ、一員となること)」を受けて魔女となりました。
 イングランドでは16世紀にウイッチクラフト(この場合、邪悪な精霊を呼び出したり悪い魔術をかけたりすることです)を禁じる法律が制定され、何度か形を変えて続いてきました。1951年に、最後のウイッチクラフト禁止法が廃止されると共に、ガードナーはついに、邪悪な魔術や悪魔崇拝としてのウイッチクラフトではなく、現代に生きるウイッチクラフトを語ることが出来るようになったのです。
 ガードナーによると、魔女たちのグループは「カヴン」と呼ばれ、魔女とは、キリスト教の神よりも古い、角ある神と母なる女神を讃え良い魔術を行う、多神教(多くの神々を崇拝する宗教)を実践する男女でした。つまり、マリーが述べたような「魔女カルト」が、現代もひっそり残っていて、自分はその一員となったと主張したのです。ガードナーは本の執筆、テレビや新聞への登場、ウイッチクラフト博物館の運営などを通じて魔女のことを広めました。また、自らカヴンを運営し、後輩の魔女たちを育てました。
 当時は、ガードナーのウイッチクラフトは、石器時代の古代宗教がそのまま残ってきたものだと信じられていましたが、すぐに、そうではないことが明らかになりました。ガードナーのカヴンで行われていた儀式には、アレイスター・クロウリー(19~20世紀の著名な儀式魔術師。儀式魔術については後述)や、フリーメーソン(ガードナーは男女ともに受け入れる「共同フリーメーソン」のメンバーでした)、「ソロモンの鍵」と呼ばれるグリモワール(魔導書、後述)など、明らかに石器時代の宗教より遙かに新しいものが取り入れられていたからです。ガードナー自身は、「自分が参加したカヴンで実践していたものは断片的だったため、補う必要があった。その際に、クロウリーなどが相応しいと思った」と語っていたそうです。今でも熱心な歴史研究家たちはガードナーの魔女としてのルーツを探っています。
 ガードナーのテレビや新聞での活動に刺激され(もしくは反発して)、ガードナーより古い伝統を受け継ぐと主張する魔女たちも表に現れるようになりました。実際のところ、女神や角のある神、キリスト教以前の異教への興味やそれらの復興の動きはガードナー以前に何度も起きていたのです。かつてはウイッチクラフトが「古いもの」であることに価値があると考えられており、そのせいで「自分の流派のウイッチクラフトは古代に遡る」、「代々、秘密のうちに家族だけに伝わってきた正統的なものだ」というような「伝統詐称」をする魔女が多くいました。今でも伝統詐称をする魔女は絶えません。ごくわずかに、本当にガードナーより僅かに古くから魔女の実践を受け継いでいる魔女がいることも分かっていますが、現代では多くの魔女が、実践の古さよりも、現代人にとって意味があるかどうかに価値を置いています。古くから伝わった儀式であろうと、現代の魔女が自作した儀式であろうと、ウイッチクラフトの思想や世界観に沿っていて、実践者に意味をもたらすなら、等しく有効なのです。
 1960年代からは、ガードナーが実践していたウイッチクラフトを「ウイッカ」、その実践者を「ウイッカン」と呼ぶ魔女たちも出てきました。ウイッカはWiccaと綴り、男性の魔女を意味する古語ウイッチェイを、現代風に発音したものです。現在では主にアメリカで、全ての宗教的ウイッチクラフトをウイッカと呼ぶ魔女たちもおり、他の魔女用語同様、統一された定義はありません。
 欧米の人々は、ウイッチクラフトの中に、キリスト教にないものを見いだし、惹かれるようになりました。「女性形の神」つまり女神の存在、自然重視、ポジティブな実践としての魔術、男女平等(儀式の性質や流派によっては女性・女神のほうが強調されることすらあります)、宗教的自由、神聖なものとしての肉体という考え、天国と地獄ではなく輪廻転生、自分の外だけではなく中にも存在する神々(内在神)などです。
 20世紀後半にはウイッチクラフトは急速に広まり、既存の流派に反発したり発展させたりする形で、次々とバリエーションが生まれました。例えば、ガードナーの導入したクロウリーやフリーメーソンの要素を取り除き、代わりにシャーマニズムや自国の魔術・呪術・神話を取り入れたもの、儀式魔術のように複雑化するもの、女性のみで女神崇拝に専念しウイッチクラフトをフェミニスト的宗教だとするものなどです。現代のウイッチクラフトは本当に多様なものになっています。
 ここで魔女と宗教の関係について少し触れておかなければなりません。宗教は時に、盲信、強引な布教、現世利益追求、お布施など、悪いイメージで見られることがあり、魔女と宗教の関係を知り警戒している読者もいるかも知れません。魔女はよく、宗教を表す英単語religionは、「再び繋げる」を意味する言葉から派生していると指摘します。ウイッチクラフトは、魔女と神聖な存在(神々)を繋げる実践であり、その意味で宗教と呼ぶことが出来るのです。
 ウイッチクラフトには「教祖」もいなければ、全メンバーが登録され会費を徴収するような中央組織もありません。他の魔女と一切会わずに、1人でこっそり魔女として実践することすら可能です。もし宗教を、「宗教『団体』に入って会費を払い、統一された教義を信じ、他の宗教を認めず、積極的に布教する」ものとしてイメージしてきたなら、魔女の在り方はあまりにも違うので、驚くことになるかも知れません。
 日本では、ウイッチクラフトの宗教性を強調する場合、魔女術ではなく「魔女宗」と訳す場合もあります。英語では宗教の信者を示す単語は大文字で始めるため、宗教的・異教的な魔女をWitchと大文字のイニシャルで綴ることもあります。欧米では、「ウイッチクラフトもキリスト教と同じように明確に宗教としての立場を主張し、同じ権利を獲得するよう努力すべき」と考えて活動してきた魔女たちもいます。それだけ欧米ではキリスト教の影響と迫害が根強く、魔女たちも誤解を避け自分たちの身を守るために、ウイッチクラフトは正当な宗教だと主張する必要があったのです。
 一方で「ウイッチクラフトは宗教的要素はあるものの、宗教そのものではない」と考える魔女たちも多くいます。彼らは、ウイッチクラフトをオカルティズム(隠秘学。「オカルト」とはラテン語で「隠されたもの」から派生した言葉)、スピリチュアリティ(霊性、精神性)、もしくは宗教やオカルティズムのオーバーラップだと言うかも知れません。どのように定義しようと、現代のウイッチクラフトが、神々や精霊たち、見えない世界、魔術とリアルに関わっていく実践であるという点に違いはありません。
 復活したウイッチクラフトは、イギリスからアメリカ、他の英語圏、そしてヨーロッパ全体、ついには、アフリカや、日本を含むアジアにも伝わりました。中心的組織や魔女共通のリーダーがいない魔女の世界では、魔女が何人いるかを正確に知る手段もありません。しかしアメリカでは数十万人、イギリスでは数万人の魔女がいると推測されています。日本では、一時的に魔女を名乗って数年で止めていく人の割合が多く、人数自体にはあまり意味はありませんが、それでも数百人が魔女を名乗っていると思われます。
 歴史的には、魔女とは、「他人によって」邪悪な存在として決めつけられるものでした。現代では、魔女とは、誇りを持って自ら名乗るものとなったのです。

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