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私が会社員と並行してまでアイドルをやる理由。

こんにちは

初のnote投稿です


なんで急にnoteを書き始めたかと言うと…



私は平日フルタイムで会社員(正社員)をしながらアイドルとして活動しています

そんな私が日々思うことや感じたこと

少しでもみなさんに知ってもらいたいなと思ったからです


昔からずっと文章書いたりすることが苦手で

始めるかすごく悩みましたが

気張らず自分のペースで

ゆるっとのんびり書いていこうと思います


今日は記念すべき初めての投稿なので

たまに聞かれる

「なんで私がアイドル活動をするのか」

について書きたいと思います


私は今年28歳になりました

地元の友達も高校・大学の友達もどんどん結婚して

インスタを開くたびに結婚報告・出産報告

そんな中でなぜ私は会社員をしながらアイドル活動をするのか


ちょっと昔に遡ります


小学5年生のとき

「モーニング娘。になりたい!」

そういって遊園地でたまたま見かけたポスターの

歌劇団・団員オーディションに応募しました

(その歌劇団がモーニング娘。さんの振付師・夏まゆみ先生プロデュースだったのです)



奇跡的に書類審査に通った私は

埼玉の田舎から

母とすごく緊張しながら

オーディション会場に向かいました

この日に向けて丸広百貨店(埼玉の百貨店)で

子供服ブランドのTシャツを買ってもらって

ジーンズにそのTシャツ(勝負服)を着て

「私、かわいい!!」と気合を入れて行ったのを今でも覚えています


でもいざ会場についたら

今まで見たことないくらい

キラキラした女の子たちが30~40人いて

「ママ、やっぱり帰ろう」

って泣きながら言ったの覚えてます…

本当に自分が圧倒的に一番田舎者で

服も髪も顔も何もかもが全部負けてて

とにかくその場にいることが恥ずかしかった


母が

せっかくきたから終わるまで帰らないよって

引き留めてくれたので

最後までオーディションを受けることができたけど

本当に人生で初めて

自分がとても惨めだと感じた瞬間でした


ダンスも歌もやったことがない私は

ダンス審査は全く踊れず

歌は緊張で震えまくり


絶対落ちたって言いながら

いい思い出になったねって

もうオーディションを受けるのはやめよう

これが最後ねって

母と一緒に埼玉に帰っていきました



そんな絶対落ちたと思ったオーディション

なぜか合格通知が届いていて

次のレッスン審査に進むことになりました

(なんで受かっていたのか本当に今でも分からない)

(ただこれが私の人生を変えてるので当時の審査員の方々には感謝しかありません)



次のレッスン審査でも

まわりはミュージカル出身者や有名スクールの子ばかりで

全然ついていけなかったのを覚えています

でも

誰よりも大きく返事をすることだけを決めて

レッスン審査を終えました


レッスン審査の結果は

“補欠合格”でした


なんだ  “補欠”  って…


お披露目予定日までに

歌とダンスが一定レベルまで到達すれば合格になる

というものでした

その日からお披露目の日まで

本当に地獄の日々でした


私は年長組(小5~中3)でオーディションに参加していたけれど

ダンスが踊れなさ過ぎて

年少組(小1~小4)の中に一人だけ移されました

同じ年の別の子は年長組で

難しいダンスに挑戦している中

私は年少組のダンスを必死に練習していて

悔しくて


でも

それでも全然できない自分がいて

悔しさで

いつも帰り道は泣いていました


家では部屋の小さな全身鏡で毎日踊って

レッスンにいって

なんとかお披露目の日

ステージに立つことができました


ただそのあともそんなすぐに上手になることなんて無くて

しばらく辛い日々が続きました

一生懸命やってるつもりだけど

ついていけず

やっと踊れてきたと思ったら

「バレエの基礎がないから全然ダメ」

と言われて

振り出しに戻った気持ちになったり

「初心者の子とは同じステージに立ちたくない」

とベテランの子に言われて

辛くなったり



でもステージに立って

踊って歌っている時がすごく楽しくて


なんにもできなかった私にも

「さきちゃんがすごくいい笑顔でさきちゃんばっかり見てたよ」

と言ってくれるファンの人ができて


毎日毎日

何度泣いても


母に

「そんなに泣くなら辞める?」

と聞かれても

泣きながら

「辞めない」

と言って続けることができました


しばらくして歌とダンスだけじゃなくて

お芝居にも興味を持ち始めて

そこで初めてミュージカルのオーディションに挑戦しました


厳しい場所でレッスンを2年続けてきたこともあってか

オーディションに合格することができて

さらにダンスの選抜にも入ることができました

そこからミュージカルの魅力にハマって

色々なミュージカルや舞台に出演させていただきました


高校2年生の夏休み

ちょっと大きめの会場で行われるミュージカルに

メインのキャストで出演が決まりました


初めてのメインキャスト

自分のソロ曲もあって

認められた気がして嬉しかったのを覚えています


ただ


本番1週間前の稽古中

演出家の方から


「さきは歌もダンスもできるけど

舞台上に出てきたときにまわりがハッと息を飲むような華がない」


そう言わたことがありました



目の前が真っ暗になって

だんだん周りの声も遠く聞こえたこと

今でもはっきり覚えていて

思い出すだけで涙がこぼれてきます

(これを書いている今も涙がこぼれてくるw)


自分はメインキャストに選ばれて

喜んでいたけど

結局私にはどうしたって

“華がない。”

ステージに立つことを否定されてしまった気がしました


その舞台を機に

今後はステージに立つことはもう辞めて

普通に大学に行って

普通に就職しようと心に決めました


ずっと応援してくれて

見守っててくれた母にはすごく申し訳ない気がしたけど

才能がないのに続けてしまって

食べていけなくなってしまったほうが

よっぽど母を心配させてしまう気がしたので

自分でも驚くくらいきっぱり

辞めることができました



そのあと大学在学中はバイトをしたり

研究室で研究したり

ごくごく普通の大学生活を送って

就活で今の会社を受けて

就職しました

(小さいころから何度もオーディションを受けてきていたので就活は苦労せずにすみ

さらに第一希望の一社のみ受けて内定をもらうスーパーラッキーを発動させましたw)


そうして普通に会社員として働いていた私に

転機が訪れました


知人から

「アイドルの振り付けをやってくれる人を探してる人がいる」と

ショウさん(ウイバナプロデューサー)を紹介されました


舞台やミュージカルは辞めてしまったものの

ダンス自体は好きだったし

“振付”にもすごく興味があったので

引き受けることになりました


そこから色々なアイドルさんのライブに行ったり

フェスに行ったり

振付を作るための勉強?準備?をしていました


そんなときショウさんに

「さきまるもライブやったらいいのに」

と言われたことがありました

その瞬間

ミュージカルの演出家さんに言われた

“華がない。”

という言葉を思い出して

私には無理だ

と思いました


ただそのときにショウさんから

「舞台やミュージカルは役で“誰か”にならなきゃいけないけど

アイドルは“自分”のままでいいんじゃない?

俺はさきまると話していて

楽しいって思えるから

最初はそれだけでいいんじゃない?」

と言ってもらい


またステージに立ってみたい

という気持ちが徐々に強くなっていきました


もう一度ステージに。


アイドルを始めることに決めました



一度夢を諦めた私は

このアイドルの活動が

二度目の挑戦です

高校2年生で一度夢を諦めてから

長い間走ることをやめてしまったので

私にはかなりのロスタイムがあります



23歳で始めたアイドル活動

大きな事務所ではなく

自分が所属するユニットが

その事務所からの初ユニットになる


本当のゼロからのスタート


でも

私がどこまでいけるのか

私の人生をかけて実験してみたいと思いました


華もない

何も持っていない私が

そして23歳という

アイドルとしては遅いスタートで

一度やると決め就職した会社の仕事も続けながら

私が  私たちのユニットが

アイドルシーンの真ん中にいけたら

すごく夢があることだと思いました


その道は当然簡単な道ではないけど

その過程をみんなにも一緒に見てもらえたら

みんなが少しでも前向きになれたり

一歩踏み出す勇気になったり

そんな風になれないかなって

思っています


これが

私が会社員を続けながらアイドル活動をする理由です





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