波の行方
30歳の陽介と美咲は、久々に大学時代に訪れた海辺に行くことにした。そこは二人が付き合い始めた場所でもあり、十年近く経った今、どこか気のおけない相棒のような関係に落ち着いていた。
「で、なんでまた海に?」と陽介が運転席から聞く。
「理由は特にないけど、なんとなく、ね」と美咲は窓の外を見ながら答えた。「昔のこと、ふと思い出しただけ」
「暇だったってわけだな」と陽介は言って、車の音楽を少しだけ上げた。懐かしい90年代のヒットソングが流れてきて、二人は自然と昔の思い出に引き戻された。
ようやく到着した海辺は、なんだか昔とは違って見えた。防波堤も新しくなり、砂浜も広くなっているようだった。
「こうやってちょこちょこ変わっていくんだなあ、思い出の場所ってやつも」と陽介がつぶやいた。
「ほんとね。思い出は綺麗なままで、現実がどんどん変わっていくのよ」と美咲は少し寂しそうに笑った。
二人がそんな話をしていると、小さな男の子が近くで砂遊びをしているのが見えた。ふと男の子が二人に向かってにっこり笑って、「あの岩、夜になると動くんだよ」と話しかけてきた。
「あの岩?」と美咲が聞き返すと、男の子は真剣な顔で頷いた。
「うん。お父さんが言ってたんだ。波に乗って、毎晩違う場所に行くって」
陽介と美咲は顔を見合わせ、少し笑った。
「そういうの、昔は信じてたかもな」と陽介が笑いながら言うと、美咲もくすくすと笑った。
「ほんとよね。何だって信じられる頃があったのかも」
二人は夕暮れが迫る砂浜に腰を下ろし、子供の頃の話や、大学時代の思い出を語り合った。
「ねえ、陽介。10年後の私たちも、こうやって同じ海に来てるのかな」
陽介は夕焼けに照らされる波を眺めて、肩をすくめた。「さあな。でも、その時はきっと“また変わったな”って笑ってる気がする」
美咲もふっと微笑んだ。「うん。今もそう思ってるけど、やっぱりここに来ちゃうのよね」
二人は海に向かって座り、静かに沈む夕日を眺めた。