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現世界グルメ『揚げそば』


 この日本には、蕎麦という素晴らしい食べ物がある。
 いわゆる蕎麦粉を使った麺状の料理だ。
 もともと蕎麦は痩せた寒い土地でも育つため、食物としてのポテンシャルが高い。
 だが悲しいかな、その特性から蕎麦は長らく、劣化版の麦として扱われてきた感がある。
 残念だが、白い米を最上位とし、その下に麦、更にその下に蕎麦というヒエラルキーが存在していたのだ。
 実際、今でも稗や粟と言った穀物は「雑穀」として、陽の目を見ているとは言い難い。実際に米農家からは雑草と見做され、用途も鳥の餌などが主である。
 近年でこそ雑穀を十五穀米などと呼んで持て囃す傾向もあるが、それでも表舞台と言うには日陰の道であろう。
 この蕎麦も残念ながら、下位互換の穀物として扱われてきた歴史がある。実際に近年までは、小麦の使用量が多い方が高価だったのだ。
 だが、蕎麦は独特の風味を活かし、蕎麦としての地位を高め、米の下位互換という役割から「蕎麦」として独立した。かつては主食だった粟や稗と違い、米、麦に次ぐ穀物としての地位を確立したのである。
 ちなみに蕎麦と言うと「麺」を思い浮かべる人は多いだろうが、蕎麦ボーロや蕎麦がきと言った使い方もあり、ヨーロッパでは「ガレット(薄焼き)」としても食されている人気の食品だ。
 また、麺状にしてから油で揚げ、砂糖や塩で「かりんとう」のようにして食べたりもする。これが言わば「揚げ蕎麦」と言う事になるが、今回のテーマの「揚げそば」は、これとは別物である。
 そう。「そば」には大分して2種類の「そば」が存在する。ひとつは前述の「蕎麦粉」を用いた「蕎麦」だ。そして、もうひとつが「中華そば」に代表される、蕎麦状の麺類「そば」である。
 冷静に考えてもらいたい。いわゆるインスタント食品の「カップ焼きそば」 蕎麦粉を使用していないので蕎麦ではないし、焼いてもいないのである。
 かろうじて「ソース味」を「焼きそば味」と見做す事も出来ようが、「カップ焼きそばカレー味」ともなると、もはや何ひとつとして「そば」要素がないのだ。
 だから、ここで便宜上「蕎麦」と「そば」を分ける事とする。
 そう。日本における「そば」とは、「蕎麦状」の細麺を主とする「麺類」の総称なのだ。
 「中華そば」「支那そば」「焼きそば」など、言われてみると「蕎麦」の漢字を使用する事は稀で、多くは「そば」か「ソバ」となる。
 車で言えば「ジープ」に似た車種を「ジープ」と呼ぶようなものだ。近年は聞かなくなったが、家庭用ゲーム機を総じて「ファミコン」と呼ぶのと大差はない。
 基本的には「かんすい」を使用した麺類の総称が「そば」なのである。そこは「そう言うもの」として飲み込むしかあるまい。
 何故ならば実際のところ、蕎麦粉を使った「蕎麦」よりも、蕎麦粉を使用していない「そば」の方がメジャーなのだ。
 焼きそば、カップ焼きそば、中華そば、焼きそばパンと、蕎麦粉を使った蕎麦よりも身近にあるのが「そば」なのである。
 この日本には、うどんをはじめ、ひやむぎ、そうめん等があり、これらは「そば」と呼ばれない。
 結局「そば」とは、流入してきた「中華麺」を親しみやすくするために、馴染みのある「蕎麦」に例えた名称という事である。
 実際、まだパンに馴染みのなかった日本人には「あんパン」という導入が必要だった。中華そば、いわゆる日本のラーメンに「海苔」がトッピングされるのも、言ってしまえば「導入」として必要な儀式だったのだ。
 名前を「中華そば」と呼んだのも同じ理由であろう。
 さて。そんな中華そばを更にややこしくする存在がある。
 それこそが本日のテーマとなる「揚げそば」だ。
 揚げそばと言ってもピンと来ない人が多いようなので、別称と亜種を紹介する事にしよう。
 「かた焼きそば」「皿うどん」「あんかけそば」「中華五目そば」などの名前を挙げればご理解いただけるであろう。
 他にも幾つか呼び名はあるが、基本的には「似通った料理」なのである。
 しかし、同系統の料理ではあるものの、微妙に違う。この、微妙に違う点が「大いに違う」ため厄介極まりない。
 基本は素麺のような細い中華麺をパリパリになるまで揚げ、その上から、タケノコ、白菜、豚肉、ニンジン、キクラゲなどの具を和えた中華あんを掛けて食べる。
 だが、少しずつ微妙に違うのだ。変化する点数は少ないが、変化が大きい。
 麺が太麺から中華麺、細麺まで多彩なため、仕上がりからして別の料理なのだ。
 うどん、ひやむぎ、そうめんぐらいの差がある。
 そして、麺の形状だけでなく、揚げタイプ、揚げおきタイプ、炒めタイプ、和えタイプと調理過程も違う。
 最も太い麺で言うと岡山県のB級グルメで知られる「ホルモンうどん」がこれに近い。麺は「炒め」から「和え」だ。
 最もメジャーと言えるのは、「ちゃんぽん」だろう。ただし一般的に「ちゃんぽん」「ちゃんぽん麺」と呼ばれるタイプは、ごく一般的なラーメンの上から、中華五目あんかけを載せる形式もあり、今回のテーマから外れる。
 似たところでは「あんかけうどん」や「中華五目ラーメン」などがそれに当たるだろう。
 つまり、スープが存在するタイプは麺を炒めたり揚げたりする工程がないため、今回の分類からは外れてもらう事とする。
 また、スープが存在しない場合でも、麺を炒めたり揚げたりせず、和えるだけだったり、あんを掛けるだけだったりバリエーションは数多い。
 なので、今回は「皿に盛る」ことを前提とするか、あるいは、麺を炒めるか揚げるかする工程を含むものとする。
 したがって最もメジャーな「ちゃんぽん」はスープがあり、ラーメン鉢に入れて提供される事が多いため、スープがなく、平皿で提供される「皿うどん」から該当するものとしよう。
 便宜上、五目中華あんを載せるだけ、和えるだけも加えてはおくが、個人的にはこれらも除外したい。
 そう。冒頭でも少し触れたが、焼いていない焼きそばは、焼きそばではないのである。
 もっと厳密に言うなら、焼きそばは焼いているから「焼きそば」なのだ。
 炒めただけの焼きそばは「炒めそば」である。焼きそばではない。
 焼きそばとは単に火を通したり、炒めたり、和えたりするものではない。鍋なりフライパンなり鉄板なりで、焼き目を付けるからこそ「焼きそば」なのだ。
 焼き付ける。すなわち、しっかりと焦げ目を付け、硬くクリスピーな歯ごたえを伴ってこその「焼きそば」なのだ。
 小麦粉が焦げる香ばしさ、ボリボリとした歯ごたえ。これこそが「焼きそば」だ。
 そうだ。それはつまり、それが素麺状に細くとも、事前に揚げ置きであろうと、既製品であろうと、パリパリの揚げ麺は正しいのである。
 つまり、皿うどんであれ、かた焼きそばであれ、揚げそばであれ、あんかけそばであれ、そこで重要なのは麺の「パリパリ」「ボリボリ」とした歯ごたえに他ならない。
 あんかけの具に何が入ったか、何が入っていないかよりも重要なのだ。
 そして、なぜ今回のタイトルが「揚げそば」なのか。
 答えは簡単だ。数ある「中華五目あんかけそば」系の料理の中で、揚げそばが至高だと思うからである。
 確かに、鉄板で焼きそばの半面を香ばしくバリバリに焼き上げる事が出来るなら、これは双璧をなす美味さだ。だが、焼きそばを炒めてバリバリに焼き上げる事は、鉄板焼きでさえ困難である。
 正直なところ、完璧と言える焼き上げの焼きそばに出会った事はほぼ皆無。手間も時間も掛かれば、失敗の可能性も高い。
 だが、素麺状の細麺ではなく、中華そばを揚げて提供する「揚げそば」は安定しているのだ。ほぼ完璧に麺がポリポリに仕上がる。これは相当に大きいアドバンテージだ。
 そして、揚げそばが他者に勝るメリットはそれだけではない。
 完璧に焼き上げた焼きそばは確かに美味いが、こちらは時間が経過しても味と歯ざわりがほとんど変わらないのである。
 これに対し、揚げそばはボリボリの状態から、あんの水分を吸う事で、ポリポリへと変わり、食べ進むにつれて、味が濃く、しなしなとした歯ざわりまでを楽しめるのだ。
 そしてこれは、料理で言うところのコース料理仕立てのように飽きが来ない。確かに、味は次第にくどくなるが、中華あんは食べ進める事で野菜の水分や人間の唾液(アミラーゼ)で分解され、次第にサラサラになる。この作用によって、麺だけでなく、あんかけも舌触りを変えるのだ。
 中華五目あんかけとは言うものの、緩和剤としての役割が強い白菜、歯ごたえ役のタケノコやキクラゲ、肉としての豚など合う具材は五品目程度ではない。
 ウズラの卵もアクセントとして素晴らしい。旨味と言う意味では玉ねぎや椎茸なども合う。
 そう。揚げそばとは前菜からスープ、肉、野菜、炭水化物とほぼ全てのコース料理を時間経過で網羅しており、酒のツマミから腹を膨らませる主食としても活躍できるパーフェクトフードなのである。

 え? 水分を吸って、ふにゃふにゃした麺が嫌い?

 あー。いるんだよな。牛乳をぶっかけたシリアルも、ふにゃふにゃになったら食べられない奴。
 うん。まあ、言いたい事はわかったけど、

 さっさと食え。

 それで解決だ。



 ※ この記事はすべて無料で読めますが、皿うどんと呼ぶ人も、かた焼きそばと呼ぶ人も投げ銭(¥100)をお願いします。
 なお、この先には揚げそばに必要な具ぐらいしか書かれてません。


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(´・Д・)」 文字を書いて生きていく事が、子供の頃からの夢でした。 コロナの影響で自分の店を失う事になり、妙な形で、今更になって文字を飯の種の足しにするとは思いませんでしたが、応援よろしくお願いします。