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生かし方を考えたい|発達障害の家族と生きるは己を高める滝修業のごとし

とにかく真面目、努力、誠実の人。自分の意見として正しさを強く持っている。何事にも懐疑的で不安症で心配性。おかんについて言えば、ベースになる性格としてはこんなところではないでしょうか。

そこに、疾患的な特徴を重ねるとより立体的なおかんになります。
例えば、重度の不安症。これは頭痛、吐き気、動悸、胸の痛みなどを伴います。妄想、妄言が過ぎる。行動にまとまりがない。言葉にまとまりがない。相手の話が聞けない。注意散漫。思い込みが激しい。食欲物欲金銭欲あたりで異常な執着が見られる。感情の起伏、気分の浮き沈みが激しい。対象により過干渉と無関心の両極端がある。本人に自覚なく暴言、失言が過ぎる。大きい音や声が苦手。萎縮して何もできなくなります。パニックになることも。

で、誤解を恐れずに言えば、
だからなに?
というのが私の基本的なスタンスです。
もう、ええやんか。
しゃーない(仕方ない)やんか。
そうなんだから、そう。それでいいじゃん。
って思ってます。

たたし、そうだ、ということを自分が知って、受け止めて、受け入れて、そのうえで、どうするべきなのか?すべきことのなかでできないことは何か?できることは何か?じゃどうすればいいのか?って具合に考えて、ひとつずつ試しにやってみたりしながら少しずついい方法を見つけていこうぜ、っていうのが私の考え方です。

ただ、これは書くのは簡単ですが、これでなかなか至難の業。仕事柄、これまでたっくさんの人たちとそんなふうにしてやってきましたが、一筋縄でいかないことも多いですね。ひとつ言えることは、本人もさることながら、関わるこちらも本人と同等またはそれ以上に成長しなければうまくはいかないってことですね。私の場合、そこが気に入っているポイントでもあるんですが。

背が高い人には背が高い人のやり方が、背の低い人には背が低い人のやり方がある。手が小さい人には小さい人のやり方があって、手が大きい人には大きい人のやり方がある。できるできないは、高いか低いか、小さいか大きいかで決まるんじゃなくて、やり方を見つけられるかどうかで決まるんだと思ってます。きれいごとですかね。そうかもしれませんが、そうじゃないと信じて取り組むことが私は好きです。

もちろん、相手がそう思わなければ、決して押しつけたりはしません。そんなことしたところで、どうせうまくいきっこありませんし。

93日目の今日は平和で比較的順調。
なので、少し考え方について書いてみました。


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